臨戦
土の上で痛みが引くまで少し横たわっていた。反応がまるで出来なかったため魔法で防御できていない。空中でどうにか体勢を変えたので顔面から衝突という間抜けな絵面が回避できただけマシだろう。
ふと、木が揺れるような音が近くで聞こえる。だんだんと近づいてくるその音の正体。魔力感知の範囲内に入ってきたときからここに来ているのは知っていた。
シュティムだ。
「カイル!?大丈夫か!」
駆け寄ろうとするそいつを手で制止し、わざと首跳ね起きで跳び上がるようにして起きる。若干の痛みが背中に走るが、あいつに悟られるよりはその方が良い。
「何でここにいるってのが分かった。」
「…この前もここにいたから、もしかしたらって。」
「だったらもっと早い段階から来てたはずだ。演習終わりからいなかったんだからな。」
「…ドーラさんに、聞いた。」
姉貴の野郎…知ってやがったのか。生徒会に許可を貰ったすぐ後、姉貴も生徒会室に来ていた。大方シルヴァさんが教えたんだろう。余計なことをしてくれる。
「…カイル、今日はもう雨が降りそうだ。寮に戻ろう。」
「はっ。聞かねえんだな?俺がここで何してたのか。」
聞くほどのことでも無いってのか。
「そりゃ聞きたいよ。けどそれは寮に戻ってからでも聞けるだろ。お前の背中の治療が先だ。」
「…何でそれを。」
「気づいてないのか?だったら無意識か。カイル、今お前背中に治癒魔法掛けてるんだぞ。」
そう言われてはっとする。確かに俺は背中に魔法を掛けていた。無意識のうちに、こいつに悟られまいと思っていながら。こいつの魔力感知でも分かるほどに魔力を垂れ流して。
「…何もねえ、大丈夫だ。」
「さっきの大きな木の揺れと言い、倒れてたお前と言い、何かあったんだろ。一応ミス・アンドラの所へ…」
「良いから、お前だけ先に帰ってろ。」
「カイル………」
「何もねえって言ってんだろ!!!」
俺の叫びが灰色の空と二人だけの森林グラウンドに響き渡る。力んで声を出したせいか、背中の痛みがまたじりじりと上がってくる。骨にヒビくらい入ってるかも知れねえな。
だが今は、その痛みのお陰で冷静さを取り戻せた。一瞬とは言え、取り乱した声色を出した俺が情けない。
「…本当に大丈夫だ。悪かった。ちゃんと帰るから、先に帰っててくれ。」
「…断るよ。」
「あ?」
その男は、俺の臨んでいた返答を返しては来なかった。
「俺は今、ここでカイルと話がしたい。だからお前が帰るって言うまで、俺も帰らない。」
「…破綻してんだろうが。ここで話したいのか俺を帰らせてえのか、せめてどっちか決めてから口開けや。」
「どっちでも良い。お前と話が出来るなら。」
「っ!!!」
俺は思わず魔法による加速を使ってシュティムとの距離を一気に詰めた。そのまま胸ぐらを掴み、近場の木の幹に叩き付ける。
「生憎俺はお前と話すことなんて塵一つもねえんだよ…!」
「そうかっ…!たくさんチームを組んでるのに、ずいぶんと冷たいんだなっ…!」
「良いからとっとと失せろ!このまま絞め殺されてえか!?」
「ははっ!悪くないかも…だって今俺は———」
瞬間、垂れ下がったシュティムの掌から魔力の気配を感じた。
「ここに来て初めて…お前と正面向いて話せてる…!!!」
即座に躊躇無く爆発。至近距離で喰らってしまった。魔法自体の威力は相殺できたが爆風で吹き飛ばされる。
「この野郎…俺じゃ無きゃ死んでただろうが…」
「先に木に叩き付けたのは誰だよ…俺じゃ無きゃ死んでたってのはあれもそうだろうが。」
爆炎が晴れ、シュティムの全貌が再び明らかになる。
その体勢は、臨戦状態。
「それに、お前じゃ死なないって分かってたから、信頼してたから魔法ぶち込んだんだよ…!」
「てめえ………」
本当に、いつもいつもムカつく目をしやがる。高々一月そこら過ごした程度で信頼もクソもねえだろ。
これだけ言われておきながら、もろに爆発喰らっておきながら何もしないってのもしゃくに障る。
「…森林グラウンドで初めてお前とチーム組んだな。」
「ああ。セルエナもな。」
「そのときのエキシビションマッチと行こうぜ。」
一瞬で魔法発動の体勢を取る。これくらいなら、あいつに詰め寄る隙を与えないくらい楽勝だ。
そのムカつく表情を、少しくらい曇らせてやる。
怪我人に爆発直撃させた罪を償えや。
「この森で俺を、捕まえて見やがれ…!!!」