探偵の真似事
親に育児放棄されると、まあ、色々と時間の融通がきく。俺は、まず、御剣あのん、という女がどこの誰なのか、調べた。行方不明であれば、張り紙とかされていそうだ。
引っ越してしばらくで、土地勘もない所だ。まあ、こういう時は、まずは学校だろう。図書館とかにいけば、卒業生名簿とかある。
俺は、とりあず、通い始めたばかりの図書館に直行する。四月に転校してきたばかりだから、声をかけてくれる知り合いはいくつかいるが、家のことが忙しくて、遊ぶ約束は即断っていた。そのせいで、俺は完全に一匹狼扱いだ。友達百人出来るかな、の歌は、ある意味、俺には痛いやつだ。
特徴のある名前だから、探せばすぐと思ったのだけど、十年遡っても出てこない。これは、あれだ。違う小学校、という可能性がある。
いくつかの小学校の卒業生が一つの中学校に通う、ということがある。たぶん、御剣あのんは、別の小学校の卒業生なのだろう。
図書館の作業はこれで終わりだ。別の小学校に不法侵入するほど、俺には甲斐性なんてない。ていうか、そこまでやってやる義理もないよ。
「珍しいな、お前がいるなんて」
学級委員の宮村が図書館にいた。真面目な眼鏡をかけている宮村は、俺が転校してすぐ、学校案内をしてくれた。
「ちょっと暇つぶし。じゃあな」
話すこともないので、俺は挨拶して帰った。これで、一人、友達未満が増えたな。知り合いばっかりで、友達出来ないよ、俺。
帰れば、誰もいない。あの幽霊、灯りを点けても消えないけど、夜しか出てこない。朝になったら、いなくなっている。幽霊だからか?
帰る途中、御剣あのんと同じ制服の集団の横を通り過ぎる。同じ制服、同じ校章だ。そこで、やっと、御剣あのんは小学校の隣りの中学校の制服を着ていることに気づいた。
帰る途中、交番をちょっと覗いてみた。ほら、行方不明者の張り紙、されていることもある。交番だから、そんなに枚数ないけどね。
ちらっと覗いても、全国的にされている行方不明者の張り紙だけだ。御剣あのんを探す張り紙は見当たらない。
たまたま、交番は留守だったので、ついついじろじろと見てしまった。
「あれ、なんでここにいるの?」
「ちょっと見てただけ。宮村くんは?」
図書館に続き、交番まで会ってしまうと、なんだか、気持ち悪い。いや、意識過剰だ。俺に付きまとうような人はいない。
「父さんが、ここ勤務なんだよ。ちょっと見に来ただけ」
「へえ、立派だね」
ウチの両親とは違いすぎる。代わってほしい。
父親のことを尊敬しています、みたいなキラキラした目をする宮村くん。きっと、俺の目は腐ってるな。ほら、育児放棄する両親の子どもだから。
さっさと帰るのもなんだし、俺は何のきなしに聞いてみた。
「あのさ、御剣あのんって、知ってる?」
「知ってるよ。有名だよ」
え、そうなの? 俺は知らないって、そうか。引っ越して来たから、知らないのか。
「噂で聞いたんだ。通り魔事件の被害者。未だに意識不明で病院にいるんだって」
意外なところで、情報がぼろりと出てきた。
「まだ、通り魔は捕まってないんだよ。暗くなる前に帰ったほうがいいよ」
「ああ、わかった。ありがとう」
俺は適当にお礼を言って、そそくさと交番から離れた。
「死んでない!」
俺は、早速、出てきた御剣あのんに叫んだ。
「え、死んでないの?」
「俺は知らないけど、この街では有名だってな!! ちくしょー、放課後の貴重な時間を返せ!!!」
ドキドキして、図書館で卒業アルバム調べた俺、可哀想。
御剣あのんは、うーんと首をひねって、考える。
「覚えてない!」
「ちくしょー、幽霊だから、殴れない!!」
悔しいよ、空ぶる俺の拳!!
「ともかく、死体はないから、探せない。ほら、帰れ」
「でも、帰れないんです。こうなったら、意識のない私を見に行ってください!」
「え、どうやって? 俺、あんたとは他人なんだけど」
「同じ部屋に住んでる仲じゃないですか!!」
「幽霊だけどね!! お宅の幽霊のほうと仲良しなんです、なんて自己紹介したら、俺、即、違う意味の病院だよ!!!」
精神がいかれてます、と叫んでいるようなものである。無茶苦茶だな、この女!
「君は、私よりも大人な話し方をしますね。本当に小学生ですか?」
「小学五年生だ。そういうお前は中学何年生だ?」
「私は中学三年生です。敬いなさい」
「ここから出ていけたら敬ってやるよ! さっさと体に戻れ!!」
「出来ないので、しばらく御厄介になりまーす」
酷いな、これ。俺はこの口煩い生霊と生活するのか。
その日は、いらっとして、よく眠れなかった。
朝から、学級委員の宮村くんが、俺に声をかけてきた。
「おはよう!」
「おはようございます」
「他人行儀!?」
丁寧に挨拶したのに、逆に距離感があったらしい。けど、俺、そんなに宮村くんとは親しくない。それどころか、転校してしばらくだが、親しい人がいないな。
遠くでザワザワしているが、俺は気にせず、席につく。
「ねえねえ、御剣あのんの事件に、興味あったりする?」
何故か、宮村くんがノートを持って、俺のところに来る。あ、あれだ。よくある、事件を解決しよう、という一歩間違えると死亡フラグ決定のやつだ。
変な本読みすぎなのか、そんなことを考えて、しかし、頭を振る。せっかく話しかけてくれたのだから、俺も友達作りをしよう。
「興味あるっていうか、あれ、事件なの?」
まずは、知らないので、聞いてみる。市の図書館で調べようと思っていたところなので、丁度よかった。
「ここ三カ月の間に、同じような被害が出てるんだ。だから、通り魔事件になったんだよ。決まって、長い棒のようなもので頭を滅多打ちなんだって」
ノートには、事件の切り抜きがいっぱいだ。最初の事件から、三つほどある。三つも続けば、そりゃ、連続通り魔事件だ。
そして、御剣あのんは、五人目の被害者である。
「これまでは、打ちどころが悪くて、みんな、死んでいたんだ。御剣あのんだけは、意識不明だけど、生きている。今は、厳重警備で治療中だよ。きっと、彼女は犯人を見てる!」
残念。生霊のほうは、打ちどころが悪くて覚えてないって。せっかく生かしてるってのに、警察も無駄骨だな。
俺は、切り抜きの中にある御剣あのんの白黒写真を見た。とりあえず、幽霊と同じ顔だ。写真のほうがきりっとしてるけど。
「宮村くんは、随分と、この事件にご執心だね」
「ご執心なんて、大人な言葉を使う君はすごいね」
「それで、どうして?」
混ぜっ返されるのは、あの生霊痴女で馴れているので、先に進める。
「なんかね、こんなに近い所で起こったから、つい、気になって」
「そうだね。そういう事件って、普通、起きないよね」
別に小さな町でも大きな街でもない。普通の街だ。交通事故や、強盗、泥棒、振り込め詐欺といった大小はあるが、事件というものは、どこにでも溢れている。
しかし、この連続通り魔事件は、そうそう起きるものではない。そういうものが好きな少年少女であれば、興味を持つだろう。
そして、俺がたまたま、生き証人と言われる御剣あのんのことを知りたがったので、仲間意識を持った。んー、巻き込まれたんだけどね、俺。
「それから事件ってないの?」
「さすがに生き証人がいるから、犯人も警戒しているよ」
「そうなんだ」
そうはならないだろうな。たまたま、今は出ていないだけだ。こういうのって、続くはず。行動範囲を市外県外に移動すればいいんだ。
ちょっと考えれば、俺でもわかる。だけど、それが続いていないように見えるのは、宮村くんの情報が足りないか、本当に控えているか、である。
「ねえ、事件現場に行ってみようよ」
「え、ムリ」
とんでもないこというな、こいつ! 殺人事件があったとこ行きたいって!!
「へえ、転校生は、腑抜けだなー」
そこに、話を聞いていたっぽいガキ大将クラスの持村くんが割り込んできた。え、そういうのはやめてほしいのに。
余計な茶々をいれてきそうな持村くん。きっと、この後、みんなで肝試しよろしくと、事件現場に行こう、なんて話になるんだよ。やめてぇ!!
「育児放棄された俺は、帰ったら、炊事洗濯掃除をやらなきゃいけないんだ!!」
「え、マジ!?」
「重いっ!」
想像の斜め上の告白に、二人は引いた。俺だって引きたいよ!!
こうして、自分の恥ずかしい現実を告白することで、肝試しは外れた。
興味はないけど、事件のことは調べないといけないので、宮村くんからノートを借りた。さっさとコンビニでコピーして返そう。週末に肝試ししようぜ、なんて誘われる前に、返却しよう。
夜になれば、御剣あのんはやっぱりやってくる。なんで、俺がご飯食べてる時かな? そして、いつも、美味しそう! なんて見てくる。食べられないようね。チャレンジ毎回しているけど、食べられなくて、叫んでばっかりだよね!!
今日も雄たけびあげる幽霊。だけど、その声が聞こえるのは俺だけ。近所迷惑にならないから、注意も出来ない。
「それで、私に会えましたか?」
「会えるか、バカ。クラスのやつで、通り魔事件の記事をスクラップしてたから、コピーしてきた。ほら」
「うーん、私、字見ると眠くなっちゃうんですよ」
「バカなの? アホなの?」
「年上に向かって、なんて失礼なこというのですか!? 敬いなさいよ」
「文字読んで寝ちゃうようなアホは敬えません」
「最近の小学生は冷たーーーーいーーーーーー!!」
「煩い!」
俺だけには聞こえない声で泣き叫ぶので、今日も頭が痛いよ。
事件は三カ月前から起きている。御剣あのんをあわせて五件。この事件、通り魔というだけあって、人通りの少ない所を選んで犯行に及んでいる。
五件全て、同じ凶器での撲殺だ。細長い棒のようなものだ。どういう物かは、公表されていない。たぶん、公表されている情報全てではないだろう。真犯人と警察しか知らない情報ってあると思う、たぶん。
事件現場もバラバラで、被害者も年齢から性別までバラバラである。思い立った吉日みたいにやっちゃってるんだろうな。
新聞記事から見ても、その程度しかわからないのが俺。いや、それ以上のことは、警察しか知らないでしょう。一般市民は、「怖いねー、気を付けおうねー」程度である。
「という感じですけど、何か、思い出しますか?」
「すぴー」
「寝るな!!」
「だって、難しい話だから、眠くなっちゃうんだもん」
「え、小学生の俺が話す内容なのに、中学三年生が難しいって、どうなの!?」
「君さ、頭いいでしょ。私、真ん中よりちょっと下だから」
自慢げに胸をはる御剣あのん。そういうダメな成績は、自慢できるものではない。
せっかく情報を得ても、このアホ生霊には、まったく響かない。はやく出ていってもらいたいのに、どうすればいいってんだよ。
今日も眠れないなー。