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「……ハーレムの夢が叶ったなぁ、姉ちゃん」
ふと弟が、しみじみとした口調で、そう言った。おい、何を言い出すのだ弟よ。
「あら、面白そうね。何の話かしら」
花子さんが尋ねてくる。仕方ないので、私は中二病時代のポエムめいた願望を告白させられる事となった。怒られないだろうか、結婚をキャンセルされないだろうか。不安である。
「ああ、そう……『意地悪な親戚も居なくて、お金の心配も無い。美人なお姉さん達が優しくしてくれる場所』……それが望みだったのねぇ……」
聞き終わった花子さんが、メガネを曇らせて泣き出す。慌てて私がハンカチを差し出す。一緒に泣きたくなるから困っちゃうなぁ、もう。私は弟の前では泣きたくないのに。
「……私は三人姉妹で、一番下の妹も、この部屋に越してくるから。貴女も弟さんも、皆で仲良く暮らしましょう。弟さんは多分、年上の女性が好きだろうから、きっと楽しいと思うわ」
泣き終わって少し落ち着いた花子さんが、そんな事を言う。何故か弟が顔を赤くして、そっぽを向いた。え? どうして弟の好みが分かるの? 私はさっぱり分かってないのに。
戸惑っていると、不意に花子さんが私の体の向きを変える。肩から動かされて、正面から私は抱きしめられる。花子さんは、私の後ろに居る弟へと、その体勢のままで話しかけた。
「ねぇ、弟さん。私は、貴方の気持ちは分かってるつもりよ。だけど貴方のお姉さんは、私と結婚するの。だから誰にも譲るつもりは無いわ」
「は、花子さん?」
捕食される生物のように無抵抗な状態の私である。柔らかい胸が当たって気持ちいい。花子さんの声音は、弟をからかっているようにも、挑発しているようにも、牽制しているようにも聞こえた。言葉の意味は全く分からないのだが。
「……俺は、姉ちゃんが幸せなら、それでいいです。それだけですよ」
「そう、安心したわ。じゃあ今後とも、よろしくね。ほら、そんな顔しないで。笑って笑って」
私を抱きしめたまま花子さんが笑う。花子さんは私の肩に顎を載せていて、私からは二人の顔が見えない。良く分からないが私を置いて話を進めるのは止めてほしい。
ようやく私は花子さんから解放された。ハグしてくるなら二人きりの時が良いのになぁ。そして私を思いっきり、いつもどおり甘やかしてほしい。
「まあ私も、『譲るつもりは無い』なんて言ったけど。そんな狭量な事ではダメかもね、今はシェアリングの時代だもの。最近は核共有なんてワードも出てるし」
「シェアって何の話ですか、花子さん。私、誰かに共有されるの?」
「例えばの話よ。まだ同性婚の法整備は進んでないんだし。なら、私達の関係も、もっと自由で良いんじゃないかしら。私の妹達とも仲良くしてほしいわね。ハーレム生活って、そういうものじゃない?」
そ、そうなのだろうか? 私はハーレムの実態を知らないから良く分からない。
「弟さんも、どうやら年上の女性が好みの様だし。私の妹の、どっちかと結婚してくれれば嬉しいわね。そうしたら貴女も弟さんも、長く一緒に居られるんじゃないかしら」
「そうなんですか? 私も花子さんも、そして弟も一緒に居られるの? 素敵……」
頭が良くない私は、何が正しいのかも分からない。もう私の視界は涙で滲んでしまって、弟の顔なんか直視できない。あーあ、弟の前では、強い姉で居たかったのになぁ。
弱くなってしまった私は、きっと花子さんにも弟にも、そして花子さんの妹達にも色々と頼ってしまうだろう。それを許されて、愛されてしまうのだろう。こんなに幸せで良いのだろうかと思ってしまう。私に出来るのは、ただ愛を返し続けて生きていく事だけだ。
「姉ちゃんが幸せなら、俺も幸せです。じゃけぇ、これからも宜しくお願いします花子さん」
「えぇ、こちらこそ宜しくね。弟さん」
二人が挨拶を交わす。私は涙で二人の顔が見えない。何だか弟は、私の父親になったような態度に思える。「娘をよろしくお願いします」というような。
会話に混ぜてほしくて、私は急いで涙を拭く。何故か睨み合うような雰囲気だった花子さんと弟が、ふっと姿勢を緩めて私に笑いかけてくれる。その様子は、無垢な子供だった私に笑いかけてくれた両親の記憶と重なって見えた。
完結です。