空気が読めない勇者
「まだ生きていたか」
「負けられない……」
「なんだ?」
立ちあがった竜輝は一度ふらつき、幽鬼のような空気をまとうが、疲れ切ったその口からは反骨心が消えない。
「己が欲の為に……己が為だけに拳を振るい、己が為に鍛え己が為に武術を使う輩……」
竜輝の脳裏には幼少の頃に見た戦場の光景が蘇り、続けてセイラン帝国の犠牲になった人々の死体が浮かび、目から雫が流れる。
「他が為に……武とはただ他が為に…………」
「弱者の考えだな、弱者が他人に守ってもらいたいが為に生まれた幻想だ」
「違う!!」
竜輝は叫び凛と立った。
「武とは弱き民草を、万民を救う為にある物! 己が為だけに拳を振るう貴様らの武に、大和の武が負けるわけにはいかない! もしも大和の武が負ければ、それは弱き全ての者達の破滅を意味する! かつては大和も内乱で多くの人が武で死んだ。だが二度とあのような事が起こってはいけない! 大和は学び、そしてそれは全世界が学ばねばならん!!
俺は貴様らの暴虐を止めるまでは死ねないのだ!!」
「戦争無くしてなんの武か! 武とは敵を殺し、潰し、他を支配するための物!」
「戈を止めると書いて武、武とは戦乱を無くし太平の世を築く為にある!!」
武の在り方を説く竜輝の訴えを、だがガノンダルヴァは鼻で笑って一蹴した。
「何を言い出すかと思えば、数千年前に我がセイラン帝国から伝わった漢字を大和ではそのような意味に捉えているのか?
これは傑作だな、武という漢字が戈を止めると書くのは武術家の肉体が鋼の戈よりも強く強靭であり、武術で鍛えた人間こそが世界の頂点に立つ絶対の存在である事を表しているからだ」
「ならばその歴史を大和が塗り替えるまでだ!! 行くぞガノンダルヴァ!!」
「来るがいい大和の武人よ! このガノンダルヴァが貴様の幻想を打ち砕こうぞ!!」
「ヒートエッジ!」
真横から飛んできた炎の刃がガノンダルヴァの左肩に直撃して、薄い切り傷と火傷と呼ぶ事もできないような肌荒れを残した。
「まだまだぁ!」
翼で宙を飛びながらエリスがガノンダルヴァに斬りかかり、ガノンダルヴァは不満そうな表情になりながら素手で応戦する。
巧みな剣術で翻弄しながらなんとか防戦を維持するが勝てる気配は無い。
「ちょっと何見てんのよ! せっかくあたしが隙見つけて斬りかかったんだからあんたも加勢しなさいよ竜輝!」
「貴様何をしているかこのうつけ天女!!」
「はぁ!? 『うつけ』ってどういう意味よ!? 分かる言葉使いなさいこの素手バカ!」
振り返り竜輝に喰ってかかるエリス、その背後でガノンダルヴァは苛立ちを募らせる。
そのまま口喧嘩を始める竜輝とエリス、なんだこのグダグダな空気はと凛一がガックリとうなだれると彼の頭に素晴らしいアイディアが降りてきた。
「なあセイル、アークって○○○○○○○持ってるよな?」
『持ってるぜ』
「じゃあそれで攻撃してくれ」
『は? それで勝てるのかよ? お前にしちゃ随分簡単な作戦だな』
「じゃあ確認するけど確かそれってアークの装甲も貫くんだよな?」
『そりゃそうだけど当たるか?』
「なら勝てるぞ、大丈夫、あの筋肉ダルマは絶対○○○○○○○を喰らう」
『じゃあやるけど、失敗したら恨むぜ』
言いながらセイルは○○○○○○○を持ってガノンダルヴァに駆けよった。
「ええい貴様らいつまで――」
『喰らえ、これが桜崎凛一の秘策だ!!』
仮にも武人であり堂々と背を向けたエリスを攻撃しないで律義に待ってくれているガノンダルヴァにアークはビームサーベルを振り下ろした。
「光る剣とは珍妙な、だが我が拳に砕けぬ物は無ぶるぼぉおおおおおおおおおお!!」
最強の筋肉ダルマの体をビームサーベルの刀身部分がしっぽりと包み込んだ。
『マジで?』
口喧嘩をやめたエリスと竜輝がマヌケな顔で口を開けて数秒後、ビームサーベルの中から黒コゲのガノンダルヴァがバタリと倒れた。
何が起こったか分かりにくいので説明しよう、ガノンダルヴァは振り下ろされるビームサーベルの刀身部分であるビームに向かって拳を突き上げて殴りかかったのだ。
「しょ、将軍が一撃で! なんだあの剣は!?」
「信じられねえ!」
「あれが異界の力なのか!?」
『いや、オレ様的にはアークリューム合金でできたアークの装甲を焼き切るビームサーベルで人型保っているほうが信じられねえんだけど』
ビームサーベルを受ければ普通の人は影も残らず蒸発するのが常識である。
ただ常識が通じないのは相手がSF世界ではなくアクション世界の住人だからだ。
セイルのツッコミを無視して残ったセイラン帝国軍人達はガノンダルヴァを担ぎあげると一目散に逃げて行き、村には竜輝以外には一人の武術家もいなくなった。
「な? オレの言った通りだろ?」




