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「吸命鬼(ヴァンパイアー)たちの眠れぬ日々」  作者: 真手真路・M(マシュマロ・M)
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1話『食の極み』

 医療の発達は近年目覚しいものがある。ことに移植医療の技術は革命的な進歩をとげてきた。

臓器移植ありきで、そのために人の死の定義を変え、脳死を法的にも認めさせた。

医学の進歩はときに残酷である。ある人の死は他人の命を永らえさせることになる。別の言い方をすると、人の死を待つ医療、それが移植医療の現実的な見方であろう。人の死を待つ行為を作者は吸命鬼(ヴァンパイアー)的だと感じている。もちろんこれを読んで傷ついたり怒りや悲しみを覚える人は多いであろう。しかし、科学ことに医療進歩を患者の治りたい・生きたいという欲求と、医師や研究者の治したいという欲求と名誉、金銭、地位を欲する欲望に任せていいのだろうか?

人の生死をそういうことでもてあそんではいけない。

脳死状態から生き返ったという例もきく。

科学(医学)の進歩を科学者(医師や研究者)の倫理観に委ね、患者への悲哀という感情に任せ、我々はあまりにも想像力を働かせなさ過ぎた。

科学(医学)の進歩をこのまま許せばどうなっていくのかを、数話にまとめて書いてみることにする。


20XX年、厚生労働省は移植医療の需要増加に比較してドナー登録が増えていないことから、今以上の慢性的な臓器不足を予測し、さまざまな対策をとることになった。



1話『食の極み』


 ××農大家畜飼育舎で夜、学生が二人会話をしていた。

 「お前、相変わらず顔色悪いなぁ。いいかげん慣れろよ、かぐわしい香りだろ?」

 「え・・・ええ・・・まあ」

 「2,3ヶ月もすりゃあこん中でメシ食えるようになるさ」

 「慣れ・・・ですか?・・・・先輩は動物好きなんです?」

 「愛はあるけど好きじゃあないなぁ」

「・・・・・?」

「継がにゃあならんことはないけど、一応、実家、養豚してるし、俺長男だし、ってかんじでな」

「へエー」

「ところでお前、生命科学学部だよなぁ。そんなインテリさんが、なんで夜中に畜産学部の俺と家畜飼育舎、しかも豚舎なんか見回ってんだぁ? なにかミスッたのかぁ?」

「ち,違います。うちの学部で研究用に飼育していた豚がいなくなったんてす。逃げ出した遺跡がないので、盗難の可能性が高いんです」

「ふーん、たかが豚だろう?それともなにか特殊な・・・・・たとえば、量産研究中のイベリコ豚とか。」

「量産研究は量産研究なんですが、臓器なんですよ。」

「モツがうまい豚か?」

「そうじゃあなくて、ヒトのDNAを組み込んだ豚でヒトの臓器を造って臓器移植に役立てるんです。食べるなんてとんでもない。ハンニバルになっちゃうかもしれませんから。それと生態系への影響も考慮して外に持ち出すのも禁止です。」

「そういえば俺と同じ学科の一年上の先輩は、金に困るとここの・・・・豚をちょろまかして・・闇ルートでに売るんだと・・・・・言ってた・・・・・かなぁ??」

「まさか!」

「まさかなぁ?」

「・・・・・?」

「・・・・・?」

二人は顔を見合わせた後、沈黙したまま見回りを続けた。


 数日後、認知症の老人を抱えるある家庭。

 「あんた、どなたでしたかのう?」

 老人は、自分の前の食卓に手際良く夕食を並べて行く女性に尋ねる。

 女性は忙しなげに手を動かしつつ、穏やかな笑みを浮かべながら、老人を見た。

 「お父さん、私は、貴方・元治さんの息子・元直さんの嫁の幸子です。さっきも聞かれましたよ。」

 そういうと彼女は義父の前に湯気の立った茶碗と汁碗を静かに置いた。

 「いつもご親切になぁ、ようしていただいて、ありがたい。」

 老人は、手を合わせ、嫁に深々と頭を下げた。

 彼女も、自分の前の食卓に茶碗と汁碗を置き、老人の横に腰を下ろす。

 「そんなたいしたことしてませんよ。それより、支度が整ったので夕食にしましょう。」

 彼女に促がされ、「いただきます」といい、老人は箸と茶碗を手にし、震え気味の手でご飯を口に運ぶ。

その様子を見て安心した表情を浮かべ、彼女は向き直り、まず卓上のテレビリモコンを持ち何気なくテレビをつけた後、食事を取り始めた。

 画面にもさほど気に留めず、音声も流れているだけで聴きもせずに、義父に話しかけながら箸を進めていく。

 汁を一口飲み彼女は少し違和感を覚えたが、飲みなおすと何ともいいしれない深みのある味とコクが口内に広がった。

 「おいしい」

 つぶやきながら、彼女が隣に目をやると、義父はまだ茶碗を手にしたまま、少しずつご飯を口に運び続けていた。

 「お父さん、次はおかずを召し上がってくださいも。」

 彼女は、しずかに茶碗を義父の手から外すと、その手に汁碗を持たせた。

 「ご親切に・・・」

 と、穏やかに言う義父を見ながら、彼女は、『闊達で頑固で気難しいという数年前までの印象は、このひとにはもうないわねぇ』と思いつつ、自分の箸を進めた。

隣で、汁を一口すすった音がした後、義父の動く気配が無いのを感じながら、さほど彼女は気に留めなかった。

しかし、30秒も経たないうちに、彼女は驚きながら義父に注意を向けざるを得なくなる。

「う~ん!」

義父が、低くて鮮明なうなり声を発したからだ。

自分の耳を疑いつつも、彼女は、そのうなり声を目で辿った。

確かに義父が、彼女の視界に入ってきた。

だが、穏やかさは消え、認知症発病以前の顔つきになっていた。

「・・・・うまいっ!」

というと、老人は、飢えていたかのように、汁を啜り具を貪る。

「お おとうさん・・・?」

驚きと戸惑いでうろたえる嫁をよそに、老人は一気に汁を食べつくし、汁碗を差し出した。

そのあまりの変わりように唖然としている彼女に、義父は怒鳴るように言い放つ。

「気がきかんなっ!わしが汁碗を差し出しておるのだ。さっさと御代わりを入れる!」

「はっ はいっ!」

状況が飲み込めないまま、我に返った彼女は、慌てて汁碗を受け取り二杯目を並々と注ぎいれ、義父に再び手渡す。

「熱いので気をつけてくださ・・・・」

「わしはまだボケてはおらん!心配無用っ!」

老人は、奪うように嫁から汁碗を受け取り、いかにも美味しそうに一口二口熱い汁を啜った後、「おー・・・・うまいっ!・・・・懐かしい!」といい、独り言のように回想し始めた。

「大東亜戦争も末期、わしはフィリピンにおった。山中に潜伏していた小隊で、米兵に囲まれ、すでに補給線もたたれ、物資も底をついておった。毎日、敵と遭遇しにけまどった上に飢えとの戦いも強いられた。草、木の根、木の皮、苔、鼠、猿、蜥蜴、蛇、蛙、ヤモリ、虫、あらゆる物を口にした。しかし、わしらの飢えは抑えきれんかった。極限状態だったわしらは、山中を逃げさまよっているうち、ある小さな村に出た。反対する者はいなかった。その村からの略奪を試みた。しかし、そこも飢えに苦しんでおった。食い物が無いとわかると、わしらは狂気に身をゆだねた。村人が肉には見えた。ただ、飢えから逃れたかった。わしら思考を止めた。それから後はまさに地獄絵図じゃった。鬼畜米兵などというておったが、鬼畜はわしらの方じゃった。わしらは、ただただ獲物を狩って、むさぼった。そんな地獄絵図状況の中、食うた若い女の肉の味は忘れられん。」

記憶を辿るのをいったん止め、老人は汁を啜った。

「この汁、あのときの味だ!!」

隣で座っていた嫁は、義父のあまりの豹変ぶりに驚き、話など聞こえなかった。

「幸子君!」

呆然としている嫁の名を、老人は強い口調呼ぶ。

彼女は、やっと我に返り、「は、はいっ」と返事をし、義父の顔を見た。

老人は彼女に問う。

「この汁の具は何だ?」

「お父さんの好きな豚肉です」

その彼女の返事にうなずくと、また汁を啜り始めた。

二人は気に留めていなかったが、おりしもテレビはニュースを流していた。

【××県警は今朝、××県○○市に住む、××農大畜産学部、四回生、Aを、窃盗・横領・食品衛生法違反の疑いで逮捕しました。Aは、数回にわたり、同校で研修・研究用に飼育されていた家畜、十数頭を、大学の許可無く校外へ持ち出し、食肉業者に横流しをしていたようです。取調べに対してAは「遊ぶ金欲しさにやった」と容疑を認めているもよう、また「歴代の学生らもしていた」という供述もしており、新たな逮捕者が出るようです。Aが食肉業者に横流しをしていた家畜、十数頭の中に、厚生労働省の移植医療研究班と同校の生命科学学部が協同研究していた、移植用臓器生産の為、ヒトDNAを組み込んでいる豚もいたと捜査の段階で判明し、県警が流通ルートを捜査したところ、すでに一般小売店の店頭に出回っていることがわかりました。このことを受け、厚生労働省・農林水産省・経済産業省・××県は共同で、ヒトDNAを組み込んでいる豚が流通がしたと見られる○○市と周辺の各市の全ての小売店や飲食店に対し、店頭ならびにメニューからの撤去命令を出しました。また、同時にその問題の豚肉の回収も急いでいるが、すでに店頭に出回って数日か経過していることから、回収率は3パーセント以下になるであろうと予想されるとし、○○市と周辺の各市は、広報車や防災無線等で豚肉を食べないよう市民に呼びかけると共に、24時間体制で相談窓口を・・・・・】


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