家族の立場
「カイル?いるか?」
彼の部屋のドアを数回ノックするが返事は無い。部屋で寝ているのか?
結局あの演習中にカイルは戻ってこなかった。職員に聞いても分からないと返され、先に寮に戻ったのかと思い寮当番の先輩に聞いても見ていないと言われた。つまり演習の待機所で別れて以降、今日はカイルと会っていなかった。
別に同じ寮に住んでいるし、ここで待っていればいつかは帰ってくるだろう。だが、チサキに言われたことが引っかかる。カイルとできるだけ早く話したかったし、それに。
「暗くなってきた…雨が降りそうだな。」
セルエナは本館を探してくれると言っていたが、同時に彼女の感知の外にいると言うことは本館にはいないだろうとも言っていた。セルエナの感知はこと強大な魔力に対しては強力だが、それが無ければ余り精度は良くないらしい。セルエナの感知に頼ることは出来ない。
どうしたものかと考えていると。
「お?何してるのこんなところで。」
「ど、ドーラさん?」
「って、ここ男子寮だからそりゃいるよな。」
大きく口を開けて豪快に笑う生徒会の彼女。彼女に聞けば場所が分かるかも知れない。
「ドーラさん、カイルがどこに居るか知りませんか?」
「おお。カイルなら森林グラウンドに二時間前からいるぞ!」
「………」
聞いたのは俺だ。だが即答で今カイルがいる場所を答えられると少し、何というか…
「ん?どしたぁ?」
「いや、なんで分かるのかなって……」
「そりゃ愛しの弟の場所くらいいつでも把握してるさ!」
「うわぁ…」
口に出てしまった。
「というのは三割冗談で。」
「七割本当なら十分ドン引きですよ。」
「この前のアタシとの模擬戦以降、毎日授業終わりに森林グラウンドを借りてるんだよ。」
「毎日…?」
「ああ。あの子なりに思うことがあったんだろうね。」
ドーラさんは俺を微笑みながら見続けていた。
「シュティム君、だったかな。」
「はい…」
「カイルのこと、よろしくね。」
肩を叩かれ、優しく俺に語りかけた彼女は、年相応のただの優しい姉そのものという表情をしている。
「カイルはさ、アタシが昔あの子にやったことをまだ覚えてる。アタシにとってはとりとめの無いことでも、あの子の人生を大きく変えてしまった。あの子が今戦う理由は、十中八九アタシが中心にいる。姉の勘ってやつさ…」
自分が理由で弟が戦っている。そう溢すようにつぶやいた彼女の顔は、笑ってはいたがどこか悲しそうに見えた。
「だからそれをアンタに引っ剥がしてほしい。アタシじゃダメだ。別の何かを見つけないと、あの子はずっとアタシに囚われ続ける。けど、この前に生徒会室に来たとき、あの子の中にはアタシ以外のものがあった。それが君だ。」
「俺があいつの戦う理由って事ですか?」
「あの子は入学してからずっと生徒会を目指してる。けど断言できるよ。今のカイルじゃ、生徒会には入れない。」
「それは、ドーラさん達が卒業した後でもって事ですか?」
「そうさ。生徒会の役員は基本的に会長と副会長の指名制で決まる。生徒会にふさわしいと思われればすぐにでも指名を出せる、そういうシステムだ。」
システム自体は理解していた。
と言うのも、俺のよく知る人物が生徒会に既に指名され、その返答を保留にしているから。
セルエナは、あの模擬戦で俺が気を失っている間にシルヴァさんから指名を受けていたらしいのだ。
初めは彼女は断るつもりでいたらしい。だが返事を返すのはよく考えてからにしてほしいとシルヴァさんが言ったので、現状保留にしているとか。
「アタシはカイルが大好きだ。愛してる。結婚したいとも思ってる。」
「ああ……はい………」
「けどそれと生徒会に指名するのとじゃ話は別だ。生徒会に入れば危険な調査に駆り出されることも必然的に多くなる。むしろカイルを愛するアタシとしては、そんな危険にあの子をさらしたくない。」
兄弟を思う彼女のその気持ちは全うだ。俺だって弟妹達が危険に合うと分かっていれば、わざわざそんな可能性を野放しにしておかないだろう。
けど、それじゃ、あいつの思いはどうなる…
「それはカイルの思いを尊重していない、そう言いたそうだな。」
「…あいつが生徒会に入りたいって言うのは、俺も少し聞いたことがありましたから。」
「そうだな。あの子が生徒会に入るに値する実力を持っていると判断すれば、アタシからあの子に伝えようと思ってる。それまでアタシは口が裂けてもあの子を生徒会には入れない。アタシ程度に追いつきたいとか、そんな覚悟なら入れないってことさ。」
「…」
この人だって、カイルの思いは尊重している。しかしそれ以上に、カイルの身を案じているのだ。
家族の問題や関係に、外部の人間がとやかく口を出すもんじゃない。
「…場所を教えてくれてありがとうございます。カイルと、ちょっと話をしてみようと思います。」
「助かる……少したら雨が降るよ。早めに戻ってきなさい。」
「はい。」
俺は彼女に一礼すると森林グラウンドへ向かった。
カイルは強い。魔法とか戦術とか、そう言った強さももちろんある。けどそれ以上に、あいつは心が強い。
ウロヴォロスの刻印と遭遇したとき、あいつは俺たちを逃がすために無駄と理解していながら攻撃を仕掛け時間を稼いだ。普通なら、敵わない相手と遭遇したらいの一番に逃げたくなるものだろう。それでもあいつは逃げなかった。
それにドーラさんと模擬戦を行っている間、あいつは一瞬たりとも諦めてなどいなかった。結果的に敵わなかっただけ、勝負が決するその瞬間まであいつは勝ちまでの道筋を探し続けていた。
ドーラさんは、生徒会としての立場、それとカイルの家族としての立場がある。
生徒会から見てもカイルは優秀な人材となり得るはずだ。しかしそれ以上に家族としてカイルを思っているのだ。その結果が通常の判断基準以上に厳しいボーダーを儲けた。
俺だって、兄弟がもしこの世界に来ると言ったらそうしたはずだ。
けれどそれがカイルの重荷になっているとはどうも思えない。
あいつが、あれだけ心の強いあいつが、そんな風に思うだろうか。
何か別の思いが今のあいつをそこまで動かしているんじゃ無いかと考えていたら、いつの間にか森林グラウンドの入り口に着いていた。
入り口のすぐそばの木に軽い焦げ目が付いている。魔力の跡、カイルが試し打ちでもしたのだろうか。
森の中腹辺りの木が大きく揺れた。恐らくそこにカイルがいる。
何から話すかなんてまだ決めていない。けれど今はすぐにカイルと話がしたい。あいつが何を抱えているのか、あいつの、友達として話を聞いてやりたかった。




