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第四話『フェイルとマクシム』


 次々と後ろへ流れていく景色とは反対に、常に斜め前を走るマクシムの立派な体躯が風除けになっているので、走りやすい。


 しばらく走り続け、流石に俺が疲れて速度が落ちたのを察したのか、マクシムが何かを探すように空気の匂いを嗅いでいる。


 軽くひと鳴きすると、速度を緩めて駆け足を歩みに変えていく。

 

 そのまま横道にそれると、林道の木々の合間をゆっくりと下り始めた。


 勝手に横道にそれて大丈夫なのかと心配したが、フェイルは気にしていない様子で、マクシムの好きにさせている。


 引き綱が枝に絡まないように注意しながら、マキシムの後ろをついていくと、ムッと水の匂いが濃くなった。


 夢中で走ってきたから気にならなかったのかもしてないが、思ったよりも喉が渇いていたらしい。

 

「喉渇いただろう? 少し休憩しようぜ」


 ニヤリと笑いアゴをしゃくるマキシムがカッコいい。

 

「勝手に道から外れて大丈夫だったの?」


「あぁ、フェイルはそこらへんの人間に比べると波動が高いからな。急いでいる時はダメだが、そうじゃない時は多少は好きにさせてくれるんだよ」


 マキシムの案内でたどり着いたのは、川とは呼べない様な細い沢だった。


 しかし川上に人が住む大きな街はないのか、もしくは水源が近いのか、離れた所で泳ぐ小魚が見えるほどに澄み渡っている。


 動きを止めたマキシムの様子に目的地に到着したと判断したのだろう、フェイルは鞍からひらりと地面に着地した。


 あまり足場が良いわけではないのに、他の種の馬よりも体高が高い黒虹馬のマキシムの上から安定して降りられるのは、体幹がしっかりと鍛えられているのだろう。


 それもそうか、ここまで思う存分楽しんで、全速力で走ってきたのにフェイルはまるで慣れているかの様に涼しい顔をしている様な気がする。


 フェイルが降りたことで、マキシムは沢へ近づき、その鼻先を水面に近づけると、スンスンと水の匂いを確かめる。


 ゆっくりと口を付けて水を飲み出したマキシムの真似をして、頭を下げて口をつければ、喉が渇いていたせいかとても美味くて気がつけば夢中で飲んでいた。


 ただの水のはずなのに前世の仕事上がりのビールより美味い。


 水道水のカルキ臭さもなければ、美味しいと思っていたペットボトルで売られていた天然水すら凌駕する美味さだ。


 ふと気がつけば、マキシムの横でフェイルが鞍から外した銅製の水筒に沢の水を足している。

 

『ん? もう十分飲んだのか?』


 俺がジッと観察している事に気が付いたのか、水を補充したばかりの水筒の蓋を閉めて地面に置く。


 両手で水を掬い上げる事数回、喉を潤し終えたのか、両手でバシャバシャと顔を洗い出した。


「フェイルは良いよなぁ、せっかく綺麗な水なのに流石にこの沢じゃ水浴びできないからな」


 ブルルンと不満げに口を曲げると、何か悪い事でも思いついたのか、沢縁でしゃがみ込むフェイルの背中にトンッと頭を擦り付けた。


『うわっ!?』


「あっ!?」


 バシャーン


 マキシムのイタズラに鍛えられたフェイルであっても耐えきれなかったのだろう、小さな水飛沫をあげながら、両手を水底に踏ん張る形でフェイルが水に落ちた。


「うわっ、もったいない」


 もったいないと感じているのは前世の貧乏サラリーマンだった俺の記憶だろう、なんせ高級そうな服がすっかり水を吸って濡れてしまっているのだ。


 弁償する事になったら、一体いくらの賠償が発生するんだろうな……と、つい考えてしまったと同時に、まぁ水だから大丈夫だろうと変に安心した。


 どうやらマクシムには、相棒であるフェイルの服の良し悪しは意識にない様で、ここぞとばかりに濡れたフェイルの髪の毛を食んでいる。


『マ――キ――シ――ムぅ』


 ドスの効いた低音が殺気とともにフェイルの口から発せられ、俺の本能が逃げろと警鐘をならすが、マキシムに繋がれたままなので逃げることが出来ない。


 かたやこの状況を引き起こしたマキシムは全く反省している様子がない。


『お前も道連れだ!』


 フェイルの両手から掬い上げられた水がマキシムに向かって何度も何度も掛けられる。


 まだ疾走の余波で熱い体に、冷水が心地いい。


「よし!作戦成功だぜ! フェイルもっと水を掛けてくれ!」


 フェイルが水を掛ける手を止めようとすると、マキシムはわざとフェイルにちょっかいを掛けてじゃれあっている。


 ものの見事に俺まで巻き添えになっているが、フェイルとマキシムの間で信頼関係が構築できているからこそ、お互いに取れる対応だろう。


 俺もマキシムとフェイルの様な、信頼関係を築ける相手に出会うことは出来るのだろうか。

 

「さぁそろそろ移動するぞ!」


 水浴びが出来て満足したらしいマキシムの鎧に、濡れたままでフェイルが跨った。


 濡れたままでいいのだろうか?


 どうやら俺の疑問はマキシムにバレていたらしい。


「どうせこのまま、フェイルの巣まで走り続ける事になるだろうからな、巣につく頃にはちゃんと乾いているさ」


 歩き出したマキシムを追いかけて林道を戻り、また走り始める。


「俺も、2人みたいな関係を築けるかな?」


 仲間を狩人から逃すために、群れから離れる決意をした時から、人と共に生きていく覚悟は出来ている。


 俺をこの世界に馬として転生させたのが神様か仏様か、はたまた宇宙人かなんてわからない。


 願わくば良い人に巡り会いたいと願うくらいは、きっと許してくれるだろう。

 


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