第1話 『痛みと記憶と薬の香り』
「痛みは、いつも言葉より正直だ──だから私は薬を調べる。」
咲は目を覚ますと、見知らぬ天井を見上げていた。
白木の梁、煤けた壁、そして小さな木製のベッド。夢かと思ったが、痛む頭を押さえると、確かに体は――重い。
しかも、手足は十六歳の少女のそれだった。
「……ここは……?」
鏡に映る自分を見て、言葉を失った。現代の自分が戻ってきたはずなのに、そこにあるのは柔らかい頬、長く黒い髪、そして小柄な体。
事故に遭った記憶と、ここにいる現実が、頭の中で奇妙に重なる。
「よかった……無事だったのね、お嬢さん」
扉が開き、柔らかい声がした。年配の女性が微笑む。
「薬師の家に生まれたのよ、咲。あなたは今日からこの家の娘です」
──そう、咲は転生していたのだ。しかも、薬師の娘として。
家の小さな薬局には、乾燥した薬草、瓶詰めの薬、煮出した薬液の匂いが漂っていた。
現代の知識があれば、この世界の薬も、より効率的に作れるはずだ――そう思うと、胸が高鳴った。
初めての患者は、隣町から運ばれた幼い男の子。
熱にうなされ、顔は赤く、息も荒い。母親は泣きそうな顔で咲を見た。
「お願いします……どうか」
咲は深呼吸し、昔の記憶を手繰る。解熱の方法、薬草の効能、調合の手順。
「よし……」
手際よく薬草を選び、煎じ、甘みを加えて飲ませる。
子供は嫌がったが、咲の声が優しかったのか、少しずつ薬を口にする。
数時間後、熱は落ち着き、顔色も戻った。
母親は涙を浮かべ、咲を抱きしめる。
「あなたは……魔法使い? ありがとう、ありがとう!」
咲は微笑む。魔法じゃない、これは薬学――現代の科学だ。
けれど、この世界では、それも“魔法”に近いかもしれない。
その夜、薬局の隅で、咲は小さな日記に今日の出来事を書き留めた。
「薬で命を守るって、こんなにも尊いんだ──」
扉の向こうから、静かに人影が現れる。
若く、背の高い男性。深い青の目に冷静な光。
「君が咲か……薬の調合で、誰かを救えるのか?」
咲は小さくうなずいた。
これが、宮廷での最初の出会い──そして、すべての物語の始まりだった。