才能(タレント)
才能
時刻は巡り、もう夕方と言うより夕暮れ時に近づいてきた。
いつもなら帰路に着く親子や夕飯の香りが町中から漂い始める時間帯だが、今日に限っては街にはまだ歓声が聞こえていた。
王立エンタリア魔法学園、その生徒を選抜する試験が昼間の騒動によって一時中断された。
そして、つい先刻ほど、安全確認と全受験者の受け付けが終了したとの知らせが入ってきた。
総受験者数、14人。
前代未聞の少なさに、観客達もどよめいている。
よく見れば、その観客の中に先ほどまで受験者の列に並んでいた人の姿も。
圧倒的な力を目撃しても諦めきれなかったのか、はたまたただの憂さ晴らしか。
いずれにせよ、受験者に反して、観客席は超満員。
当初は座席が用意されていたが急遽撤去され、スタンディングとなってしまうほどだった。
一人目の審査が終わり、結果が言い渡される。
今回の審査は合格者の人数が決まっていない。
優秀であると判断されれば、何人でも入学の権利を与えられる。
しかし、現実というものは非情で。
不合格
審査員五名が全員一致で宣言する。
先人を切った彼の魔法はとても素晴らしいものだった。控え室にいる何人かの話によれば、隣町の有名な若手魔法士らしい。
何代も続く魔法の家柄で、過去にはこの魔法学園にも在籍していた祖先がいるとかいないとか。
だがそんな優れた人でも結果は不合格だった。
がっくりと肩を落とし、控え室の荷物をまとめる彼の姿を見ながら、俺はヴァイラさんが行っていたことを思い出す。
現時点ではあなたを含めて合格者は0人です。
その言葉の真意を聞いた。
そうして聞けた、恐らく俺だけが知っているこの審査の合格基準、
五深に到達しうると判断された者
深の判定に明確な判定基準は存在しない。その人が五深と思えば五深なのだ。
そして、ヴァイラさんが思う五深の魔法、
それが彼女が現れたときに使用していたあの花畑の魔法だそうだ。
彼女、というよりは騎士の中での共通認識らしいが、
五深に近い魔法からは、周囲に展開すれば低い魔力を強制的に自分の魔力で上書きし、対象を、一時的に低レベルの魔法を使用不可の状態にする事が出来るらしい。
つまりはこの審査を突破するには、
先ほど見せられた圧倒的な魔法と同程度の力を示さなければならないと言うことだ。
次々と審査を受けては、不合格が告げられていく受験者達。
俺の受験番号は十三、つまりは後ろから二番目だ。
そして現在試験は七番目まで終了していた。
いよいよ自分の番が近づいてきたときに、会場がざわつき始めた。
覗いてみると、先ほどまで審査会場で試験を受け、今し方不合格を告げられた亜人族の女性が抗議をしていた。
「納得がいきません!試験方法も合格基準も開示されず、ただその場で魔法を見せただけ。たったそれだけで不合格を告げられて、そんなのでウィザードの素質が分かるんですか!?」
試験内容は、魔法を披露する、ただそれだけ。
ここまで高い火力の魔法を披露する者もいれば、見栄えの美しい魔法を披露する者など、その人の適正に会わせた各々の得意な分野で勝負をしていたのだ。
だが、彼女の言うことも一理ある。
ウィザードは戦闘職。ただ魔法を披露しただけではその素質が全て分かるものとは言いがたい。
彼女のその言葉に、会場の群衆達も声を揃え始めた。
この女性の言うとおりだ、もっとちゃんと審査しろ、戦え、等と。
どうやら群衆の半分ほどは、この試験をコロッセオか何かで開かれる闘技大会か何かと思っているようだったが。
すると、審査員のうち一人が席を立ち、彼女に対峙した。
二三何か言葉を交わすと、
突然彼女が魔法をその審査員に放った。
それはこけおどしの魔法などではなく、本気で殺傷能力のあるもの。
紛れもないその審査員に向けられた攻撃魔法だ。
しかし、審査員はその魔法を難なくかわし、小規模の魔法を周囲に展開する。
その魔法が発動した途端、彼女は膝をつき、気絶してしまった。
ざわめく群衆に審査員が振り返り、告げる
「…審査内容を変更する。俺と一対一の戦闘。俺に一撃でも魔法を当てるか、参ったと言わせればその時点で合格だ。」
その言葉に会場は大きく沸いた。
中には会場内での賭博も始まったような声も聞こえてくる。
審査員の連勝に賭ける声が多く上がっているのを聞くに、群衆も誰もこの中から合格者が出るとは思っていないようだった。
審査員席を見ると、苦笑いのヴァイラさんがこちらに手を合わせて謝るモーションを見せた。
いや、彼女には悪いがこの審査変更はわかりやすくていい。
五深相当の魔法を披露するのではなく、審査員のこの男に魔法を当てれば良い、単純明快なルールに変更された。
彼のこの言い方や審査内容、一筋縄ではいかなそうだが、範囲効果系の魔法を上手く発動できれば…
試験内容が変更されたことによって俺が持っていたアドバンテージは全て消え去った。
だがこれでいい。
審査内容を知っていた状態で、もし仮に合格できたとしても、俺の中でもやが残り続けてしまうかも知れなかったから。
戦闘試験となった今、俺に出来ることは一つ。
この審査員の動きを、残りの受験者が終わるまでに研究し続けること。
見たところ、特別火力が高い訳ではなく、普通の魔法を扱う様子だが、魔法攻撃を回避する方向に若干の癖がある。
受験者を中心に回って動くような回避。
一瞬観客に対するパフォーマンスや審査員に魔法を見えやすくするための配慮かと思ったがどうやら違う。
それは、彼が時折反撃をしつつ攻撃を避け続けて、そして、彼が元の場所に戻ったときに、必ず受験者の魔力が尽きているからだ。
そんなにタイミング良く魔力が尽きるものなのだろうか。
時限式の魔法?
いや、それなら発動の際の跡が残るはず…
分からない、結局何もつかめていない。
この二年、俺は自らの魔法を反復し、何度も繰り返すことによって魔法を習得してきた。
そんな俺の、今浮き彫りになった弱点、
探求に思考が追いつかない。
どれだけ観察しても、自分以外の攻撃的魔法を見たのはヨシュアさんのを除けば今日が初めてだ。
自分で放っているわけではない魔法のどこを観察すれば良いのかが分からない。
つかめない、それはこの審査でこの順番であることを何も生かせないと言うこと。
あれよあれよという間に、
俺の番になってしまった。
「…次、受験者13、来い。」
部隊に残る審査員の男に促され、俺もゆっくりと舞台上に上がる。
まずい、まだ何も対策を出来ていない。
他の皆でダメだったんだ、俺が無策に挑んだって勝てるわけがない。
急げ、この間に何か策を…
「…無駄だな。」
刹那、俺は自分が命の危険にさらされていることを悟る。
男の放った魔法が目と鼻の先まで接近している。
回避は間に合わない。
咄嗟に放った防御魔法で何とか相殺したが、勢いは殺し切れていない。
俺は大きく後ろに弾き飛ばされてしまう。
「がっはッ!!!」
肺の中の酸素が一気に押し出されるような感覚。
息が苦しい、痛い…
「舞台上に上がった時点で試験は開始される。他の受験者が上がった瞬間に攻撃を仕掛けたのに対し、お前のそれは何だ。俺を侮辱しているのか?」
頭がぐらぐらと揺れるような感覚。
今の衝撃で強く揺れてしまったのか?
いいや、そんなことは今は関係ない。
とにかく攻撃を!手数を!
俺は中規模の攻撃魔法を乱射し、相手を攪乱する。
狙っているはずなのに、上手く攻撃が当たらない。
当たる攻撃があったとしても、それはあの男が全て回避してしまう。
「乱雑に放つだけの攻撃、脳が足りていない証拠だ。」
なんと言われようと放ち続けるしかない。
俺は絶対にこの試験に合格しなきゃいけないんだ。
俺はウィザードにならなきゃ。
でなきゃ俺は何で生きてるんだ。
魔力が尽きてしまう前に何とか当てて…!
「やめろ。もう打つな。魔力の無駄、もとい時間の無駄だ。」
男の発言にはっと我に返り乱発する手を止める。
何発撃った?分からない。自分の残りの魔力さえも。
計算なしに打ってしまった。
まだコントロールも出来ていないのに。
「他の連中にはまだチャンスはあった。最初のあの有象無象の行列。あれを審査すると思ったときは頭痛がしたが、昼間の騒ぎのおかげでふるいに掛けられた。」
男は俺の回りをゆっくりと歩きながら話し続ける。
「…何が言いたい。」
「何が、か。強いて言うなら感謝だな。センスも未来もない勘違いなんちゃってウィザードが消えた。ここまでの審査は全員不合格とはいえ、お前を除けば全員そこそこだ。」
俺を、除けばか。
「…何でそんなこと言えるんだよ。」
「決まっているだろう。ウィザードとは選ばれし人間がなるべき存在。お前のような魔法のコントロールも出来ない人間がなれる職ではない。」
選ばれし職、か。
確かに普通に考えれば、つい二年前までちっちゃな村で惰性で過ごしてきた人間が、たった二年やそこら勉強した程度でなれるわけがない。
昼間の前クソ男もそうだが、数年間ちゃんと下地を作って、それでもそこから選抜されるから、ウィザードという職に価値観が生まれるのだ。
うぬぼれていたのか、俺は。
何かを成し遂げようとしている人間は、輝かしく映るもの。
俺の友人達がそうだったように、俺も何かを成し遂げようとしていれば、皆みたいに輝けると思ってたのか?
馬鹿じゃないのか。
人間の本質は、そう簡単には変わらない。
勝ちの目が薄くなって、焦って、あげく少ない手札を無駄打ちして。
今俺に残されているのは、このどうしようもない現実と、目の前に迫った終わりの時。
「…戦意喪失か。どこまでも救いようがないな。」
審査員の男が、俺の回りを一周し終えた途端、
体にドクンと衝撃が走る。
なるほど、時限式の魔法ではなく効果に特定の条件を必要とする魔法のようだ。
対象に直接干渉し意識を飛ばすほどの魔法。
コレが本物のウィザードの実力か。
ああ、終わる。
けれどもこの二年は、楽しかったんだ。
何かに打ち込めた。
あのときに出来なかった事を、俺は出来ていた。
薄れゆく意識の中で、見えたのはあの日の光景。
夕日の沈むあの海で告げられた、俺の原点。
『ウィザードの頂、バロン・オブ・ウィザードを目指せ。そのときお前は、全てを守れる人間になっているはずだ』
「———かよ…」
意識が完全に途絶える直前に、そして、今日この日、この場で見ることが出来たのは、
「———て、たまるかよ…」
もう俺が、二度とあんな思いをしないために、自らに撃った楔。
「———終わってッ、たまるかよォォォ!!!」
俺は自らに電撃の魔法を放ち、遠のく意識を無理矢理つなぎ止める。
「…!?馬鹿な!!!」
体がしびれる。
思えば俺、今日何回電気浴びてるんだよ。
思わず笑いがこみ上げる。不気味なほどに。
しかし遠のく意識が加速していく。
どうやらコレはその瞬間的なものではなく、継続的に意識を途絶えさせる類いの魔法。
ならば…!
「もう一発…!!!」
同じ種類の衝撃では弱い。
ならば、電撃に次ぐ衝撃、すなわち熱。
爆熱の魔法を自らの脚に撃ち、その炎で脚を焼く。
「自損覚悟の強制気付け…!?正気の沙汰ではない…後遺症が残ったら、ただ事では済まないだろう!?」
「後遺症…?こちとら今ここで意識飛ばしたら、それこそただでは済まされねえんだよ…!!!」
「…分からない。だが!」
男は魔法の効力を強めてきた。
今は痛みのお陰で強制的に意識を保てているが、この均衡が少しでも崩れた瞬間俺の意識は消える。
もう魔力は底を尽きるだろう。
さっきの乱発が今になって響いてきた。
けれど…
「ここで負けちまったら…示しがつかねえんだよ…!」
無いなら作り出せ…
「もう二度と…あんな思いはしたくねえ…!!」
ここが俺の限界なら…
「俺が、全部、守るんだ…!!!」
限界を超えろ
今ここで!!!
「俺は…バロン・オブ・ウィザードに!!!」
爆炎、雷撃、氷結、その他諸々。
俺の知る全ての魔法を無理矢理作り出せ。
魔力が無いなら、消えたそばから生成しろ。
ハチャメチャで乱暴でも、
当たりさえすれば、俺の勝ちだ…!
火傷を負った脚で動く。
魔法を発動して打つだけじゃ当たるわけがない。
追いかけろ、やつが逃げるその先を行け。
今俺が何の魔法を、何種類発動しているかなんてどうでも良い。
余計なことに脳のリソースを割けばすぐに崩れる。
理屈は分からないが、尽きたはずの魔力で連続して魔法を発動できている。
分かる。
文字通り命を消費して魔法を放っている感覚が。
だが、さっきも言ったが、ここで終わるんなら、
後に生きていたって意味がねえ。
才能の無さなんてとっくに自覚してる。
俺がどれだけ努力を積んだって、昼間のヴァイラさんが使ったあの強力な魔法は習得できないだろう。
だったら都合が良い。
あいにく俺はど居中出身、学歴も無けりゃ後ろ盾もねえ。
そんなら、そういう人間らしく、
泥臭く行ってやろうじゃねえか!!!
俺は努力で、ウィザードを超える。
あの人の横に立って、超えるんだ。
だから、
今は足を動かせ!
やつを追え!!
魔法を打ち続けろ!!!
「まだ、まだぁぁぁぁあああ!!!
どれだけ撃っても、どんな方向から魔法を放っても、あいつに当たることはおろか、
体制を崩しすらしない。
まだ、俺の魔法は届いていない…
だったらまだ先に行けば良いだけのこと!
「超えるッ!」
あの心に染みついた忌まわしき過去を。
「超えるッ!!」
全てのウィザードを。
「超えるッ!!!」
己自信を。
「勝つ…!!!」
どれだけの時間が経っただろうか。
数分?それとも数秒?
分からない。
火傷を負った足や、電撃を受けた肉体。
それに加えて、体中が引き裂かれるような痛みを伴い始めた。
おそらくは、極限状態で魔法を打ち続けた反動だろう。
もう、長くは持たない。
痛みのお陰で、意識の方は気にしなくても良さそうだ。文字通り、死ぬほど体が痛む。
これ以上撃てば、今度は痛みで意識が飛びそうだ。
恐らくコレが、最後。
意を決し、俺はフィールド全体を囲むように氷の壁を展開する。
「…?逃げ場が減れば俺を捉えられるとでも?残念だが、こんな氷の壁、すぐにでも———」
「いいや、十分だ……」
お前の逃げる範囲を減らせればそれでいい。
コレが俺の放つ最後の魔法だ。
それは、あの日見た魔法の中でも、特に印象的だった。
魔法を扱えるようになる前から、いつかは俺も使いたかった魔法。
俺では何度やっても『彼』のような威力にはならなかったが。
俺の、始まりの魔法。
「<見よう見まね 天淵氷炭>」
会場の観客席すれすれまで押し寄せる氷の塊。
その魔法が放たれた後、会場は静寂に包まれ、
数秒の後、一人の少年の倒れ込む音だけが、静かに、無情に、鳴り響いた