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凡人魔法使いの成り上がり伝  作者: R-あーる-
幕間
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幕間 明鏡止水の真面目少女


朝に紅茶を好むのは幼少からの変わらない習慣だった。茶葉の匂いと包むような温かさが、寝起きの体にちょうど良い。

私は昔から朝が弱い。起きてすぐに支度が出来れば、もう少し有意義に魔法の研究が出来るのだけれど、何度挑戦してもそれだけは無理だった。もちろん、必要に迫られれば寝起きだろうと徹夜明けだろうと、無理矢理最高のコンディションを引き出すことは出来る。むしろそれが出来なければ、この学園の生徒会なんて務まらない。

学園のありがたい計らいで私に用意された屋敷の中で、本と軍事書物に埋もれて過ごす私だが、授業にはちゃんと出ている。生徒会の仕事は生徒会長の気遣いで家や寮への持ち帰り禁止、だから校舎に行かなければ生徒会の仕事も出来ないから。

むしろそっちの方が主な理由だ。

二年制のここエンタリア魔法学園では、二年になれば殆どが実地での演習。命を落としたクラスメイトも、一人や二人などではない。

その中でも生徒会は特に危険度の高い戦場へ、騎士ナイトの補佐として駆り出される事も多い。

だから代々、生徒会は他者推薦。そして選ばれたからには、それに答える義務がある。

服を着替え、歴史と伝統、エンタリアのあざなを冠する証である群青色のマントを羽織れば、自然と背筋も伸びる。


屋敷から校舎までの道は一本道。学生寮とは反対側にあるので他の生徒と朝から会うことは殆ど無い。

朝日が照らす並木道を道中髪の毛を整えながら登校する。

腰まで伸びた長い髪を、水魔法を使って寝癖を直し、二つに結ぶ。人がいない通学路はこの点とてもありがたかった。

今日は実地訓練の無い生徒は座学だが、生徒会は基本的に成績優秀者のみなので座学は免除されている。朝食を食堂で手早く済ませ、生徒会室へ向かう。


「おはようございます。」


生徒会室の扉を開け、挨拶をするが返答は無い。生徒会長のシルヴァさんは今日は騎士ナイトの集会に参加するらしく遅れての登校。ドーラさんは…多分寝坊だ。

シルヴァさんは仕方ないとして、ドーラさん…あの人一応名門一家の当主なんだけど…

それでも、いざ戦闘や演習になれば、あの人達は私なんかよりも遙かに上の次元で敵を圧倒する。

恵まれた才能の上に努力を重ねているのだ。そんな人たちの中、私は現状何とか食らいついているような状態。

『先天的魔力偏向症』の影響で水魔法以外の魔力が精製できず、操ることも出来ないという生まれながらの劣等生である私が生徒会に在籍することが出来るのは、誰よりも己と向合ったから。

劣等生であることを自覚し、それでもその与えられたもので足掻き続けているから。

端から見れば醜いかも知れない。曲がりなりにも良家の端くれとして情けない姿かも知れない。それでもそんな私を、慕い、信用してくれる人たちがここにはいる。


「おはよう…と言っても、もうお昼だけど。」

「シルヴァさん、おはようございます。」


黙々と書類を片付けていたら、いつの間にか時刻は正午を回っていた。集会を終えた生徒会長、シルヴァ・エンタリア・ハーツが生徒会室に合流する。


「あれ、フローア一人だけ?ドーラは?」

「恐らく寝坊、からの二度寝あるいは三度寝かと。ですので彼女の担当から先に目を通してます。本人の印や署名が必要なものは別で分けましたが、その他代理が立てられるものは私の名前で一度記入しています。念のため確認を。」

「…フローア、たまには怒って良いんだよ?」

「…なぜですか。私が生徒会に貢献できることなんてこれくらいしかありません。」


戦闘で貢献できる割合が少ないのならば、せめて雑務で貢献しなくては。幸い私は知識を集めていく過程で情報処理と書類に関する理解が他者よりも少しだけ優れている。だったらここでそれを利用しない手は無かった。

と、書類に目を戻そうとすると、私の書類の上に香ばしい香りを放つものが置かれていた。


「…パン?」

「そ。城下街に新しく出来た所のヤツ。意外と家から近かったから、ここ最近ずっと食べてるんだ。」

「…炭水化物を昼に摂取すると、眠気が……」

「だからだよ。」


シルヴァさんは私の前の書類だけを風魔法で器用に浮かせると、自身のデスクの上へと移した。


「フローア・エンタリア・セイブは午後から抗いがたい眠気に襲われたので早退しました、これでどう?」

「…何がですか?」

「え、君の早退理由。」


この人は…間違いなく本気で言っている。冗談を言うような人でも、言えるような人でも無いから分かる。

シルヴァさんとドーラさんは私の同級生で、一年の時はクラスも同じだった。長く一緒にいるから、彼らのことはよく分かっている。


「君はもう十分今日の仕事は果たしてる。後は俺がやっとくから、君は屋敷に戻って良いよ。」

「そういうわけには……」

「それに、君は最近生徒会以外の面倒も見ているだろ?」

「………」


彼の言うとおりだった。

事実慣れないことをしているせいで、支障が無いレベルだが作業が遅れることがあった。

だがそれを理由に生徒会の執務をおろそかにするのは違うじゃないか。


「後進の育成も立派な俺たちの仕事だ。君はこれから戻って別の仕事をする、そういうことにしとこう。」

「…いいんですか?」

「これは生徒会長としての命令じゃない。ただの君の『友人』シルヴァ・ハーツのお願いとして聞いてほしいな。」


本当にこの人は、子供のような理屈を平然と並べてくる。けれども彼の圧倒的なまでの実力がそれに説得力を付加させているのだ。


「…それじゃあ、『友人』フローア・セイブとして答える。本当にいいの?」

「いいっていいって!それに、もうそろそろ………」

「おはよー!!!やー、よく寝たよく寝た!!!」


生徒会室の扉がはじけ飛ぶのでは無いかというような勢いでドーラが登校してきた。

私は少ない自分の荷物をまとめて帰り支度を始める。


「あれ、フローアもう帰っちゃうの?」

「…シルヴァがもう帰って良いって言った。」

「あ、今は『そっち』?ってか何それ!ずるくない!?じゃあアタシも帰る!」

「ドーラはちゃんと仕事しようか?フローアが君の仕事を八割方終わらせちゃってるんだよ?」

「まぁじぃ?もうっだからフローアって大好き!一緒に買い食いしながら帰ろっ!」

「…ドーラ、書類の中には期日が今日のものもあった。早く終わらせて。」


私は魔法でドーラを椅子に座らせると鞄を持ち直してドアに手を掛ける。


「イヤだアアア!!!だってフローア『同級生モード』じゃないと買い食いとか一緒にしてくれないんだもん!!!」

「君が寝坊したのが悪いんだろ?」

「シルヴァだって遅れてたじゃん!感知に入ってきたのさっきだったし!」

「じゃあ次からドーラが騎士の集会に行くかい?」

「あのおっさん達話長いからイヤッ!」


子供のような理屈を並べるシルヴァよりもさらに子供のような、というより子供そのもの行動でだだをこねるドーラの前に、無慈悲に書類の山を叩き付けるシルヴァ。顔は笑っているが、目が怒っている。このあと書類相手にさせられながらドーラは怒られる、絶対。


「それじゃあ、私は帰る。シルヴァ、パンありがとう。おいしくいただく。」

「気に入ってくれたらまた買ってくるよ。」

「何それ!アタシ貰ってない!!!」

「…君にはパンじゃなくてパンチをあげたいところなんだけど、書類が溜まってるからペンを握ろうか?」


叫ぶドーラを置いて、生徒会室のドアを閉める。

半日しか経っていないが、ずっと書類とにらめっこだったので少し目に疲れが来ている。

まだ学校は終わっていないので帰り道も生徒はいない。

貰ったパンを一つかじりながら行きと同じ道を戻る。

…なるほど確かに、シルヴァが何度も食べてしまう気持ちは分かる。出来たてでは無いのにサクサクとしていて、中身はふんわりと軽い。味付けも何も無いシンプルなものなのにこれほどおいしいと思えるのは、本当に人気店なのだろう。今度個人的に行ってみようか。

一つパンを食べ終わる頃には、屋敷に着いていた。

荷物を置き、ソファに軽く腰掛ける。まだお昼なので、部屋の明かりをつけなくても室内は十分明るかった。

だがここにきて、朝からの書類整理と、昨晩の作業の疲れが回ってきた。


私は最近、弟子と呼べる子を取った。

その子の適性は、およそウィザードに向いているものでは無い。下手をすればこの学園で過ごすこと自体も危険なほどだ。

それでも、私はあの子に今魔法を教えている。聞く話しによれば、彼はここまで独学で魔法を学んできていたらしい。その癖を良いものは残して、悪いものは矯正して…人に教えるというのは、自分で学ぶのとはまた違った難しさがあった。

私はそんな彼に、昔の私自身を重ねていた。

先天的魔力偏向症の人間がウィザードになったと言う文献は、調べた限りではどこにも無かった。だから私は、知識と反復の繰り返しでがむしゃらに今の実力を手に入れた。

あのときの私を、彼に重ねて、あのとき私がして欲しかった事を、彼に少しでもしてあげたい。


守るための彼の魔法が育つまで、私が守り育て抜くと。


私は自分の心に、そう誓っていたのだ。


「———さん……フローアさん……」

「あ………」


考え事にふけっていると、いつの間にか眠ってしまっていた。今日も今日とて、学園での演習終わりにシュティムが私の屋敷にやって来たのだ。

情けない姿を見せてしまった。


「ごめん…少し休むだけのつもりだったんだけど……」

「い、いえ。今日は日を改めた方が良いですか?ここ最近、毎日来ちゃってますし……」

「…そうだね、今日は組み手系のメニューはいったん止めて、魔力のコントロールを重点的にやろう。」


彼の成長は目を見張るものがある。本人が苦手だという魔力のコントロールもここ数日で最初とは見違えるほどにうまくなっている。

彼の適性『限界魔法適性』は自身の生命力を魔力に変換する適性。ここぞという局面において、その適性を最大限引き出せるように重要になってくるのは、変換に至るまでの保有魔力をいかに効率的に扱うか。

そして変換した後の魔力も、ただいたずらに放出するだけでは自分の方が返ってダメージを負うことになってしまう。

だからこそ、今の彼に必要なのは魔力の底上げでは無く、既存魔力のコントロール。

そしてコントロールさえ学ぶことが出来れば、魔力の保有量が上がってもそのときに対応することが容易になる。

だから今日は彼にそのコントロールを重点的に学んで貰うことにしよう。それなら私も、少し休養に充てることも出来る。

私は彼にお茶を出し、特訓の開始までの時間を過ごす。

…彼には内緒だが、実はこんな風に過ごす時間も、実際楽しかったりする。


これも私にとっての守りたい日常だ


「そうだ。今日シルヴァさんに貰ったパンがあるから、お茶と一緒に食べる?」


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