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凡人魔法使いの成り上がり伝  作者: R-あーる-
Brother Sister-誰が為の魔法-
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無茶で無謀なその男


「この森で、カイルを…?」

「ああそうだ。そんなに言うならてめえが俺の胸ぐら掴んででも連れて帰らせてみろや。」


我ながらなんともまあ安い挑発だ。

けど、それで十分。俺が怪我をしていて、こいつが俺と話をしたがっている。たったそれだけの理由でこいつは必ず…


「…分かった。全力で行く。」

「乗ってくると思ってたよ。」


俺は時限式の小規模爆裂魔法を発動させる。この爆発が、開始の合図だ。

少しずつ強くなる、雨の匂い。


「カイル、無理はするなよ?」

「はっ。お前相手とは言え無理しなきゃすぐに捕まるだろうが。」

「そっか。ありがとう。」

「だから、そういう所が………」


気にくわねえ。

言いかけた瞬間に爆裂魔法が発動した。

その音とほぼ同時。一瞬でシュティムが間合いを詰めてきた。

瞬き一つほどの油断のつもりだったが、こいつここまで速かったか?

いや、何も不思議なことはねえ。知ってるだろう、こいつの成長速度を。

本人曰くここ数年で魔法をようやく扱えるようになったくせに、最近では、この学園の頂に本気を一瞬とは言え出させた。

成長速度とポテンシャルの面で言えば、俺なんか足下にも及ばねえんだ。

体勢を限界まで低くし、飛び込んできたシュティムを下から殴る。鳩尾を狙ったつもりだったが、直前で反らされた。だが距離は出来た。

背後の木を蹴りつけ、あいつの後方の枝を飛びながら移動する。

身体強化魔法は脚だけ常時発動させている。時間経過と共に効力の弱くなる魔法だが、これだけ遮蔽物が密集しているこの森の中。加えて、俺の素の身体能力があればあいつに捕まることは無い。

仮に近接戦に持ち込まれる事があっても、近距離魔法込みの単純な体術なら俺の方が圧倒的に上だ。

つまりこのゲームは持ちかけて成立した時点で、ほぼ俺が勝つことが確定している出来レース。

情けねえ話だが、ちったあこれで腹の虫も収まるだろうさ。

吹き飛ばされたシュティムが体勢を立て直し、俺の後を追う。

氷結魔法で進行方向を塞ぎ、その回避先にも樹木魔法で壁を作るなどと言う器用な芸当をしてみせる。だが。


「一個一個が脆すぎるんだよ!!!」


多くのことに意識を回せば、必然的にそのリソースは割かれる。数を出すことに集中していたその魔法は、魔力を込めた拳で飴細工のように砕け散った。


「クッソ…!やっぱり無理か…!」

「殺すつもりで来いよ!でなきゃ俺の袖すら掴めねえぞ!?」

「ああ、分かったよ…出し惜しみは無しだ!!!」


シュティムの魔力反応が跳ね上がった。来るか、限界を超えた魔法が!

適性を発動した途端、魔法の威力も何もかもが桁違いに上がる。だがそれ故に、己の生命力を消費し続ける諸刃の剣。

かなりしんどくなるが、早い段階で発動させればそれだけこちらが後半は有利になる。あいつも適性の練度を上げている。演習でも倒れ込むことはあっても行動不能には最近はなっていない。だがシルヴァさんを追い詰めたあの威力を出すとなれば、三日間は動けなくなることも知っている。

現に先ほどから魔法の威力と精度は上がっているが、あの水蒸気爆発を引き起こした威力の魔法は使ってこない。

あいつは使えないと知っている。あの威力の魔法を俺には使わないと知っている。

それはあいつが、誰よりも人を守るために魔法を使うから。

そしてその魔法が人を守ると分かれば、躊躇無く己の命をも差し出すから。

だからあいつは、手負いの俺がさらに傷つく可能性がある魔法を使わない。その優しさに、俺はつけ込んだんだ。


「クズ野郎だって…分かってんだよ…!!!」


そうでもしなきゃ、後ろから来るあいつに抜かされちまう。前を行くセルエナに届かない。憧れに、姉ちゃんに届かない…


「———泣くくらい傷が痛むんなら…」


その声は、俺のすぐ後ろから聞こえてきた。


「さっさと俺につかまれやぁぁぁぁぁぁ!!!」


いつの間にかあいつが俺のすぐ後ろまで来ていた。即座に体を翻し、あいつの伸ばす手を蹴り上げる。

進行方向にあった木をランダムに蹴って加速し、再び距離を取る。

危ない…

減速したつもりは無かった。身体強化魔法もあいつの死角に入る度にかけ直している。

ならばなぜ?


「待てコラカイルぅぅぅぅぅぅ!!!」

「っ!!!」


再び詰められた!?

さっき以上に距離を取った。複雑な軌道で逃げることで行動先を予測されないようにもしている。

それなのに、

なんでこいつは俺に、身体強化魔法を付けている俺の速度に追いつける。

逃げても、距離を取っても、その手を弾いても、何度だって食らいついてくる。

まさかこいつ…


「身体強化魔法を、一回の行動でかけ直して!!?」


身体強化魔法は言わばバケツのようなもの。体の各部に施した魔力を都度都度少しずつ消費することによって、長期的に人間には到底不可能な部類まで身体能力を底上げする。つまり、バケツに入れた水を少しずつ使うことに似ている。

その例えは、座学の授業で職員がイヤという程聞かせてくる知識。そのクソみたいな言い回しを拝借するなら、あいつは今。


「一回毎にバケツをひっくり返してるってのか!!!」


それは理論上可能と言うだけで推奨されることは絶対に無い。

身体強化魔法は擬似的に体の部位を魔力で強化するだけの魔法。通常の使い方でも、使いすぎれば後に多少なりとも反動が来る。

それを一撃毎に全て消費するともなれば、反動なんて代償じゃ無いはずだ。


「止めろ!!!脚が使い物にならなくなるぞ!!!」


シュティムはまだなお逃げる俺の後を追い続けて加速している。一回の跳躍、一回の着地の度に魔法をかけ直しながら。

このままこいつは本当に俺を捕まえるまでこの無謀な作戦をやり続けるつもりか!?

一瞬そう思ってしまった、迷いを持ってしまった俺の速度は、わずかに落ちる。

しかしその速度はほんのわずかでも、加速するシュティムと相対的に見れば、彼が追いつくのに十分な速度だったわけで。


「捕まえたぞ……!」

「っ!だから何だってんだよ…体をちょっと捕まれたくらいで。しかもよりにもよってお前が掴んだのは俺の腕だ。このくらいどうとでも…」

「出来るもんならやって見ろよ………」


全身に悪寒が走る。

すぐにでもこの手を振りほどけと本能が全力で警告を上げている。

俺が判断に戸惑った。その隙をシュティムが見逃すわけ無かった。


「この一秒を、待っていた………!!!」


夕立が降りしきる森林に、雷鳴が轟いた。


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