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凡人魔法使いの成り上がり伝  作者: R-あーる-
Brother Sister-誰が為の魔法-
33/41

姉(シスター)


俺には生まれつき才能があった。

物心ついたときには魔法が使えたし、運の良いことに俺の家庭は代々魔法を扱う職に就いていた。魔法を扱った職について、家督やめんどくさい家のあれこれは二人の兄に任せておけば良かった。

だが、俺の才能は家族に認められるものじゃ無かった。

先祖から脈々と受け継がれている我が家の魔法は属性。ある1種類の属性魔法の適性を持っていること、それが我が家で人権を保障される最低限の資格。それさえ持っていれば一員として扱われるものを、俺は持ち合わせていなかった。

おまけに何の嫌がらせか俺に宿った適性は魔封じ魔法適性。属性を、魔力を否定し抑えつける魔法。

一族の顔に泥を塗る魔法として、六歳の俺にありとあらゆる罵詈雑言を浴びせ、家の敷地の端のある倉庫に俺を放り込んだ。世間から隠すように、ヴァルハ家の世間体を守るために、俺はその倉庫で数週間を過ごした。

食事は決められた時間に分家の従者が俺の所まで持ってきていた。冷たくなったスープに、ボソボソのパン。俺の家って一応貴族だろ。端くれに渡す食い物なんてこの程度で良いって事かよ。

だがその日、従者は食事を持ってはいなかった。

ああついに最後の日かと覚悟を決めかけた俺の目に見えたのは、従者の横で腰に手を当て、大きくふんぞり返って鼻を鳴らす姉の姿だった。

姉は痩せ細った俺の顔を無理矢理に掴み上げ、ポケットから取り出したぐちゃぐちゃのドーナツを俺の口に無理矢理ねじ込んだ。

むせかえるほど大きな、甘い甘いその愛情を意味も分からずにかみ続け、嚥下したときには姉は俺に生えかけの永久歯を見せながら笑った。


それから数年して、その日何が起こっていたのかを知ることになる。誰も話そうとしなかったその出来事を、従者から無理矢理聞き出したんだ。


俺の適性が一族由来のもので無い覚醒遺伝的なものだと判別したその日。姉は倉庫に俺が連れて行かれるのを最後まで泣いて止めようとしていたそうだ。

「カイルを連れていかないで」「お願いだから」そう言って夜通し泣いていた姉に、二番目の兄がからかい半分で言ったのだ。

「お前がカイルの分まで魔法が使えたら、二人で一人分として置いて貰えるかもな」

七つだった姉は、四つも年上の兄の言葉を真に受けた。それが俺が助かった理由、同時にヴァルハ家の名声が跳ね上がった事象の発端だった。

姉は魔法が余り好きでは無かった。上の兄二人と弟の俺と、兄弟と遊ぶことが誰よりも大好きだった姉にとって、魔法は兄二人が稽古をするから遊べなくなるもの、弟も魔法を使いたくて勉強するから自分から興味が逸れるもの。兄弟達とのお遊びの時間を奪う魔法のことが姉は嫌いだった。


望んでいないものに恵まれたって点じゃ、セルエナと姉貴は似てるかも知れない。

魔法は姉貴に、ドーラにひどくご執心だった。

それから一週間、姉は従者とも兄弟とも口をきかず、図書館で本を読み漁った。さらに一週間、吐いて倒れるまで頭に入れた事を体にたたき込んだ。

そして俺が倉庫に閉じ込められて三週間後…

齢七歳の少女が、十一と十八の兄、挙げ句の果てには当時のヴァルハ家の当主であった祖父さえも、魔法で圧倒して見せたのだ。

属性魔法適性という、我が一族に数百年に一人生まれるという完全で、そして奇跡の適性を持つ彼女は、魔法の練度が絶対の地位にそのまま反映される我が家において、七歳、歴代最年少で当主となった。

そこから先は、想像に難くない。

大方姉貴が無茶苦茶な家での暗黙のルールを書き変えでもしたのだろう。詳しいことは分かってないし興味も無いが、とにかく俺は姉貴のお陰で、家での最低限の生活を保障されたんだ。

姉貴は俺の前に塞がる障害は全て取り除こうとしてくれた。

俺はそれが堪らなく情けなかった。

姉貴がいなければ死んでいただろう。だからこそ、このまま頼りっぱなしで終わりたくねえ。

少しでも姉貴に近づくために俺はエンタリア魔法学園に入学を決めた。俺が入学したときには既に姉貴は生徒会。エンタリアの名も受け取り、益々遠い存在になっていくような気がした。だから俺は姉貴との手合わせを願い出た。結果はクソざまあねえって感じで、まあイラついたよな。


「俺はまだ…姉貴の影すら踏めてねえ……」


今日の演習が終わって数時間。森林グラウンドを職員に事情を話して開けさせる。生徒会にわざわざ許可取りに行って、数日俺が貸し切ってるから何の問題もねえ。

その時の生徒会室に姉貴がいなかったのは本当に助かった。こんな情けない姿、あいつにだけは見せたくない。

あの手合わせで痛いほど知った姉貴との距離。爪の先すら届かないその距離。それ以上の距離があるはずなのに、その後あいつは、一瞬届きかけた。

シュティム・ローウル。俺の同期。平民だからって点で俺は人を見たりしねえが、それでもあいつの適性と魔力量じゃ頂点にはほど遠いと思っていた。

だがあいつは、その頂点に対して、その片鱗を一瞬とはいえ出させやがった。

あの一瞬だけ、その瞬間だけだ。そうやって自分に言い聞かせ続けねえと、闇魔法まで出そうだ。


「俺はあいつに…完全に越されていた………!」


今日の演習でも見たが、あいつの魔法は日に日に適正とのシンクロを上げてきてやがる。お人好しのあいつは、俺が置いてかれたって気にも留めず話しかけてくれるだろう。だがそんなこと、あいつが許しても俺が許せねえ。

だからこうしてガラでも無いことまでやってんだ。


「…ちっ。飲み物忘れた。」


俺は憤りと焦りをクソ狭い胸の中に無理矢理ぶち込んで、枯れ木を踏みつけながら夕日の森林グラウンドへ入っていった。

歩きながら柔軟と魔法のアップを軽く済ませる。なんて事は無い雷魔法。近くの木に当てれば軽い焦げとなって消える。

感覚は上々、ここ数日で魔力の探知やその他基礎能力も少しずつだが底上げされてきた。だがそれはシュティムも同じ。

本当にこの数日、あいつは目に見えて魔法の練度が上がってきてやがる。今日の樹木魔法も、本来なら俺の行動先行で軽い踏み台程度に考えていた。それなのにあいつの魔法はほんの少し間に合わなかったとは言え、俺から魔獣までの道を正確に形成した。

俺の速度に反応するという無茶も同時にやって見せた。

あいつの適性上、追い詰めらたり勝負を決めるタイミングが来れば無茶せざるを獲ないのは知っている。今日のあいつはその無茶の上に、正確な魔法という課題を追加してきたのだ。

自力で身につけたにしろ指導者ブレインを見つけたにしろ、あいつは強くなるのが飛躍的に早い。

人間は置かれた境遇から抜け出そうともがくときに大きな力を発揮するという。

あいつは何度も壁にぶち当たったんだろうな。そのたびに乗り越えて、それを自分の糧にしてきた。

俺はどうだ?

あのクソみたいな倉庫から抜け出したのも姉貴のおかげ。家に置いて貰えるのも、ヴァルハの名前を名乗れてるのも姉貴がいるから。

ウロヴォロスの刻印から五体満足で生還できたのも、二人がいたから。


「なんっにもねえじゃねえか。俺にはまだ、何にも…!」


ふがいない自分を痛めつけるかのように急速に身体強化魔法で各部を強化。森林の木々を跳ね回りながら、その衝撃で揺れ落ちた落ち葉を魔法で射貫く。昔からやってる、運動能力と動体視力、そして魔力の正確性を高める自主練習。並列で物事を処理しなければならず、それぞれの関連性も無い。決して楽なメニューなどでは無いはずだが。


「足りねえ…まだ……!」


シュティムなら、気合いと根性でぶっ倒れながらでもこなしてしまうだろう。セルエナなら、光魔法の広大な感知能力で葉が落ちる瞬間に攻撃を当てるだろう。


「まだ俺じゃ………!!」


そして姉貴なら、感知なんて必要無い。この森ごと一瞬で焼き払うことだって簡単だろう。


「俺だけが………!!!」


壁を越えられないウィザード候補生は、前線での使い捨てのコマでしか無い。まして俺の魔法では、コマにすらなり得ない。

俺だけが壁を知らない。俺だけがその越え方を知らない。

俺だけが、生徒会から能力について触れられていない。もしかしたら認識すらされていないかも知れない。


「…ッ!?」


考え事に意識が集中し過ぎていた。前方の木に対しての反応が遅れ、大きく背中から衝突した。同時に身体強化魔法も解け、腐葉土に地面に叩き付けられる。


「はあ…はあ……!」


衝撃で無数の葉がゆっくりと重力に従って落ちてくる。その一つがだらしなく両腕を広げて仰向けに横たわる俺の手に触れた。

その葉を巻き込んで、拳を握る。

己のふがいなさと情けなさ、そして何よりこんなことを考え続けているかっこ悪さを潰して忘れるように。

空には厚い雲がかかってきていた。今日は晴れると思っていたが、この様子ではもうすぐ雨が降りそうだった。


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