第1話 雨天の旅立ち
運のない、かわいそうな娘だ。
クレッシェンド家の執事長であるジェームズは、馬車に揺られながら正面に座る小柄な少女を憐れみを持って見つめた。長旅で疲れたのだろうか、少女は先ほどから馬車の窓から移りゆく景色をぼんやりと見つめている。窓の外の天気はあまりよくないため、窓には娘の小さな顔がうつっている。短い髪は可憐なライラック色。小さな花のような容姿の娘だ。これから少女は、今まで身を投じたことのない過酷な環境に身を置くのだ。そこから逃げ出したメイドはげっそりとやつれ、涙を流しあんなに怖い場所にはもう二度と行きたくないと言っていた。この少女がそのような苦境に耐えられるはずがないのに、執事にはもうどうすることもできないのだった。
「シオン」
話かけると少女はぴょんと子ウサギのようにその場で身を揺らした。
「は、はいっ」
ぱっちりとしたピンクダイアモンド色の瞳がじっと彼を見つめる。
この際立って可憐な容姿がシオンをこのいばらの道へ引きずり込んだと思うとジェームズは暗い気持ちになった。
「いいか、君がこれから仕えるクロエお嬢様は、クレッシェンド家の令嬢としての誇りに満ちたとても素晴らしいお方だ。ご病気をされて休学されて以来、少し不安定なところもあるが、誠実に仕えれば、必ず、お前のことも信頼してくださるはずだ。」
「もちろんです。ニーナ姉さんが、お嬢様に仕えたようにわたしも精一杯頑張ります!」
シオンの健気な言葉と、無邪気な笑顔に執事長は涙をこらえきれず、思わずぐっと唇を噛んだ。そして、少し顔を背け震える声で言った。
「1年、あと1年だけだ・・・すまない、シオン」