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第十三話 祝福、開門

種子島コロニー。

外周警報は、もはや鐘の代わりだった。

鳴るたびに誰かが目を覚まし、誰かが靴紐を結び、誰かが言葉を飲み込む。


グラフィアカーネ級。

寄せては返す獣の津波。

犬でも狼でもない獣が、紙と条文と毛並みを纏って、水平線の向こうから“手続き”の速度で押し寄せる。


「保護」

「説明責任」

「共同運用」


吠え声は、今日も同じ順番で来た。


上空には、降下儀礼の余韻が残っている。能天使の降着灯が、まだ目に焼き付いて消えない。

その焼き付きの上に、別の焼き付き――セラフの光が、遠い回廊の縁を白く塗り替えていた。


JOINT COMMAND OVERRIDE: ACTIVE

PRIORITY: GF-TIDAL CONTAINMENT / GATE STABILIZATION / CIVILIAN EXTRACTION

NOTE: PRIORITIES ARE CONCURRENT(同時達成)


同時達成。

その文字列が、現場を三つに裂く。

裂け目のどこにも“余白”はない。余白がないから、白紙が生まれる。白紙は穴になる。穴は門になる。


主天使の沈黙が、通信線の向こうで硬く響いた。

誰も祈らない。祈れば未来が増える。未来はパンミクシウムを深くする。

深さは、悪魔のゆりかごだ。


それでも、現場は動く。

忠実に、実直に。

まるで最初の天使たちのように。



白河門縁。

門は半開きのまま呼吸していた。

開いていない。閉じてもいない。

息を吸うたび、白河の甘い匂いがこちらへ漏れ、吐くたび、こちらの冷たい金属臭が向こうへ混ざる。


ヒナは門縁にいる。

刃を握り、呼吸を短く切る。匂いを吸い込まない。

祝福の匂いは心をほどく。ほどけた心は泣きたくなる。泣けば束になる。束は因果になる。


向こう側に、声の気配がある。

泣き声ではない。祈りでもない。

“名前”の気配――それだけが、門の隙間を通ってくる。


(ローラ)


呼べば、束になる。

叫べば、因果が増える。

けれど呼ばなければ、触れられない。


ヒナが迷った、その迷いの“間”に、影が差し込まれた。


仮面。

人型の実体。

踊るように、祈るように――そこに“在る”だけで圧倒的。


マラコーダ級。


彼は戦わない。

彼がするのは、式のつかさどりだ。

門の蝶番として、半開きを“安定”に変える。

安定は最悪だ。救えない。退けない。永遠の途中。


マラコーダ級の仮面が少し傾き、礼拝のような沈黙が落ちる。

その沈黙が、言葉より重かった。


「ようこそ」


言葉は、優しい。

優しいほど、拒めない。



白河側、ローラの背後で、姉が笑う。

ファルファレルロ級。ヒナの影のように現れては、姉のようにふるまう悪魔。


彼女は今日も三つの指を立てる。儀礼のように。


「祈ったら負け」

「泣いたら負け」

「名前を呼べたら勝ち」


ローラは頷かない。頷けば同意になる。同意は期待になる。

期待は因果。因果は門を深くする。


「勝ったら、どうなるの」


ローラが問うと、姉は肩をすくめた。軽いほど怖い仕草で。

「あの子に触れられる」

「もっと遊べる」

「もっと――ずっと」


“ずっと”。

祝福の顔をした永遠。

ローラはその語を吸い込まないように、短く息を吐く。


姉はローラの横をすり抜け、門の方角を見た。

門の隙間。向こう側の刃の気配。

そして――その刃を握る手の“形”。


姉の目が、ほんの一瞬だけ細くなる。

笑いは消えない。消えないまま、質が変わる。

遊びの笑いから、思い出を撫でる笑いへ。


「……やっぱり、似てる」


ローラが眉を寄せる。

「誰に?」


姉は答えない。答えない代わりに、別の規則を追加するみたいに囁く。

「似てる子ってね」

「間違われやすいの」

「呼ばれやすいの」

「――“妹”って」


妹。

その単語が白河の空気を薄く震わせる。

ローラはその震えを感じて、背筋を硬くした。

震えは反応だ。反応は因果だ。


姉はローラの顔ではなく、ローラの端末――かつてヒナに繋がった“名の通路”を眺める。

指先が、その縁を撫でるように宙をなぞった。

撫で方が、慈愛に似ている。慈愛に似ているほど怖い。


「妹そっくりの子」

姉は楽しげに言う。

「その子に、親友がいる」

「――それも、遠くから」


ローラの喉が詰まる。

言い返したい。否定したい。

けれど否定は未来を含む。未来は束になる。束は餌になる。


姉は、急に視線を伏せた。

ふざけるみたいに。祈るみたいに。


「かわいそう」

と、言いそうになったのを、飲み込んだ気配がする。

代わりに、すぐ笑う。いつもの姉に戻ろうとする。


「いいねえ」

「“妹”って、いいよね」

「守られたくて、守られて、でも――守れなくて」


ローラは気づく。

姉の声が、ほんの少しだけ“色”を変えている。

遊びの色ではない。

どこか、悔いの色。


「あなたは……何を知ってるの」


ローラが言うと、姉は首を傾けた。

首の傾け方が、ヒナに似ている。

似ているから、ローラの胸が痛む。痛みは泣き声になる。泣けば負けだ。


姉は笑う。

笑いながら、門の方へ指を伸ばす。伸ばすだけで触れない。

触れない距離で遊ぶ距離。


「知ってるよ」

「でも言わない」

「言ったら、あなたが祈っちゃう」

「祈ったら負けだからね」


それから、姉はとても小さな声で、誰にも聞かせない告解みたいに付け足す。


「……“妹”は、いつも誰かの祈りで呼ばれる」

「“友だち”は、いつも誰かの願いで縛られる」

「だから――」


姉はそこで止める。

止めたまま、また笑う。

笑いで蓋をする。


「最後通告だよ、ローラ」

「祈ったら負け」

「泣いたら負け」

「名前を呼べたら勝ち」


ローラは姉の笑いの奥に、別の気配を見た。

羨望でも、憎悪でもない。

もっと薄くて、もっと深いもの。


――似ている、ということが、危ない。

――親友がいる、ということが、もっと危ない。


姉は門を見たまま、胸の奥で何かを数えるみたいに囁く。


「……また、同じ形になるのかな」


その一言だけが、遊びではなく、予感だった。



そのとき、白河の空から、白いものが降ってきた。

雪ではない。

紙でもない。


細く、長い――祝福のリボン。



最初は、花束の飾りのように見えた。

入学式の胸につけるリボンみたいに。

甘い香に混ざって、紙擦れに似た音がする。拍手に似ている。拍手に似ているほど不吉だ。


リボンは空中で結ばれ、ほどけ、また結ばれる。

結び目が“顔”のように見えた。

そこに奉献札のような短冊が揺れる。近づけば文字が読める。


――おめでとう

――いつまでも

――ずっと一緒

――永遠に


祝辞が歪み、牙になる。


門縁、ヒナの前にリボンが落ちる。

落ちるというより、“贈り物を差し出す所作”で伸びてくる。

優しい手つきで、しかし冷たい締まりで、腕を縛り、刃を縛り、足首を縛る。


カルカブリーナ級。


目的は破壊ではない。

戯れだ。

天使を“贈り物”にして、ほどかせ、結び直させ、泣かせ、叫ばせ、祈らせる。

泣き声と祈りが束になれば、門が深くなる。

深くなれば、永遠が増える。


能天使が規律射撃でリボンを裂く。

裂けたリボンはほつれ、ほつれた糸がまた結び直される。

遠距離は効かない。祝福は、ほつれても祝福の形へ戻ろうとする。


ENFORCER ANGEL // ROE UPDATE

TARGET: MBK-CB(CALCABURINA)

NOTE: LONG-RANGE INEFFECTIVE(RE-KNOTTING)

RECOMMEND: CLOSE-QUARTERS / KNOT SEVER(結び目断ち)

REMINDER: NO PRAYER / NO CHANT / NO NAME-CALL


名を呼ぶな。

けれど、結び目を断て。

結び目を断つには近づけ、と機械は言う。

近づけば近づくほど、心がほどける。ほどければ泣きたくなる。泣けば束になる。束は因果になる。


カルカブリーナ級はそれを知っている。

知っているから、優しく縛る。

優しさで泣かせようとする。


ヒナの刃が重くなる。

門の向こうのローラを感じるほど、胸が熱くなる。

熱は希望になる。希望は未来になる。未来は餌になる。

餌を増やしたくないのに、名が胸の中で燃える。


(ローラ)


叫べない。

呼べない。

呼べば束になる。束は門を完成させる。


カルカブリーナ級のリボンが、ヒナの喉元へ滑る。

言葉を引き出すために。

祈りを引き出すために。


その瞬間、力天使たちが前へ出た。

叫ばない。

祈らない。

ただ、刃で“今”を切る。


彼女たちの戦い方には、古い形が残っている。

パンミクシウム層の底に沈んだ、最初の規範。

天城 祈の最初の願いの“形”。


――地球人の友人たちのために。


願いは、未来の飾りではなかった。

目の前の誰かを、生きて帰すための実直な配慮だった。


力天使は勝利を作ろうとしない。

退潮を勝利と呼ばない。

ただ押し返す。今日の“今”だけを押し返す。


けれどカルカブリーナ級は、押し返しそのものを“遊び”に変える。

縛り、ほどけさせ、また縛る。

天使を転ばせ、起こさせ、笑わせようとし、泣かせようとする。


そして、門縁の礼拝は深くなっていく。



外周では、グラフィアカーネ級が再び満潮する。

門では、マラコーダ級が半開きを固定し、カルカブリーナ級が縛りを増やす。

救出は期限として通信線に張り付く。


JOINT COMMAND OVERRIDE: PRIORITY LOOP

GF-TIDAL CONTAINMENT(外周)

GATE STABILIZATION(門)

CIVILIAN EXTRACTION(救出)

CONFIRMATION REQUIRED: EXTRACTEE IDENTITY(NAME)


名で確認しろ、と命令が言う。

名を呼ぶな、と規律が言う。

矛盾は矛盾のまま落ちてくる。

現場の混乱は声にならない場所で膨らむ。声にすれば束になるから。


力天使は、それでも静かだった。

静けさが抵抗だった。

静けさが“祈りを拒む祈り”だった。


ヒナは縛られながら、結び目を見た。

核。

ほどけない場所。

そこだけは、刃が届けば終わる。


でも刃が届く距離は、心がほどける距離でもある。

涙腺が震える。

喉が震える。


カルカブリーナ級の結び目が、まるで胸の前で揺れる聖具みたいに見える。

祝福の顔をしている。

祝福に似ているほど、泣きたくなる。


(やだ)

(お願いだから、泣きたくない)


その“お願い”が祈りになりかけたとき、門の向こうでローラが息を吸ったのを、ヒナは感じた。



ローラは規則を握ってきた。

祈らない。泣かない。名を呼ぶ。

それが、飲まれないための鎖だと信じて。


けれど今、門の向こうでヒナが縛られている。

刃が重くなっている。

声を飲み込んでいる。


ローラは“勝ち負け”を失った。

規則の形が崩れる。

崩れるのは怖い。崩れれば飲まれる。

でも飲まれるより怖いものがある。


――届かないまま、失うこと。


ローラは泣かない。

泣けばリボンが喜ぶ。

泣けば束になる。束は因果になる。因果は門を完成させる。


ローラは、涙ではなく言葉を選ぶ。

言葉の中でも、いちばん危ないものを選ぶ。


祈り。


姉が笑う。

「祈ったら負けだよ?」

その笑いは、勝利を確信している笑いだった。


ローラは姉を見ない。

姉を見れば“遊び”になる。

ローラは門の隙間だけを見る。そこにいる友だけを見る。


「神よ」


声は震えない。

震えれば泣き声になる。泣き声は束になる。

ローラは震えないまま、短く言う。


「彼女を、いま守って」


いま。

未来ではなく、いま。

期待ではなく、いま。

永遠ではなく、いま。


その祈りに、パンミクシウムが答えた。



門縁の空気が一瞬だけ“清められる”。

焼いた白ではない。

裁きの白でもない。

ただ、手当ての白――掌を当てられた傷口が、痛みだけ先に引いていくような白。


ローラの声は大きくなかった。

叫びでも、命令でもない。

なのに、白河がそれを“聖句”のように受け取った。


いま。

未来ではなく、いま。

期待ではなく、いま。

永遠ではなく、いま。


その言葉が落ちた瞬間、パンミクシウムが反応した。

反応は爆発ではない。

膝を折るような沈黙として来た。

戦場のあらゆる音が、一拍だけ礼拝に吸い込まれる。


カルカブリーナ級のリボンが、ほどけた。

ほどけ方が違った。

いつもなら結び直されるはずの糸が、結び方そのものを忘れていく。

短冊の祝辞が、音を立てて破れる。


――おめでとう

――いつまでも

――ずっと一緒

――永遠に


その甘い文字列が、ローラの祈りに上書きされる。

祈りは新しい言葉を作らない。

ただ、言葉を正しい重さへ戻す。


――いま守って

――いま生きて

――いま、ここで


結び目が悲鳴をあげる。

悲鳴は歌にならない。

歌にならない悲鳴は、祝祭になれない。


ヒナは呼吸を切った。匂いを吸い込まない。

刃だけを“今”へ残す。


そして、結び目――核へ肉薄する。


刃が触れる直前、門の隙間からローラの気配が刺した。

名を呼びたい。

叫びたい。

けれど、叫びは束になる。束は因果になる。因果は門を深くする。


ヒナは名を叫ばない。

代わりに、刃にだけ名を乗せる。


(ローラ)


——断つ。


結び目は切れた。

切れた瞬間、リボンは花束のように散り、紙吹雪のように舞い、

舞ったものは祝福の匂いを残して、静かに消えた。


カルカブリーナ級、撃破。


勝利は一瞬だけ空気を軽くした。

軽さは危ない。軽さは期待を生む。期待は未来だ。未来は餌だ。

ヒナの胸が冷える。


その冷えの理由を、門が教えた。


門が――息を吸いすぎた。


ローラの祈りは“いま”を選んだ。

未来を避けた。永遠を避けた。

だが祈りは祈りだ。

パンミクシウムにとって祈りは、封蝋を剥がす指だ。


半開きの隙間が、ゆっくりと拡がる。

ただの開閉ではない。

蝶番が軋むのではない。

礼拝堂が成立する音がした。


壁が、音もなく立ち上がる。

床が、音もなく整う。

天井が、音もなく閉じる。

白河の空気が、戦場の上に降りてくる。


それは“門”というより、祭壇だった。


門縁の光が変わる。

白い。

しかしセラフの焼く白ではない。

紙の祝辞の白でもない。


——奉献の白。


誰かが跪きそうになる。

跪けば、祈りになる。

祈りになれば、永遠が増える。


だから力天使たちは、跪かない。

ただ、呼吸を切り、刃を握り直し、足を踏ん張った。

最初の天使たちが、そうしたように。


門の隙間の向こうで、ローラもまた膝を折らない。

祈った手を胸元に戻し、泣かないまま立っている。

立っているだけで、祈りの余韻が彼女の周りをサークルのように囲む。


そして――完成。


白河ゲートが、“半開き”から“成立”へ移行する。

隙間は扉になり、扉は回廊になり、回廊は礼拝堂の身廊になる。

外と内の境界が、儀礼の線として固定される。


ヒナの指が伸びる。

ローラの指が伸びる。


触れそうで、触れない。


完成した門が、二人の距離を“正確”に決めてしまう。

救いの直後に、救いが鎖になる。


マラコーダ級の仮面が、わずかに傾く。

祝福する司式者のように。


「……よくできました」


誰に言ったのか分からない。

ローラにか。ヒナにか。

それとも、完成した門そのものにか。


その言葉が落ちた瞬間、戦場の空気はもう一度、深く、礼拝の形を取った。



次に聞こえたのは、地鳴りではなかった。

建築の音だった。


鉄骨が組まれる音。

コンクリートが固まる音。

ドームが膨らむ音。

橋梁が軋む音。


白河の街並みが、ゆっくり持ち上がる。

道路が曲がり、建物が互いに噛み合い、ひとつの“背骨”になる。

背骨の節々に、地球の想念が刺さる。


礼拝堂の尖塔。

議事堂の柱列。

学校の校舎。

病院の廊下。

駅のホーム。

スタジアムの輪郭。

ショッピングモールの空虚な吹き抜け。


地球人が「そこにあるべき」と思う建物が、次々と“骨格/装甲/臓器”として組み上がっていく。


そして、その構造物の銘板のように、言葉が浮かぶ。


「保護」

「説明責任」

「共同運用」


吠えていた語彙が、建築の表札になった。

表札が増えるほど、怪物の体は現実になる。


ドラギニャッツォ級。


驚天動地の大怪獣。

地球人の掌握欲と再現欲と救済欲が、構造体になったマレブランケ。

白河を背骨に、地球を肉にして立ち上がる“都市の獣”。


ヒナは息を飲みかけて、切った。今に戻す。

ローラは震えかけて、震えを止めた。泣かない。泣けば束になる。


けれど、恐怖はもう束になっていた。

地球の想念が束になって、怪獣になったのだから。



セラフが照準を合わせる。

回廊清掃ではない。

門と怪獣の“切断”を狙う光。


宇宙兵器戦略級大天使セラフ。

核融合の白い槍。

それは本来、舞台を焼き払うための裁きだった。


光が放たれる。

光はドラギニャッツォ級の胸部――建築の集積に突き刺さる。


刺さったはずだった。


怪獣は、吸った。


防御ではない。

摂食だ。

光を、食べる。

裁きを、養分にする。


吸収された光が、怪獣の骨格を白く発光させる。

白河の背骨が輝き、議事堂の柱が光り、礼拝堂の尖塔が星のように燃える。


そして――反撃。


セラフの光と同質の“白い砲撃”が逆方向から放たれる。

人類の裁きが、怪物の口から返ってくる。

返ってきた裁きは、正確で、冷たく、取り返しがつかなかった。


セラフの機体が裂ける。

光が折れる。

砲座が沈黙する。


セラフ、大破。


戦場の信仰が折れる音がした。

音ではない。

誰かの胸の中で、支えが抜ける音。


SERAPH // STATUS

CORE OUTPUT: DOWN

MAIN LANCE: LOST

SUPPORT CHANNEL: SILENT


沈黙。

天の槍が折れた。

それは、ただの戦術的損失ではない。


“救いのふりをした掌握”の象徴が、怪獣に喰われ、返され、折れた。



門は完成している。

完成しているのに、ローラは引き抜けない。

完成しているから、逆に“固定”される。

完成は自由ではなく拘束だ。


外周では波がまた満ちる。

グラフィアカーネ級が吠える。

「共同運用!」

「説明責任!」

「保護!」


能天使のログは、矛盾を矛盾のまま朗読し続ける。


ROE REMINDER: MINIMIZE CAUSALITY

ROE REMINDER: ACHIEVE MULTI-OBJECTIVE SUCCESS

ROE REMINDER: CONFIRM EXTRACTEE BY NAME

ROE REMINDER: NO NAME-CALL


名を呼ぶな。

名で確認しろ。

未来を増やすな。

全部成功しろ。


成功しない。

ヒナは理解する。

理解した上で、刃を落とさない。

落とせば束になる。束は因果になる。


ローラも理解する。

祈りで救えた。

祈りで倒せた。

けれど祈りで門が完成し、怪獣が立ち上がり、セラフが折れた。


祈りは勝利で、祈りは敗北だった。


救出は――成功しない。

この瞬間に、成功しないことが確定する。


そしてそれは、戦争の始まりでもあった。



セラフの沈黙の上に、別の音が立ち上がる。


笑い声ではない。

拍手でもない。

聖歌に似たリズム。

しかし歌っているのは、天使ではない。


門が完成したせいで、白河の空気は“礼拝堂”よりもさらに冷たく整った。

整った空気は、祈りを招く。

祈りは因果を呼ぶ。

因果は――型を呼ぶ。


今まで倒してきたはずの“型”が、門の縁に並びはじめる。

戻ってきたのではない。

再演だ。

パンミクシウムが、地球人と天使の記憶から“欲望の型”を抜き出し、同じ舞踏をもう一度上演する。


中心に立つのは、マラコーダ級。

仮面の下の空白が祭壇のように静かで、

その静けさに合わせて、他の悪魔たちが列を成す。


列。行進。舞踏。

まるで“永遠の入学式”のパロディのように、祝福が獣化して踊る。

空中には、記念写真の縁から剥がれた“卒業写真のカビ”みたいな粉が舞い、眩しさだけが腐って落ちてくる。


まず、アリキーノ級の影が走る。

素早い。しなやか。

腕を落としても平然と迫る、あの“期待の強さ”の走り方で。

彼らは戦うために現れない。

追いかけっこのために走る。

天使が息を乱す瞬間を、祝祭の拍にするために。


次に、カニャッツォ級が湧く。

紙吹雪と花束の繊維でできた“群体の犬”。

群れは群れのまま祝福のリズムに揺れ、傷を受ければ群れの奥へ引き、また前へ出る。

遠距離が効かない。

効かないことが、祝祭の余興になる。


その背後に、バルバリッチャ級の野蛮な影が立ち上がる。

規律を喰う影。

整列や命令を噛み砕き、綺麗に整った戦場ほど先に壊す。

彼は破壊としてではなく、遊びのルール破りとして暴れる。

ルール破りは、場を盛り上げる。

場が盛り上がれば、永遠が増える。


そして、祝福の列を“結ぶ”ように、カルカブリーナ級が舞い戻る。

倒されたはずの戯れの悪魔の残滓が、祝福のリボンとして結び直され、

結び目が笑い、短冊が揺れ、

――おめでとう、いつまでも、ずっと一緒。

その甘い文字が、今度は祝祭のリボンとして門の周縁に垂れ、天使の影を“贈り物”に縛り上げる。


遠くでは、グラフィアカーネ級の波がまた満ちる。

犬や狼だけではない、様々な獣の形が津波のように押し寄せ、

吠える政治語彙が、門の祝祭と同じ拍で合唱する。


「保護!」

「説明責任!」

「共同運用!」


吠え声が乾杯の言葉になり、門の周縁が祝祭に染まる、その喧騒の隅で――姉だけが笑い方を変えた。

ファルファレルロ級は、誰にも届かない声量で言う。


「……地球なんて、いらないのに」

「妹と、友だちがいれば」


そう呟いた瞬間、彼女は自分の言葉を恐れるみたいに、すぐ笑って誤魔化した。

笑いの形は姉で、胸の奥だけが妙に子どもだった。


悪魔たちは理解してしまったのだ。

地球は来る。

いや、来させられる。

政治で、救出で、共同運用で。

そして何より――祈りで。


マラコーダ級が、踊るように、祈るように手を差し伸べる。

その動きは祝福に似ている。

祝福に似ているほど、拒絶できない。


「地球は」


仮面の奥から、声が落ちる。

優しい声で、宣告する。


「永遠の遊び相手になる」


その言葉に合わせて、列が一斉に回り始める。

アリキーノの速さが拍になり、

カニャッツォの群れが合唱になり、

バルバリッチャの野蛮が太鼓になる。

カルカブリーナのリボンが、祝福の輪を結び直す。

グラフィアカーネの吠え語彙が、それに和声をつける。


壊すためではない。

戯れるためだ。

喰らうためではない。

遊び続けるためだ。


ヒナは刃を握り直す。

ローラは門の向こうで、祈りを喉の奥に封じ直す。

二人の“友情の今”はまだ消えていない。

けれど世界は、悪魔の祝祭へ滑り込んでいく。


救出は成功しない。

戦争が始まる。


――だが悪魔たちにとって、それは戦争ではない。

永遠の遊びの、開幕だ。

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