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山賊

「嘆きの洞窟」を抜けた先には、鬱蒼とした森が広がっていた。

ようやく陽の光を拝めると思ったが、生い茂る木々が空を覆い、薄暗さは洞窟の中と大差ない。

だが、地面が乾いているだけマシである。

吾輩は、濡れた毛をブルブルと震わせて水気を飛ばした。

先ほどのミミックの体液がまだ微かに残っている気がして、実に不愉快だ。

早くどこかで落ち着いて、念入りに毛繕いをしたいものである。

「ふぅ、やっと抜けたか……」

勇者が額の汗を拭いながら、大きく息を吐いた。

その顔には、疲労の色が濃い。

「なぁ、さっきのミミックのことなんだけど……」

勇者が後ろを歩く戦士に話しかけた。

「俺、剣を振った覚えがないんだよな。気づいたら奴が倒れてたんだけど」

「またまた! ご謙遜を」

戦士は豪快に笑い、勇者の背中を叩いた。

「俺は見ましたぜ。旦那の剣速が速すぎて、残像すら見えなかったのをな。『音速の居合い』ってやつでしょう? いやぁ、達人の域ですな!」

「……そ、そうかな? 無我の境地だったから覚えてないだけか」

「違いない!」

勇者は首をかしげつつも、まんざらでもない顔で納得している。

人間というのは、自分に都合の良い解釈を提供されると、いとも容易く事実を書き換える生き物らしい。

実にめでたい頭構造である。

一行は森の街道を進む。

木々の間を抜ける風が、少し生臭い。

獣の臭いではない。風呂に入らぬ人間の、脂ぎった体臭である。

吾輩の鼻は、風上にある「不快なもの」の存在を正確に捉えていた。

街道の脇、ひときわ太い古木の上。

そこに、三人の男が潜んでいる。

薄汚れた革鎧に、手入れの悪い剣。見るからに山賊という風体だ。

彼らは木の上で息を潜め、巨大な網を構えていた。

下を通る獲物に網を落とし、身動きが取れなくなったところを襲う算段だろう。

古典的かつ、卑劣な手口である。

勇者たちは、地図を見るのに夢中で上空の敵に気づいていない。

「この森を抜ければ、国境の関所だ」

「やれやれ、やっとベッドで寝られるな」

戦士が欠伸をする。

その頭上で、山賊たちが網のロープを握りしめ、ニヤニヤと笑っているというのに。

吾輩は立ち止まり、その古木を見上げた。

助ける義理はない。

だが、ここで彼らが網に捕まれば、身ぐるみ剥がされ、当然、吾輩の「配給」である干し肉も奪われるだろう。

それは困る。

それに何より、吾輩は今、猛烈に「爪」を研ぎたい気分なのだ。

洞窟の湿気とミミックの体液で、自慢の爪がふやけてしまっている。

これを乾燥させ、鋭さを取り戻すには、適度な摩擦が必要だ。

あそこに、ちょうど手頃な「麻縄」が見えるではないか。

吾輩は音もなく木を登った。

山賊たちは下の勇者一行に気を取られ、背後の枝に灰色の猫が着地したことに気づかない。

彼らは太い枝にロープを巻き付け、その端を握っている。

このロープを切れば、網の仕掛けが作動する仕組みか、あるいは単に支えているだけか。

構造などどうでもよい。

麻縄の、あのザラザラとした感触。想像するだけで前足がうずく。

吾輩はロープの結び目に近づき、背中を丸め、両前足を突き出した。

バリバリバリッ!

おお、これだ。この感触だ。

硬すぎず、柔らかすぎず、爪が食い込むたびに繊維がプチプチと弾ける音。

実に心地よい。

吾輩は一心不乱に、そのロープを研いだ。

「おい、なんか音がしねぇか?」

山賊の一人が囁く。

「静かにしろ! バレるだろ!」

「いや、なんか背中が……」

彼らが振り返ろうとした、その時である。

ブツンッ!

吾輩の研ぎ澄まされた爪によって、ロープの繊維が限界を迎え、盛大な音を立てて断裂した。

「うわあああっ!?」

支えを失った網が落下する。

だが、勇者たちの頭上ではない。

ロープが切れた反動で、網の固定具が外れ、木の上にいた山賊たち自身に絡まりながら落下したのだ。

ドサドサドサッ!!

「ぐわっ!」「なんだ!?」「網が、絡まって……!」

悲鳴とともに、三つの肉塊が勇者の目の前に落ちてきた。

土煙が舞い、網の中で男たちが芋虫のようにもがいている。

「て、敵襲!?」

勇者が飛び退き、剣を抜いた。

魔法使いも即座に杖を構える。

だが、目の前にいるのは、自らの罠に絡まり、自滅して転がっている山賊たちだけである。

「い、命だけは助けてくれぇ!」

「降参だ! 降参する!」

網が複雑に絡まり、彼らは指一本動かせない状態だった。

「こいつら、木の上で待ち伏せしてやがったのか」

戦士が呆れたように言う。

「でも、なんで勝手に落ちてきたんだ?」

勇者が剣を下ろし、不思議そうに木を見上げた。

そこには、満足げに爪のゴミを舐め取っている吾輩の姿があるだけだ。

吾輩は、綺麗になった爪を太陽にかざして確認し、優雅に枝から降りた。

「……さすがです、勇者様」

魔法使いが、ハッと息を呑んで言った。

「え?」

「殺気を感じ取り、彼らが罠を作動させる前に、目に見えぬ『真空のエア・スラッシュ』を放ってロープを切断したのですね!?」

「えっ」

「しかも、ただ切るだけでなく、網が彼ら自身に絡まるような絶妙な角度で……! なんて高度な空間把握能力!」

魔法使いの瞳が尊敬の眼差しで輝いている。

勇者は一瞬きょとんとしたが、すぐに咳払いをして剣を鞘に納めた。

「……まあね。無益な殺生は避けたかったから」

「おお! さすが大将! 器がデカいぜ!」

戦士がまた背中を叩く。

「いやぁ、俺たちじゃ気配すら気づかなかったのになぁ。やっぱ勇者は格が違うわ」

山賊たちは、訳も分からぬままロープでぐるぐる巻きにされ、勇者達によって次の町の衛兵に突き出されることになった。

「あんな化け物みたいな勇者がいるなんて聞いてねぇよ……」

連行されていく山賊が、怯えた目で勇者を見ている。

勇者は涼しい顔でそれを見送っているが、その耳が少し赤いのを吾輩は見逃さない。

どうやら本人も「もしかして俺、本当にやったのか?」と思い始めている節がある。

吾輩は、彼らの会話など意に介さず、日当たりの良い岩の上で丸くなる。

爪は研げたし、邪魔な山賊も消えた。

勇者の勘違いなど、吾輩の知ったことではない。

だが、一つだけ確かなことがある。

このパーティにおいて、吾輩の爪の切れ味だけは、レジェンドであるということだ。

吾輩は一つ欠伸をし、またあの騒がしい「道連れ」たちの後を追った。

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