弱いままでも
「シュティムさん!右後方、三体来ます!」
「はいよっ!!!」
体力も回復しきって、やっとこさ授業にも参加できるようになった。今日も三人一組での授業だが、俺たちは相変わらずの連携で授業を進めていた。
職員の召喚した下級の魔獣を城下グラウンドに放ち、町への被害を最小限に収めつつそれらを討伐。単純だが、魔法の範囲を絞って攻撃するとどうしても威力が落ちる。そうなってくると魔獣に対する効果も当然薄れる。問題はいかに魔獣の急所を的確に撃ち抜けるか。そして。
「…!?ダメです!奥に人影、魔獣に重なってます!」
職員扮する一般市民の介入。グラウンドが城下なのでこういったケースも当然考え無ければいけない。発動し掛けた魔法を一度解除し、樹木魔法で魔獣への道を作る。
「カイル———!」
俺が言葉を発するよりも早くカイルは動き出していた。俺の思考を先読みし生成した樹木を駆け上がるが、カイルの速度に俺の魔法の生成が追いついていない。
「カイルさん!?オーバースピードです!」
「いけるッ…!!!」
発動中の魔法の末端に到達するやいなや、それを蹴り上げその勢いで加速して的確に魔獣の懐へ入り込む。カイルの適性である魔封じの適性は魔獣に対しては効果が皆無に等しい。上級の魔獣であれば魔法を使ってくることもあるらしいが、今相手にしているような下級の魔獣は、基本的には通常の獣と大差ない。それを彼が理解していないはずは無いが、そんなこと関係無しにカイルは拳を握った。
「オラァッ!!!」
一撃で正確に魔獣の急所を狙い撃つ。合計3発の拳で魔獣を制圧してしまった。当然、魔法は拳の周辺にしか発動していないので民間人に被害はない。
町への被害も俺が樹木魔法の発動でひっくり返した道のタイル程度だ。最小限の被害と言って良いだろう。
「…よし、チームD合格だ。」
職員から通達を受け、俺たちは他の生徒達の待っている待機所へ向かう。数十人の同期が職員の千里眼魔法で俺たちの様子を見ていた。
賞賛の声と羨望のまなざしに笑顔で答えるセルエナと黄色い声援に無反応のカイル。この光景ももう見慣れてしまった。
セルエナは彼女を慕う女子達に囲まれてしまったので角の席に腰掛けるカイルの元へ向かう。
「お疲れ。ナイスパンチだったじゃん。」
「ああ…お前もよく反応できたな。」
「一ヶ月もチーム組んでればなんとなくはな。」
カイルの横に座り汗を拭き水を一口含む。朝晩はまだ冷える日もあるが、日中ともなればもう初夏も近い。水と氷魔法に頼る日ももうすぐか。
「…魔力のコントロール精度が前より上がってやがる。良い見本でも見つけたか?」
「ああ、まあちょっとね。」
「そうか……」
「…?」
セルエナから聞いてはいたが、やはりこのところカイルの様子がおかしい。魔法に関しては何の問題も無い。パフォーマンスも落ちるどころかさらに切れを増している。では具体的に何がおかしいかと言われても表現に困るが。何というか、雰囲気から違和感が感じ取れるのだ。
「お二人で何の話ですか?」
「…セルエナの陰口。」
「カイルさんはともかく、シュティムさんはそんなことする人じゃないでしょう。」
ずいぶんとまあ信頼されているな。
「あはは。もう女子達は良いの?」
「ええ。お慕いしてくれるのはありがたいですが、何だか皆さんの圧が凄くて…」
この一ヶ月で、彼女の光魔法に対する皆の認識がかなり変わりつつあった。選ばれし魔法という見方は変わっていないが、それを扱う彼女本人が自信を持って魔法を使う姿が周りへの写り方を変えていたのだ。
今となっては『セルエナお姉様』とまで呼ばれ尊敬、時には恋慕の声すら上がるほどにもなっていた。
彼女とのチーム編成を望む生徒は少なくない。だが俺とカイルが主に彼女とチームを組むことが多いので、俺たちに対する反感の目…いや、カイルも見た目は良くてファンクラブもあるので二人分の反感を俺がまとめて買っている状況だ。
「たまには相手してやれよ、セルエナお姉様。」
「あなたも誰か引っ掛けたら良いんじゃないですかカイル様?」
相変わらずこの二人は言い争いは絶えない。相性が悪いわけではないのだ。事実演習や授業になれば二人の連携は完璧と言うほか言い表しようのないもの。だが一度オフになればこうやって憎まれ口を叩き合って…
「………ま、そのうちな。」
「は…?」
「ん?」
カイルは言い合いを自ら終わらせ、立ち上がってどこかへ向かう。
「おい、どこ行くんだよ!」
「小便。心配しなくても次のチームまでには帰る。次はケンザキ姉弟だろ。盗めるもん盗まねえとな。」
「あ、おい…!」
ひらひらと後ろ手に手を振りカイルは行ってしまった。俺たちから離れてすぐに女子達に囲まれていたが意にも介さず彼は見えなくなってしまう。
「…何なんですか、最近のあの人は。張り合い無い……」
「喧嘩相手がいなくて寂しい?」
「ま、まさか!静かで清々しますっ!」
すっきりしましたーと言うかのようにドカンとベンチに勢いよく腰掛けるセルエナ。
そうは言ってもカイルの座っていた席はちゃんと残して、反対の俺の隣に座る辺りしっかり彼のことを思ってはいるようだ。
「それに次はケンザキさん達の演習です。しっかり見て勉強しませんと。」
「ああ。俺たち、ちゃんと見るのは何気に初めてなんだよな。」
チーム編成の順番や演習が重なっていたりしていたことも相まってチサキとジンの演習をこうしてみるのは初めてだった。
三人一組が基本の授業でも、この二人は二人じゃないと逆に連携が取りにくいからと言う理由を貫き通している。異国の地からの留学生と言うこともあって黙認されているが、それでも人数不利が生まれてしまうのではないかと誰もが最初は懸念していた。しかし一ヶ月経った今、そのように杞憂する者など誰もいないし、相対したときは皆全力で掛かっている。
「ここまで、対人演習は全戦全勝、対魔演習もオールクリア。先日シュティムさんが不在で私たちが受けなかった対魔獣耐久組み手では、職員のストップが掛かるまで魔獣を倒し続けていました。」
快活な姉と思慮深い弟。一見すると衝突も多そうな二人だが、戦闘中は他者の介入を一切許さないような統率のとれた連携をするという。
その二人が、それぞれの獲物を携えてグラウンドのスタート位置に立った。
そして間髪いれず、演習開始の鐘の音が鳴る。
弟のジンは背に担いでいた薙刀を振り抜いたが、姉の方は周囲を見渡すだけで剣を抜かない。職員の千里眼が魔獣の方へ向く。数は三体、俺たちの時と同じだ。固まって動いているし、当然民間人もいる。そんな中二人がどうやって対応するのかと、元いた場所を千里眼が映したが。
「…!?チサキが、いない…?」
そして職員が再び魔獣をの方へ目線を送ったとき、そこには抜刀したチサキと両断された魔獣の残骸だけが映っていた。最速での演習クリア。彼女たちが魔獣を目視したときにはもう勝負は付いていたのだ。
「…何が起きたか、分かる?」
「いいえ。魔力の反応は一回ありましたが、そのときにはもう……」
どうやったのかは分からないが、この二人もやはりエリートだと言うことだろう。
しばらくすると二人が俺たちのいる場所まで戻ってきた。
「お、シュティムにセルエナ!何だぁ?ウチらの演習見ててくれたのか?」
「お疲れチサキ。見てたけど、何が起きたのかさっぱりだったよ。」
「敵数が少ないとどうしてもな。拙者も今日は何もしておらぬ故。姉上にはいつも獲物を横取りされてばかりだ。」
「人聞き悪いなジン。ウチの視界に入ったんだからあれはウチのだ。」
「困った人だ」とため息をつくジンと鼻高々に胸を張るチサキの二人。ジンの背に担いだ薙刀は魔力の気配が全くしない。その一方で…チサキの刀は鞘に仕舞われてはいるが、あふれ出るばかりの魔力の跡が感じてとれる。
「へへ。セルエナもシュティムも、ウチの刀がそんなに気になるかい?」
「あ、ごめん…つい…」
「いいって。」
そう言うと彼女は刀を半分だけ鞘から出して見せた。その瞬間、今まで鞘の中で充満していた濃厚な魔力の使用跡が辺りに広がる。至近距離だと思わずたじろいでしまうほどの魔力。当然周りにいるクラスメイトもこちらを振り返った。
「ウチの戦い方は刀に乗せた魔力を斬撃を加えた箇所に直接発動するものでね。どうしても使った魔力がしばらく刀に残っちまうのさ。」
「だが、この戦術は姉上の適性と相性が非常に良いのでな。拙者と違い、姉上は剣術の才がある。」
「…そういえば、チサキさんの適性ってよく知らないですね。」
「お?なんだなんだ、そんなにウチのことが知りたいんだったら———」
鉄と鉄が擦れる様な音と、それが衝突するような音がほぼ同時に響く。彼女が刀を勢いよく鞘に収めたのだ。その勢いの凄さに一瞬目を瞑ってしまった。
時間にして一秒も経っていないと思うが、目を開けたときに正面にいたのはジン一人だけだった。
「たっぷり教えてあ・げ・る。」
「ひょあっ!?」
耳元からチサキの声が聞こえ間抜けな声を上げながら倒れてしまった。
「あっはははは!!!何だよシュティム、もしかして耳弱かったか?」
「き、急に来られたら誰だってびっくりするだろ!」
「悪かったって。これがウチの適正さ。」
刀の柄に手を掛けながら豪快に笑う彼女。俺は耳に残る彼女の吐息の感覚を振り払うように出来るだけ勢いよく立ち上がる。
「んなこと言われても分かんねえよ。俺には急にお前が俺の真横に来たって事しか。」
「否。それで良いのだシュティム。『正面にいた姉上が瞬く間に真横にいた』それこそが姉上の適性…」
「瞬間移動、つまりワープ系の魔法適性って事ですか!?」
「それ、めちゃくちゃ貴重な適性じゃないか!」
「正確にはちょっと違うけどな。『次元魔法適性』ってのがウチの適性らしい。自分のいる位置から範囲内の任意の場所に自分や斬撃を飛ばせる。遠い距離自分を飛ばすとクラッとするけど、大体500尺、150メートル位なら何の問題も無く使える。」
それで彼女たちはチサキの適性が戦闘スタイルと相性が良いと言っていたのだ。ジン曰く彼女はジン以上に剣技の才能があるようだし、間合いに入りさえすれば半端な魔獣では相手にならないだろう。その間合いを詰めるための行動を実質隙を完全に無くして使えるのは、ほぼ100パーセント自分の有利から戦闘を進めることが出来ると言うこと。まさに彼女だからこそ使いこなせる適性だ。
「選ばれた人への適性なんだ…」
「いや、そうでも無いぞ。姉上は昔、三半規管が弱くてな。」
「そーそー。ぱぱっと移動できるのは良いんだけどさ、移動した瞬間の景色の変化に脳ミソがついて行かなくていっつもゲロってたんだよ。」
「だから稽古の合間に回数を重ねてそのブレを矯正、同時に三半規管を強化。そうした積み重ねが今に至る所以ということだ。」
「ま、相変わらず乗り物乗ったら酔うけどな。馬車とかもう最悪。」
「姉上の強さは、弱いまま強くなってしまったということだ。」
弱いまま。彼女もリスク無しで戦っているわけでは無いってことか。少し親近感を覚える。
初めは弱くても積み重ねて強く。ほんの最近に痛いほど教え直して貰ったことだ。
「…あ、そう言えば。お二人とも、カイルさんを見てませんか?」
「カイル?…そう言えば今日はいつものトリオじゃないねぇ。どこ行ったんだ?」
「二人の演習があるからすぐ戻るってトイレに行ったんだけど。」
「でっけえ方でも気張ってるのか?」
「姉上。本当に止めてください。」
気さくな彼女だが、弟も弟なりに大変そうだなと改めて思った。
「冗談だっての。あいつもあいつなりに色々あるんだろうさ。」
「色々って、何か知ってるのか?」
「知らないよ。ただ知らないウチでも分かるくらい最近のあいつは変だ。それはあんたらも薄々感じてるんだろ?」
「それは…」
「まあ…」
最近のカイルの状態は何かおかしい。けどどうして良いのか、俺には…
「……ウチらじゃどうにもならん事かも知れないけどさ。少なくとも、シュティムは入学直後からの仲なんじゃ無かったっけ?」
「それはそうだけど…」
「だったらけどもクソも無いよ。男同士、一回腹割って話してみたらどうだい?」
「それじゃね」と投げキッスをして立ち去るチサキと一礼してそれに続くジン。二人の背中を見送りながら、俺はカイルとの最近を考えていた。




