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凡人魔法使いの成り上がり伝  作者: R-あーる-
Strength Boy-決断と才能-
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愚者(フール)

 愚者フール




俺は今日、人生で二度目の自分以外の魔法を目撃し、体感した。

そのうちの一人は、俺のきっかけをくれた人と同じ立場の人間だった。

あのときの衝撃を忘れたわけではない。

むしろ鮮明に覚えている。

それでもあのときに感じたのは、こんなに絶望的な感情だっただろうか?


「…さてと。」


ふわりと笑った彼女は服を軽くはたくと、口に手を添えて叫んだ。


「はーい!では皆さん、受付を再開するので、順番に並んでくださいねー!」


小さな体を精一杯使ったその叫び声は、先ほどまでの威圧感は全くなく、元のほのぼのとした彼女の声へと戻っていた。

再度並ぶことを促された受験者達だったが、

そのほとんどは、すぐに動き出すことが出来ないでいた。

俺は少しの思考にふけった後、ゆっくりと辺りを見渡しながら列の前の方へと進んでいた。

その景色に、先ほどまでの自信に満ちあふれた受験者達の姿はなかった。


頂に近い者の実力を間近で見せられ、皆絶望し、己を卑下し、中には帰路に着こうとしている者までいた。


俺が列の前方に楽々と進めたのもそれが原因だ。

彼女の圧倒的な魔法を前に、自信を保てる人間などいなかった。

しかしこの魔法の実演、実力があると自負している人間ほどきついだろうなと、俺は内心思っていた。

ウィザードはどうしても個人の実力が必要になってくる。

所属する師団や隊はあれど、個々の実力が確立しているから団体としての真価を発揮できる職なのだ。

それ故に、ウィザードを志す者達は、自己顕示欲が強い人間ばかりが集まる傾向にあるらしい。

ここから先は俺の憶測。

実力を持っていなければ周りから一人前としてみられない。そんな自分では情けないと思い虚勢を張るのがウィザードだけではなく人間の本能。

なぜ分かるか。俺がそうだったからだ。

そんな人間は、大抵内面が弱い。

自分こそ一番だと思っているところに、覆すことの出来ない、天と地ほどの歴然とした差を見せつけられたら、そんな人間はどうなるだろう。

良くて挫折、最悪その道を諦めかねないはずだ。

その結果が、この列の短さだ。


そして今の俺はどうだ。

以前の俺なら、こんなの無理ゲーだ、こんな人間を越えることなんて出来るはず無い。

そう思ったことだろう。

しかし、今では違う。

人間の根底はそう簡単には変わらない。

今でも俺は臆病だし、自分に自信が無い。

けれども、俺には引けない理由がある。

この体は俺の体であってもう俺の体ではない。

俺は死んでいった他の皆の分まで、生きなければならない。

あの日助けられなかった分まで助けなければならないんだ。

バロン・オブ・ウィザードになれる根拠があるわけではない、才能があるわけでもない。

あるとすれば、それは努力を出来る、しなければならないという枷のようなものだ。

周りの本当に実力と自信のある人間からすれば、俺は愚か者もいいとこだろう。

だから俺は列に再び並んだ。

先の前クソ男は未だに放心状態なのだろうか。

俺は一気に人数の減ってしまった受付の前にたどり着く。


「選抜試験へようこそ。ここに名前と———」




受付は数分で完了した。

試験はこの騒動で周辺の安全確認がとれるまで、目安として夕方辺りまで一時的に中断とのことだった。

俺は被害を受けた側だと思っているが、事件の当事者であることに変わりは無いので、一応状況説明に参加した。

結果としては俺は無罪。というかそもそもが、魔法を扱った事件に関する法の整備がまだ整っていない、と言う点での無罪だった。

現場検証から解放された俺は、会場近くのベンチに腰掛け、体の状態を改めて確認する。

あのとき、ヴァイラさんに魔力を分け与えてもらったときに、腕のしびれや火傷も完治していた。

本当に、どれだけ桁違いなんだ。

騎士という存在はここまで遠い者なのか。

いや、それよりも、


「これだけ長い歴史を持ちながら、魔法による法の整備がされていないのか…」


コレはかなりの問題のはずだ。

今や魔法は学べば多少のものは誰でも扱える。

俺は元々魔石を使っていたというのもあって、少し他の人より特殊に学んだだけだが、

魔法というものは、巨大な力を扱える人間が少ないだけで、もうこの国に浸透しきっている。

そんな当たり前のものの法の整備がまだ潤沢ではないとは…

いくら魔法に解明の出来ない点が多いとはいえコレは…


「そのために、私たち騎士ナイトの職が与えられたのです。」

「だぁっ!?」


驚いてその場で飛び上がり、町中だというのに悲鳴を上げてしまった。

だあ、なんて悲鳴初めてあげたぞ。

さっきまでは誰もいなかったはずなのに、いつの間に横に?

そこにいたのは、治癒騎士ヒールナイトヴァイラ本人だった。


「あらあら、そんなに驚かれたのは初めてです。あ、隣よろしいですか?」


よろしいですかって、もう座ってるし。

それどころか普通にサンドイッチ食べてる。

…そういえば、俺朝から何も食ってないな。

そのことを思い出した途端に、待ってたぜと言わんばかりの腹の虫が鳴き始めた。

その様子をぽかんとした様子で一瞬眺め、すぐに微笑んでもう一つのサンドイッチを彼女は差し出す。


「よろしければ、お一ついかがです?」

「え、いや、えっと…」

「腹が減っては魔法は打てぬ…あれ、違いましたっけ?えーと、と、とにかくどうぞ!」

「…じゃあ、いただきます、ヴァイラ様。」

「あはっ、ヴァイラで良いですよ。」


俺は彼女の横に再び座る。

受け取ったサンドイッチはハムと葉物野菜のシンプルなものだが、空きっ腹の自分には一層おいしそうに映った。

横ではヴァイラがとてつもなく小さな一口でサンドイッチを食べている。

落ち着いて見ると、なんてキレイな人なんだ。

街にも美人はたくさんいるが、そのどれも足下に及ばない美しさだ。

こんな人が、あんなに強大な魔力と魔法を…


「堅っ苦しいですよね、騎士なんて。ウィザードの上級職とか言われてますけど、やってることはウィザードの時の方が過酷なんですから。」

「ヴァイラ、さんは、いつから騎士に?」

「四年前。ちょうど二十歳になった年でした。月日が経つのは早いです。」


ということは俺が魔法の勉強を始めたときにはもう彼女は騎士だったのだ。

しかも、二十歳で。

とんでもない才能だ。


「あなたは、たしかシュティム君でしたか。」

「え、俺名前言いましたっけ?」

「受付の名簿で見させてもらいました。ずいぶんと遠くの村出身で、あそこは漁村でしたよね?」

「はい。小さな村です。」

「そうですか。私は管轄ではないのですが、あの近辺は時折魔獣が出ますから。何度かウィザードも派遣されているでしょう。」

「いえ、俺が生まれてからあの村近辺で出会ったウィザードは、一人だけです。」


騎士が認知していると言うことは、やはりあの周りは魔獣が住んでいるのだ。

少し家族や村の人間が心配になったが、問題は無いかと思い直す。


「その人に憧れて、背中を押されて、俺はウィザードになろうと決めたんです。」

「なるほど。ありふれた理由ですがそれは表向きですね。あなたには何か他の理由があると見ました。」

「…すごいですね。分かっちゃうものなんですか?」

「いいえ、勘です。」


サンドイッチを頬張りながらニコニコと笑顔は絶やさずに会話を続けてくれる。

身分の違いが相当あるだろうに、ここまで気さくに話しかけてくれるなんて、

ここ最近、ここまでの美人はおろか、女性と話したこともかなり久しぶりだったので、逆に緊張してしまう。


「他者への憧れや羨望といった感情が原動力の人間は、ほとんどと言って良いほど長続きしません。ましてや、他者のために自分が傷つくことを厭わない人間の心の中枢が、そんな理由なはずありませんから。」

「いや、傷つくのは、痛いのは普通に嫌です。」

「私もですよ。今のは言葉の綾というものです。」


何だろうこの感覚。親と話しているときのような安心感、

この人の話し声は、自然と警戒心が解かれるような感覚に陥る。

これも彼女の魔法か?

いや、関係ないとは思うけど。


「では、そんな善人のあなたに、治癒騎士ヒールナイトとして一つ情報を与えて差し上げましょう。」


いつの間にかサンドイッチを食べ終わっていた彼女はぴょんと立ち上がると、

わざとらしく舞うようにこちらに振り返った。


「今回のエンタリア魔法学園の出張選抜試験、審査内容はたった一つです。」

「は…?」


審査内容って、選抜試験の?

いや、確かに彼女はそういった。

いいのか?この人審査員だぞ?

普通審査をする側の人間がそんなことをするのは常識的に考えてまずい。

何かを試そうとしているのか?罠?

そんなことをするような人には見えないが。


「…良いんですか?そんな内容を受験者に教えて。」

「はい、問題ありません。ちゃんとコレには理由がありますから。」


そう言って彼女は、笑顔は残っているが少し真剣なトーンで話し始めた。


「今回の事件の改めてお礼、と言う名目が一つです。本当に誰も怪我人が出なかったのは不幸中の幸い、事件の当事者があなたで運が良かったとしか言えません。本当にありがとう。」

「い、いえ、それは。別に俺もほとんど反射的だったし…」

「そう、それです。」

「え…」


彼女は一歩俺に近づいた。

真剣な彼女の瞳が、まっすぐに俺を捉えている。

俺は思わず、背もたれに貼り付けられるような感覚を覚える。


「反射的、つまりはほぼ無意識。コントロール下に置いていないということ。私があの騒動の後、完全に支配下に置いた魔法を楽しみにしている、と言ったのは覚えていますね?」

「は、はい。」

「あなたが、あの場所で発動させた魔法は三種類、うち二つは自らの完全なコントロールの元使用していたものだったようです。魔力の残滓からそこは感じ取れました。しかし、あの皆を守った結界魔法、あれだけは違う。」


魔力の残滓から魔法の詳細を導き出す。

そういえばヨシュアさんも魔石から俺が何の魔力を集めていたのかを言い当てていた。

騎士クラスになるとそこまで繊細に感じ取ることが出来ると言うことだろう。


「管理下に置いていない咄嗟の魔法、言わば火事場の馬鹿力で出した魔法だったのでしょう。たしかにあの魔法は強力でした。恐らくあの場の誰よりも強力な魔法を、あの一瞬は出していた。」

「…えっと、どういうことです?」


「結論を言います。今回の試験、現時点ではあなたを含めて合格者は0人です」






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