悪役令嬢の処刑からXX年後
解体というのは重労働だ。
一般論で言えば、筋力が少ない女性には向かない労働だろう。
だが、そんなことを言ってはいられない。
時間がたてば血が全身に回り、とても食べられたものではない肉になってしまう。
頸動脈を切って素早く放血しながら、表皮を丁寧に切開し股間から胸部にかけて身体の真ん中を開いていく。すぐに胸骨を切断し、喉から食道を引き出して縛る。内容物が出ないようにするための結索だ。ここから、傷みやすい内臓をいかに素早く取り出すことができるかが勝負となってくる。
骨というのは本当に硬い。
男性でも切断するのは重労働だ。
もちろん鋸も使用するのだが、全て鋸でやると肉に骨の粉末がつき肉質が落ちてしまうのである。
臭いが室内にこもらないように換気しなくてはいけないが、肉に蠅が飛んでこないように網をつけて作業するのが絶対条件だ。
初めての解体の時は、手探りすぎて肉の大部分を駄目にしてしまったし、ようやく切り取った肉も随分と酷い状態だった。
これを食べねば死んでしまう、もしくは誰か殺すしかない──というような状況まで追い込まなくては、誰も食べてくれないような代物だっただろう。
だが、あのときとは年期が違う。
もう何年も解体作業をしている。
こんなことは慣れたものである。
短く息を吐き、鋸を持つ。
まずは骨盤を切断しようと手を伸ばし──止まる。
目があった。
「・・・・・・えっと、すみません。俺の身体を解体する、そろそろやめてもらえませんか?」
頸動脈を切り、完全にしとめたはずの獲物が喋り出した。
解体作業中に獲物が生き返るのは、初めての経験だった。
**
かつて、婚約者を親友だと思っていた少女に取られた少女がいた。
魔女だといういわれない罪を被され、火刑となった彼女だったのだが──実はそれはいわれない罪などではなく、彼女は正真正銘本物の魔女であった。
魔女は火刑にされながら国を呪い、自分を裏切った元婚約者と元親友に呪いをかける。
「いずれこの国は滅ぶだろう! そして、お前たちの子供は人間を殺してその肉を食らわなければ耐えられぬ、そんな救いようのないおぞましき化け物になる!」
その託宣は本物となった。
というのは、半分嘘である。
国を追放されたので、前半は分からない。
だが、後半は本当のことだ。
二人の子供である、私(食人鬼)が言うのだから、間違いない。
**
「つまり、あなたは呪いで、人間を食べないと生きていけなくなったんですね」
彼は私が切開してしまった身体を、手やガーゼで押さえつけている。
彼曰く、そうすればくっつく速度があがるらしい。
とんでもない身体である。
本当は押さえつけておくだけでいいらしいのだが、自分でやったといえ、じっくり見たくない私は、森暮らしでは貴重なガーゼを彼に与えた。
「・・・・・・切ったのはあなたなのに、見たくないんですか?」
「あなただって、鳥や豚の肉を食べても、鳥や豚が怪我しているところを見たいわけじゃあないでしょう? それと同じです」
呆れた様子の彼に、私はきっぱりと断言する。
そう、肉を食べることと、残虐であることは違う。
私に食べないモノを傷つける趣味はないのだ。
「・・・・・・つまり、もう俺を食べる気はないということでしょうか」
「そもそも、殺せないんじゃ意味ないんですよ。断末魔を聞きながら踊り喰いする趣味もないし──それに、例え食べたとしても、元気な肉片として体内で生活されそうで普通に嫌です」
嫌な想像が脳裏に浮かび、顔を顰める。
想像しうる限り最も最悪な共同生活だ。
「・・・・・・はぁ、まぁ、そうですか」
彼は納得いかないような、どういえばいいか分からないような複雑な表情で頷いた。
「人間を食べるのを、我慢することはできないんですか?」
私がそれを疑問に思う前に、彼が次の問いかけを投げる。
「かつてしようとしたんですけど、我慢しすぎると正気を失ってしまうんです」
「正気を失う? それは、無差別に人を襲ってしまうということでしょうか?」
「いえ、それより悪い。本能しかない状態、というか、理性が薄い状態になります。その上、ずる賢さは残っているようで──近くにいる小さくて殺しやすそうな子供を狙いだすわけです。
私はね、生まれたばかりの妹を殺し、その場で貪ったから、両親から縁を切られ、国から追放されたんですよ」
「あぁ・・・・・・」
彼が呻くような声を出した。
きっと、私の残忍さに言葉をなくしてしまったのだろう。
私もそうだ。
私はあの小さな妹を心から愛している、そう思っていた。
だから、人を殺すのも食べるのもやめようと思ったのだ。
その結果がこれだ。
妹のためにやめようとして、妹を殺して食べてしまった。
私は妹を心から愛していた。
愛していたと思っていたのに、愛ではどうにもならなかった。
もしかすると、本当は妹を愛していなかったのかもしれない。
それか【真実の愛】ではなかったのだろうか。
時々、自分の残忍さに死にたくなる。
だが、死ねない。
これだけ人間を殺しておいて、いざ自分を殺すとなれば怖いのである。
いつか、どうにかなる。
いつか、誰かが救ってくれる。
いつか、生きててよかったと思える瞬間がきてくれる。
そんな一筋の希望を夢見てしまうのだ。
情けない。
「こんな鬱蒼とした森の奥です。村から追放されて死を待つだけのはみ出し者や、自殺志願者だってきますよね? 彼らが死んだ後では駄目なんですか?」
「来るんですけど、私の呪いは「殺して」「食べる」という呪いなんです。だから、食べるだけじゃ駄目なんですよ。誰が相手でも、殺して食べることでしか、満足できないんです。
さっき言ったとおり【殺せないあなた】では意味ないんです」
溜め息を混ぜながら、彼の言葉に応える。
たくさん試した。
たくさん試して、結局酷くなるだけだった。
私が努力すれば努力するほど、状況は悪くなる。
死ぬ勇気もないのに、生きることは地獄だった。
彼が黙り、私も黙る。
「あの・・・・・・私の事情は話しましたので、次はあなたの事情を話してください。どうして、あなたは死なないんです?」
ようやく彼の質問が終わったようなので、私も疑問を口にした。
彼のような人間が増えているのなら、その見分け方を知っておきたい。
死なない人間を殺そうとする、そんな取り越し苦労はしたくないのだ。
「それは・・・・・・」
彼がそっと目線をそらす。
「俺がもう【死んでいる】からです」
そして、目線をそらしたまま、彼はそう続けた。
「もう【死んでいる】?」
私は首を傾げた。
目の前の彼は動いて、喋っている。
なのに、もう死んでいるとはどういうことだろう。
「月の満ち欠けを三回ほど遡った頃、俺の国にある病が流行りました」
「病、ですか?」
「はい、人間や動物たちが言葉も正気も失って凶暴になり、他者を襲うようになったんです」
「凶暴になり、襲う・・・・・・?」
「こんな森の奥に住んでいては、知らないのも無理はありません。
俺たちも、最初はただの噂話として流されていたんです。アイツはその病だ、なんて口汚い言葉に使う余裕すらある程でした。ですが【感染者】は次々と増えていき、ついに貴族にも感染し始めたんです。
元は【療養】する貴族が増えている程度だったのが、ついに式典の場に病の者が乱入してきました。そして、彼に噛まれた貴族が感染し、また別の者を噛む。国の全ての貴族が集う場での大惨事です」
「【感染】? 感染する病だったんですか? 噛むことで?」
話を聞けば聞くほど分からなくなる。
噛むことで感染する病なんて、聞いたことがない。
もしかすると、無知な私が知らないだけなのだろうか?
「えぇ【感染】です。病は噛まれることで人や動物に感染していくものだった。その治療法はなく、俺たちの国は病を恐れた他国によって焼き払われることになったというわけです」
彼は深刻そうな顔で頷き、言葉を結んだ。
そう説明し終わった彼は、疲労のせいか、いくらか老け込んだように見えた。
「・・・・・・【焼き払われる】!?」
彼の言葉を思わず繰り返す。
国が焼き払われる。
なんて、恐ろしい言葉だろう。
「ですが、国中の人間が皆、病にかかっていたわけでもないでしょう? それに、治療方法がいつかみつかるかもしれないじゃないですか」
「えぇ、そうです。しかし、治療法が見つかっていないということは、今は不治の病ということだ。そして、今ならまだ、一つの国を滅ぼすだけで自分たちの国は守られるわけです」
「そんな・・・・・・」
私の口から、うめき声に似た言葉が漏れる。
そして、それ以上は言葉にならなかった。
人を殺して食べる食人鬼──そんな私にはそれを咎める資格はない。
だが、それはなんて残酷な平和の守り方だろうと考えずにはいられなかった。
「・・・・・・待ってください」
そこで私はようやく気が付いた。
「その病とあなたがもう【死んでいる】ことに、一体なんの関係があるんですか?」
そう、私は病のことを尋ねたわけではない。
彼が「もう自分は【死んでいる】」と言ったことについて尋ねたのだ。
なのに、どうして病の話をしたのだろう。
彼は少し困った表情になり、傷口から手を離した。
流れ出た血は残っていたが、傷はすっかり閉じている。
「『人間や動物たちが言葉も正気も失って凶暴になり、他者を襲うようになった』と言いましたよね」
「はい」
「あれ、正しくは『人間や動物たちが噛まれた後、呪いが脳を破壊して宿主を殺し、その死体を動かして他者を襲うようになった』のだそうです」
「・・・・・・え?」
呪い。
それは、つまり──
「処刑された魔女の呪いです。あなたも言ったでしょう? 『いずれこの国は滅ぶだろう』と魔女が国を呪った、と。その呪いが俺たちの国を滅ぼしたんです」
彼の言葉に私の喉が鳴る。
魔女の呪い。
私を【こう】した呪いが、ついに国を滅ぼした?
・・・・・・つまり、私の両親も死んだのだろうか?
いや、私を追放した(見捨てた)肉親はいい。
もしかして、彼はその呪いの元凶である私を殺しにきたのだろうか?
国を滅ぼした呪いへの復讐。
そのために、わざわざこんな森の奥までやってきた?
思わず身構える。
「そう身構えないでください。俺も彼らに噛まれ、感染・・・・・・いや、死亡しました」
「・・・・・・」
「かろうじて身体を乗っ取られていないのは、俺が【魔女の血筋】だからだ。
だが、魔女の呪いは凄まじく、脳はボロボロになり、臓器もいくつかやられてしまった。呪いは押さえ込みましたが、呪いを完全になくせばこのまま死んでしまうでしょう。俺はこれから、人間を喰い殺したいという欲と共に生きていくことになる」
「・・・・・・え?」
戸惑う私に彼は続ける。
「俺は、かつてあなたの両親に裏切られて火刑にされ、この国を滅ぼした魔女の甥なんです」
息をのむ。
「彼女の呪いは確かにあなたを呪い、この国を呪った。彼女の身内である俺たちも巻き添えにしてね」
「そんな・・・・・・」
何かを言おうとして、口を閉じる。
今の気持ちは、とても言葉にできなかった。
「俺の家族も、魔女の家族も、死にました。何人かは魔女の血のおかげで、完全に乗っ取られずにはすんだ。でも、焼かれる国から逃れるだけの力はなかった。皆焼き殺されていきましたよ・・・・・・いや、どうかな。ちゃんと焼き殺されることができたんだろうか」
自嘲するような表情の彼に、私は完全に口を閉じた。
何も言う言葉がない。
何も言うことはできなかった。
「自分を助けてくれなかったから親族をわざと巻き込んだんだ、と魔女の母親は最期まで叫んでいました。ですが、俺の母親は「あの魔女はわざと巻き込んだんじゃない。ただ、あたしたちなんて眼中になかっただけ。思い出しもしなかったのさ」と言っていましたね。会ったこともない俺にはどちらが正しいかなんて分からないけど」
彼の顔は酷く歪んでいた。
嗤っているのか、苦しんでいるのか、判断に迷う顔だった。
「・・・・・・それじゃあ、つまり、魔女の仇を討つためにここに?」
断頭台に上るような心持ちで、彼に問いかける。
心臓が早鐘を打ち、眩暈がしていた。
「え」
彼は私の言葉に心底意外そうな顔をした。
「・・・・・・むしろ、俺が魔女の血縁だと知ったあなたが、今まで魔女に苦しめられたことの復讐に、俺を殺そうとするかと思いました」
そう言ってみせた彼の顔は少し幼く見えた。
ボロボロな上、血塗れだったのでよく分からなかったが、もしかするとそう年は離れていないのかもしれない。
私が復讐。
自分が復讐されると考えたことはあるが、自分が復讐するなんて考えたことがなかった。
「俺は感染者じゃない人間を見ると、喰い殺したくて喰い殺したくて正気を失うんです。目は血走って、涎が止まらない。その上、思考もまとまらず、気が遠のいていく。
呪いと肉体を共有しているせいでしょうね。俺と呪いの思考が溶けて混じり合っていくようで、本当に恐ろしい」
「それは──本当に恐ろしいですよね」
彼の言葉にゆっくりと頷き、共感する。
私も人を殺して食べないとそんな風になる。
自分の身体が乗っ取られていく、化け物になっていく感覚。
いつか、この私は完全に消えて、あの化け物こそが私になるんじゃないかという気がしている。
私が消されて、なかったことにされるんじゃないか。
ずっとそう怯えているのだ。
「ですが、あなたにはそんな感覚は覚えない」
「ん?」
「あなたは違う呪いで苦しむよう、決められているからでしょうか。あなたを噛もうとは思わない。あなたが【殺せない】俺を食べようと思わないようにね」
彼の言葉に私は返事か呻り声か曖昧な音を出す。
生まれたときから人を殺して食べる呪いにかけられているから、国を滅ぼす呪いからは逃れられる。
いいのか、悪いのか、判断に迷うところだ。
もしも、国を滅ぼす呪いで全ての人間が殺されたら、私は世界にただ一人の生きている人間になるのだろうか。
そうなったら、私の呪いはどうなるのだろう。
人を殺せなくなった世界で、私の呪いは解かれるのだろうか、それとも化け物になって二度と私に戻れなくなるのか。
ぶるりと身体が震える。
「俺たちはそれぞれ魔女とその仇の血縁だったはずだけど、魔女の呪いのせいで、結局は似たような立場になってしまったようだね」
「えぇ、確かに」
彼の言葉に小さく頷く。
「そうも言えるかもしれませんね」
そして、溜め息を吐いて目を伏せた。
悪役を押しつけられた令嬢。
魔女だった彼女は復讐を成し遂げ、ついに国を滅ぼしたわけだ。
ここまでくれば彼女はもうか弱い冤罪の被害者ではなく、自らの手で悪役を勝ち取った、正真正銘の邪悪な魔女と言っていいだろう。
「話をしよう。身内に見捨てられた者同士、きっと話が合うだろう。どうせ、死ぬほど時間はあるんだから」
私は彼の声に顔を上げた。




