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第1話 雨天の旅立ち②

例えば一番自分が素敵な人間だと思うこと。

くるっとカールしたぱっちりした目にちゅるんとした赤い唇。華奢で愛くるしい容姿。綺麗なシルエットのショートヘアはサラサラで柔らかい。一張羅の外套は、質の良いポンチョスタイル。首元にはチャコールグレイのリボンがついていて、シックで可愛い。素敵なものと素敵な自分。シオンは馬車の窓越しにうつる自分をただただ見つめていた。

今日の自分も最高に可愛いな・・・と思いながらうっとりしていると、執事がなにやら思いつめた顔で話しかけてきたからめちゃくちゃ吃驚してしまった。

どうやらこの執事、シオンを幼い女の子だと信じ込んでいる。ニーナの幼馴染で妹のような存在として紹介された手前、確か13歳ということになっているはずだからそれも無理はない。確かに体型は小柄だし、幼い顔立ちをしているけれど、これでも立派な18歳だ。でも幼く思われると得をすることの方が多いのでシオンは無邪気に健気な少女を装う。


『その容姿をクロエに貢献しろ。必ず王家と縁を繋いで卒業すること、それが貴様の役割だ』

先日会ったクレッシェンド伯爵の冷たい眼差しと重々しい言葉を思い出して、シオンはひんやりとした気持ちになった。



なにやら涙ぐむ執事長に困惑していると、馬車が停まった。大きくて古びた門がギイ・・・と重たげな音をさせながら開く。執事長が馬車を降りて、門番と話をはじめる。馬車の窓から覗いていると、話の途中で門番が憐れみのこもった目線をシオンに向けてきた。にっこりと微笑みで返すと門番はでれっと相好を崩す。そうだろう、そうだろう。かわいかろう。


「シオン、これからクロエお嬢様が乗っている馬車に乗り換える。ついてきなさい」


「はい」


シオンは馬車から降りて、ぬかるんだ地面に足を下ろした。持ってきた荷物は小さな旅行鞄ひとつ。両手で持ち、先を行くジェームズについていく。


庭を抜けた先に見えるのがクレッシェンド伯爵の屋敷だろう。つい先日まで働いていたモデラート城と比べると小さいが、庭にはたくさんのバラが茂り、よく整えられている。

屋敷の入り口にたくさんのメイドや執事が並び、一台の荘厳な馬車が止められていた。


「さあ、中に」



ジェームズが開けてくれている馬車の扉から中に入ろうとすると、ほっそりとした手が伸びて勢いよくシオンを押した。


「誰がが入っていいと言ったの!」


キンとした声が響く。


「お、わ、」


思わず声が出る。ぬかるんだ地面に転びかけて慌てて手荷物を空に放り投げ自分はくるりと宙返りをし、着地したところで荷物をキャッチする。


「危なー・・・服が汚れるとこだった。」


無事に着地したシオンを唖然と見ていたジェームズはハッと我に返り、馬車の中に入り声をあげた。


「クロエお嬢様!なんてことをなさるのですか!」


「うるさい!!!」


ヒステリックな高い声。ジェームズの後ろからそっと覗くと居心地よく整えられた馬車の中には涙ぐむ小柄なご令嬢がいた。癖の強い赤い巻き毛を二つに結び、猫のような大きな瞳は力強いルビー色。高貴な雰囲気があるのに手負いの猫のようにピリピリとしている。



「嫌よ嫌よ嫌よ!!!新しいメイドなんて嫌!」


「そんな・・・お嬢様、あんなに何度もメイドが嫌だとおっしゃっていたじゃないですか」


「お披露目の前にお付きのメイドが代わる令嬢なんて聞いたことがないわ!まるで・・・まるで、わたしがワガママみたいじゃないっ!!!」


「そうなのでは?」


思わずつぶやくと、ものすごい目で睨まれた。地獄耳・・・。懸命にクロエを説得する執事長は気付かない。


「しかし、お嬢様。もうあのメイドは自宅に帰りまして、もうお付きになることはできないのです。」


「信じられないっ!あのメイド本当に辞めたの!?根性なしにもほどがあるわ!」


クロエの病気療養による休学は建前で、どうやら何かトラブルがあったらしい。聞いていませんけれど・・・という目で執事長を見つめるけれど、視線の圧に執事は気付かないふりをされた。



『クロエお嬢様は、病弱だけどとてもお優しいお方。いつも妹のマリー様がお見舞いに来るの。お二人はとても仲がいい姉妹で、まるでわたしとシオンみたいでしょう?』


ニーナの嘘つき・・・。クロエ様めちゃくちゃじゃん・・・。ニーナのアドバイスを思い返してイメージしていたご令嬢像がバラバラと砕け散る。


「・・・もういやっ!なんにもうまくいかない!最悪よ!もう学院にも戻りたくないっ」


両目から涙を流しバンバンと手を椅子に叩きつけるクロエを痛ましそうにジェームズは見ていたが、意を決してたように語りかけた。



「お嬢様、伯爵様から伝言がございます。」


ピタリと動きを止めたクロエは息を止めて、ジェームズの言葉の続きを待った。

苦しそうに言葉を続ける。


「・・・『クロエとしての責務を果たせ』」


その言葉を聞くと弾かれたようにクロエは馬車の窓から屋敷を見上げた。そして顔をくしゃくしゃにすると小さく体を丸めて、顔を隠した。しばらくすすり泣く声が馬車に響き、やがて小さな声が聞こえた。



「・・・学院に、戻るわ」



ジェームズが、シオンに乗るように目配せをした。そろそろと乗り込むと馬車はゆっくりと動き出す。

非常に重たい雰囲気の中、シオンは小さくなっていく屋敷を見た。

伯爵夫人はクロエの妹が生まれてすぐに亡くなってしまったというが、ニーナが言っていた仲良しの妹はどうして見送りに来ないのだろう。伯爵の伝言はどういう意味なのだろう。学院までの3日間で果たしてクロエと打ち解けることはできるのだろうか。

シオンの秘密を、隠したままで。


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