未来(フューチャー)
未来
目を覚ますと、俺はドンクの宿の自室に寝ていた。
起き上がろうとしたが、全身に全くと言って良いほど力が入らない。
かろうじて動かせる首を動かし、周囲を確認する。
窓の外は暗く、部屋には明かりが灯されていることから、今は夜か。
部屋にはドンクと、そして、
「目が覚めましたか?」
治癒騎士ヴァイラさんが回復魔法を発動させていた。
「安心してください。命に別状はありません。ただ、私も魔法をほとんど使い切った後なので、回復魔法の効力が弱くなっています。特に両足の火傷がひどいので、応急処置は私が受けますが、しばらくは常駐の魔術師による治療と、容態が安定してきたら、自分でも治癒魔法をかけてください。」
「ありがとう、ございます…」
確かに、今は両足の感覚が無い。
おまけに、魔法を発動できそうな雰囲気も皆無。
完全なるオーバーワークを超えたオーバーワークだ。
「…試験の、結果は?」
俺はあの後の事を良く覚えていない。
魔力が完全に尽きた状態でなぜ魔法が発動できたのかも分からない。
最後の最後で、見よう見まねの強力な魔法『天淵氷炭』を発動させた後、
着弾したかどうかを確認する前に意識を飛ばしてしまった。
「…あのときのシュティム君の魔法、あの審査員は被弾することなく回避しています。」
「そう、ですか……」
結果としては不合格。
俺の渾身も、ウィザードには届かなかった。
不思議と涙は出なかった。
あの魔力が尽きた瞬間に、なんとなくの覚悟は出来ていたのだろうか。
今はただ、届かなかった。
その事実をゆっくり受け入れることが出来ていた。
だが、ここで止まるわけにはいかない。
魔法を学べる学園はなにもエンタリアだけではない。
俺はここで終わるわけじゃないから。
「ですが、終わりではありません。」
「え…?」
「あの瞬間、シュティム君は確かに魔力の底をついていた。通常、特殊な魔法を使わない限りは、魔力が底を尽きた状態で魔法を使用することは出来ません。」
それは俺も重々理解している。
最初の魔法というものを理解した過程で、魔法は体内の魔力と体外の魔力を組み合わせて放つもの、そのどちらが欠損しても放つことは不可能。
「しかし、シュティム君は底をついた魔力で38秒もの間魔法を放ち続けていました。これで確信しました。シュティム君、あなたの魔法適性は強靱な魔法効率です。」
魔法効率。
魔法発動の際の体内と体外の魔力の使用効率を比率で表したもの。
「魔力は基本的に自動回復です。時間と共に元に戻る、血液と同じと考えて大丈夫です。」
「それは、まあ、分かってます。」
「ふふ、ちゃんと勉強しているんですね。ドンクさんから聞かせてもらいました。あなたの境遇のこと、村のこと、あなたのこと、そして、ヨシュアのこと。」
ドンクのやつ、どこまで話したんだ。
今は部屋の椅子で船をこいでいるが、きっとやつのことだ。
俺の話したような情報は全部話したんだろう。
いや、そこはどうでもいい。どうでも良くないが。
ヴァイラさんのこの言い方、いや、当然だろうか。
同じ騎士の称号を持っているのだから、お互いのことを知っていても何ら不思議なことはない。
「『天淵氷炭』はあの人のオリジナルの魔法。多量の魔力を消費するため、完全再現は彼の適性でなければ出来ませんが。それでもあの発動の癖、あれは紛れもなく本物を見た人間にしか出来ない再現です。二割ほども再現できていましたから。」
「二割…」
魔力が空になった状態とはいえ、かなり大規模に再現できたはずだったが…
「そう、あの魔法は大量に魔力を使用します。適性があるとはいえ、私も全力でやって六割再現が出来れば良い方でしょう。そんな魔法を、魔力が空の状態で二割の再現。恐らく、体内で自動回復で生産されたごくごく微弱な魔力、それ以外の足りていない大量の魔力は周囲から補ったのでしょう。」
「俺は、そんなこと出来る人間じゃありません…」
「分かっています。またしても火事場の馬鹿力でしょう。私の驚いた点はそこではありません。」
話す間も、ヴァイラさんは回復魔法を止めない。
だが昼間ほどの急速な回復力は無かった。
彼女は日中、今日はもう任務はないからと、強力な魔法を使っていた。
その後でこのような重傷の人間の治療。重労働だろう。
「天淵氷炭の発動前、シュティム君は薄氷による壁を展開しましたね。」
「…は、はい」
あの技は直線的に効果を発揮する大技。
大技や、あのときの俺の状態が連発を可能としない状態で、加えて審査員の驚異的な回避能力。
俺は回避をさせないためにフィールド全体を覆ったはずだ。
「あのとき、天淵氷炭の発動直前、審査員は技を回避することより、魔法による攻撃で壁を破壊、もしくはシュティム君本人を攻撃しようと考えていたようです。」
「え、でも———」
俺はあのとき、確かに技を発動させてから意識を失った。
その前までの記憶では、俺に魔法が着弾することも、氷の壁が破壊されたような感じもなかったはずだが。
「あの後、審査員は私に言っていました。『満身創痍の彼に何かあってはいけないと思い、薄氷を破壊できる程度の低レベルの魔法を放つつもりだった』と。」
「けどあの人、結局魔法使ってませんでしたよね?」
「いいえ、確かに使おうとしていました。ですが『使えなかった』のです。」
「使えなかったって…まさか…」
「はい、あのときあの壇上のみが、五深相当の魔力で覆われていた。そして、あの審査員は、あの会場において三深以上の魔法は使用していません。つまり———」
一時的に、偶然とはいえ、俺が五深の魔法を発動させていた…
そういう結果になる。
「お、俺が、五深の魔法を…でも、コントロールは出来てなかった…」
「その通り。ここからは私の推測の話になります。」
ヴァイラさんが一度魔法を解いて汗を拭う。
相当に体力を消費しているようだった。
「シュティム君の適性は魔法持久適正、それもかなりの高効率で体外の魔法を利用できるものです。しかし、大きな欠点として、まだその適正を生かし切れていない状態です。許容の魔力をオーバーしたとき、あなたはあなた自身を代償にして魔力を発動させている状態にあります。」
ここにきて、自身の魔法適性を知る。
魔法持久適正、つまりは魔法を効率よく発動させることが出来るという適正だ。
しかし、最後の言葉が引っかかる。
「俺自身を、代償に?」
「コレはかなり特殊な例です。諸々の説明は省きますが、あなたにとっては酷かも知れない…」
彼女は水を一口飲むと再び俺に向き直り、手を握った。
「魔法持久の適性は、少々魔力の大きいウィザードなら適性がなくてもたどり着けてしまう領域なのが現実です。あの会場で発動させていた様々な魔法を見るに、シュティム君にはヨシュアの氷や、私の治癒といった、属性の適正ではありませんでした。ウィザードは攻撃魔法を駆使して、戦う職業。属性適正や、強力な火力を持った人間でないと、トップで戦うことは厳しい。」
「そう、ですね…」
魔法持久の適性は、後方支援職に重宝される適正。
ウィザードに必要とされる適性ではない。
「…エンタリア魔法学園には系列の魔術師養成学校があります。そこでならシュティム君はかなり優秀な成績で…」
「関係ありませんよ。」
俺にとっては関係ない。
俺が目指すのは、皆を守れるウィザードだ。
「もちろん、魔術師も皆の役に立つことに変わりないのは知っています。そして持久適正が魔術師にとって最適な適正であることも…」
今まで憧れというものがなかった。
そんな俺が、生まれて初めて、ここまで真剣になれた。
ウィザードという存在は、俺が俺であるための存在だ。
それを、簡単に諦めるわけにはいかない。
やっと分かった自分の適性。
それがたとえウィザードで頂点を目指す俺にとって、不利な適正だとしても…
「でも俺は、バロン・オブ・ウィザードになりたいんです。あの人にそれを、示されたから。」
俺の決意は、もう揺らがない。
「バロン・オブ・ウィザード…そうですか。ヨシュアは、あなたに託したんですね。」
「え———」
「正直な話、あなたならそう言うと思ってました。昼間のベンチで、私があなたに合格基準に満たしていないと告げたときから。確か…」
「ちょ、あのっ!いい!いいです!掘り返さなくても!今思えば俺、すげぇ失礼なことを言ってましたし…」
「あら、そうですか?私には結構響いたんですけど…」
「墓まで持って行って貰えたら嬉しいです。」
「ふふ、そうしますね。では、ここであなたに今一度問います。これは最終確認です。」
俺は重たい体を起こし、ヴァイラさんを正面から見る。
整った顔に、少しだけ疲労の色が見えるが、それでも美人であることには変わりなかった。
「シュティム・ローウル君。王立エンタリア魔法学園選抜試験の合格を再度宣言いたします。」
「はい…ん?再度?」
再度と言うことは二回目。
いやそもそも一回目ってあったか?
「あ、本人は聞いてないんでしたもんね。シュティム君が気絶している間に合格を会場の皆さんにはお知らせしていたんですよ。」
なんだそれ…
つまり俺より先にドンクや他の街の人間が俺の合格を知っていたと言うことか。
なんだか一瞬でももうダメかも知れないと思った俺が馬鹿みたいだ。
どっと力が抜けた。
「ここから先のあなたの道はとても険しい。それでもあなたは進むんですね?ウィザードの頂に、挑むんですね?」
分かっている。
ここまでも十分に辛いことはあった。
けれどここから先は、さらに厳しい世界になっていくのだろう。
魔法というものに魅了された人間がどこまで行けるのか、
挑戦してみたい。
この道には、俺の未来を賭ける価値があるはずだ。
怠惰に生きてきた安っぽい命だが、これからもっとレートを跳ね上げさせてやるさ。
返事はもちろん———