盲目的に
Magical Festival-恋の火花は夏夜に燃える-
恋は盲目。昔読んだ何かの書物にそう書いてあったと思う。年頃にもなれば、私も勝手にそんな出会いがあるものなんだと、子供の時は思っていた。
けれど高等部に通っている間、周りが浮き足立つ話をしている中、私にそんな相手は現れなかった。
殿方から何度か思いを伝えられることはあっても、私に関わらせてはダメだと思い、丁重にお断りし続けていた。
やがて私の魔法の噂は広がり、高等部が終わる頃には、そのようなことも一切なくなって。それで良かった。この力は呪いなのだ、毒なのだ、関わる者を不幸にしていく力なのだと。だったら私一人でも、この力を抱えていけば良いと。
そうやって塞ぎ込んで、勝手に周りと一線を引いてしまっていた私に、もう一度外と向合う勇気をくれた人が現れた。
そして私の気持ちは、徐々にその人へと惹かれていった。今、私は………
「セルエナお姉様?どうかされました?」
「え…?」
肩を叩かれ、はっと我に帰る。私の前に広がるのは無数の企画書類と設計図、それとクラスメイトの女子数名。
「ご、ごめんなさい!少し考え事を……」
「まあ、大丈夫ですか?」
「セルエナお姉様、たくさんのお仕事を抱えてらっしゃいますから、少しお休みになられた方が…」
「大丈夫です。申し訳ありませんが、今の部分だけもう一度ご説明願えますか?」
「あ、はい!魔法を使った体験的な的当てを企画しています。狙いは我々ウィザードに対する一般の理解を獲得するためで………」
周りに悟られないように軽くため息をついて気持ちをリセットする。自ら志願してたくさんの仕事を抱えたんだ。この周りと距離を置いてしまう癖を直すには、必然的に周囲と会話をしなければいけない状況に自らを置けば良い。
荒療治ではあるが、一番手っ取り早くてコストも掛からない。
「………以上が2クラスでの合同企画の提案となります。」
「そうですね。案としてはかなり良いと思います。一度これで会長に提出しますので、市民の皆様や、魔法に関してご理解の無い方の安全を最優先事項として取り入れ、再度私に完成案として提出してください。」
「はい、分かりました。」
「では次の出し物案を…」
「セルエナ様、今日は今のが最後になります。」
それを聞いて、焦って手元の書類を確認するが、確かに今のクラスの説明が今日の予定の最後だった。
先の見通しを完全に忘れているとは…
これはさすがに今日は帰ってゆっくり休んだ方が良いのかも知れない。
荷物をまとめ教室の鍵を閉めて職員室へ向かう。
道すがら私の周りで今日の出し物案への感想を言い合っているのは、同じ役員に就いてくれたクラスの友人達だ。本格的に関わるのはこの仕事が始まってからだが、私のことを普段から慕ってくれているのが分かるから、こちらも接しやすかった。
ただ…
「今日の案はなかなか面白いやつが多かったですね、セルエナお姉様」
「ですがあれではセルエナお姉様の負担が大きすぎます。もっと我々で担える仕事は分配しなければ…」
「お仕事は大変ですけど、でも、私はセルエナお姉様とご一緒できるだけで幸せですわ~。」
この『セルエナお姉様』という呼び方だけは止めて欲しい…
いや、そういう呼び方をしてくるのはこの子達だけじゃ無いのだけれど、慕ってくれているのはとても、凄く、めちゃくちゃ伝わってくるのだけれども。
これならまだあの脳筋馬鹿のお姫様の方がマシだ。
………いややっぱりどっちもイヤだ。何なら今のであの顔がちらついてイライラもしてきた。
「…すみません、鍵の返却をどなたかお願いしてもよろしいでしょうか。」
「…?構いませんが、やはりどこかお身体の調子が?」
「い、いえ!生徒会室に寄ってから帰ろうと思いまして…遅くなってしまいますから、皆様はこのままお帰りください。」
鍵を一人に渡してその場で挨拶を済ませ、生徒会室への道へ向かう。
この時間なら普段は帰路に着く生徒も多いのだが、今はどこもかしこも、祭りの雰囲気で賑わっている。初夏のじっとりとした暑さをも吹き飛ばしてしまうような、そんな盛り上がりが見れるのは、やはり心が躍ってしまう。
もうすぐ学園祭が始まるのだ。
その学園祭の役員として、私は今様々な仕事に奔走している。
先ほどの出し物案の許可や提案された案を生徒会へと提出し最終決定、各グラウンドで行われるイベントのスケジュール調整、城下町や周辺の街へのチラシの手配、その他多様な仕事に日々追われながら充実して過ごしている。
生徒会への許可取りで、とは言ったが、あの人たちもこの最近忙しくしている。
この学園の学園祭は生徒会の主催という形で行われる。必然的に私の何倍もの仕事を抱えているので、それぞれがそれぞれの担当箇所の視察に行っていることも珍しくない。生徒会室に居るかどうかすらも怪しいので、感知魔法を使うことにした。この距離なら届くだろうと。
開けた空間の方が魔力の通りが良い。中庭に出て、感知に集中する。学園の中に居る人たちの魔力が、私の光魔法を通じて感じられる。
本当にいろいろな人がこの学園にはいる。
炎の魔法が得意な人、飛行の魔法が得意な人。そして、
「あれ、セルエナ?なんで中庭に?」
「ひゃっ!?」
自らを犠牲にしても、他の人を守り助けてくれる魔法が得意な人。
「しゅ、シュティムさんこそ…どうして中庭に…?」
「俺は生徒会室に行った帰りにちょっと涼んで行こうかなって。」
「わ、私もこれから生徒会室に…」
学園祭の準備が始まってから通常の授業は全て無くなっているし、男女で当然寮は違うので寮で会うことも無い。
彼と会うのはおよそ一週間ぶりだが、その間も彼の話は小耳に挟んでいる。
学園祭の催しの一つである副会長と一年生達の乱闘模擬戦。それに参加する生徒の中で一際注目されている生徒だから、当然と言えば当然だが、彼は貴族の出身でも無く、恵まれた適性を持っているわけでも無い。むしろその適性はウィザードとしては余りに諸刃。強力な魔法を放つ代わりに自身の生命力を引き換えにするという魔法。
それでも彼は、ここまで諦めなかった。初めは下に見られることの多かった彼を見る周囲の目も変わりつつあるのだ。
「ちょうど良かったです。シュティムさんが行った帰りと言うことは、今はどなたかいらっしゃるんですね。」
「ああ、フローアさんがいるよ。昼からあの人の作業を手伝ってたんだ。」
「へ、へえ~………!」
この人は常に上昇志向にあふれている。上を目指すのであれば、上の人間との関わりを持つのは実に合理的だしとても良いと思う。
でも、でもっ…
「さ、最近は、その…どう、なんですか?」
「え、どうって何が?」
「ですから、その…フローア様と……」
「あー…最近はそんなに会ってなかったからな。あの人、学祭の準備と平行して何か色々準備してるみたいでさ。」
「準備?」
「そ。何でも次のヴァイラさんの魔獣駆除遠征に補佐官としての指名参加が決まったみたいなんだよ。」
治癒騎士ヴァイラ様。この国の最高戦力のウィザードである騎士のうちの一人。
その方の任務に指名されての参加、しかも補佐官と言えば騎士の次席指揮官と言っても過言では無い。そんな重大な責務を任せられるとは。やはり生徒会の実力はこの学園の中でも桁外れの強さのようだった。
「色々聞きたいことあるんだけどさ。前会ったのも10日とかそれくらい前だし。」
「そ、そうだったんですね!それは残念ですね!!」
彼のそんな何の意味も無い、他愛ない言葉に一喜一憂してしまって、本当に盲目だ。
もしも心を読める闇の魔法の使い手がここに居たとしたら、滑稽だと指を差されて笑われることだろう。
それでも私は、この人のことを。
「…でしたら、早いうちに要件を済ませないといけませんね。」
「おう。役員って何するのか分かんないけど、あんまり根詰めすぎるなよ?」
「シュティムさんも、張り切りすぎてまた体中黒焦げで回復室のお世話にならないようにしてくださいね。」
「うっ…善処します。」
「その様子だとここ最近に似たようなことがあったんですね…本当に、心配掛けさせないでください…」
「わ、分かったから!ほら!急いで生徒会室行かないとあの人帰っちゃうぞ!俺も自主練に戻るから!!!じゃあな!!!」
立ち去るその姿が見えなくなるまで、私は中庭に居続けた。
遠くで他の生徒達の笑い声が聞こえる中、私は再度感知魔法を展開する。
生徒会室から圧倒的な水魔力の反応を感じる。まだ在室のようだ。
私は夕暮れの中庭を後にし、本来の目的のために再び歩き出す。心なしか先ほどより足取りも軽くなって、蓄積していた疲労も幾分かマシになったように感じる。
それが例え勘違いであったとしても、そのままでいい。これだけ心地の良い勘違いなら、このままで十分だから。