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凡人魔法使いの成り上がり伝  作者: R-あーる-
Brother Sister-誰が為の魔法-
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凡人魔法使い



候補生でもウィザードとなれば日常に魔法を使うことは多々ある。例えば風呂上がりや雨に打たれてしまったときに小規模の風魔法を発動させて乾かしたり、部屋の温度が低くなれば炎の魔法で暖を取ったり。

基本的に魔力は体力と同じようなものなのでこの世界から魔力が枯れない限り、保有者から魔力が生産されなくなることはない。

そして戦闘において、魔法とは戦術的に組み合わせて扱うのは一般的だ。俺が会長と戦った時のように水と炎を組み合わせたり、魔法の中に別の魔法を組み合わせたり。

適性とは多種多様なその魔法達の中で、自身の得意なもののことを指すことがほとんどのケースだ。カイルの魔封じ魔法適性は魔封じ魔法という必然的にマルチタスクが求められる魔法を匠に扱える魔法、ドーラさんの属性魔法適性は炎、水、植物、土といった属性を含むものの魔法のことだが、魔法というのはいずれかの属性を持っていることがほぼ確定しているので全ての魔法に適性があると言える。

いずれも、その魔法が『得意』なだけであって『それ以外使えない』訳ではない。

目の前の先輩は、それでも確かにそう言った。


「最初は私も家族も魔法に対する適性がないだけだと思っていた。私の一族は代々魔法に関する仕事をしているけれど、魔法が全く使えない人も珍しくはなかったから、それだけで家族からどうこうされるとかはなかったけどね。」


彼女含め、この学園は殆ど貴族や階級のある身分から出た人間ばかりだ。先祖代々魔法に関した職業なら、それでもたくさんの事を感じたはずだ。


「忘れもしない。家族に初めて海に連れて行ってもらった時だった。五歳の私は泳げもしないのに何かに手を引かれるように波打ち際まで走った。そのときだった。」


話す彼女の顔は昔を思い出すように少し遠くを見ていたが、その表情が変わることはなかった。

ただ淡々と、それこそ本を音読するかのように語る。


「…日中ドーラさんの弟に会ったの。そのときにあなたのことを少し聞いた。漁村出身のあなたなら、高波の恐ろしさは知ってるでしょ?私はそれにさらわれた。」


高波はベテランの漁師でも熟練の船乗りでもそれをあざ笑うかのように飲み込む自然災害。俺の知っている人も高波にさらわれて命を落とした人は何人かいる。大人でもそうなのだ。それを子供時代の彼女がと言うことは。


「両親も使用人も、最大限魔法を使って私を助け出そうとしていた。それでも波は私を沖へ沖へと持って行く。幼少の記憶だけどはっきり覚えてる。私はそのとき強く願った。『お母様とお父様のところに戻りたい』って。」


強い思い。それは爆発的な魔法を発動させるのに重要なピース。怒りや快楽、そういった強大な思いによって自身のキャパシティ以上の魔法を出せることは稀にある。


「………気がついたときには、私はお母様の腕の中に抱かれていた。お母様は泣いて私を抱きしめてくれていたけど、他の皆は呆気にとられていたの。だから私は帰りの馬車の中で使用人に聞いた。私はどうやって戻ってきたの、誰が助けてくれたのって。使用人はお父様の顔をちらと見て私に話してくれた。」


フローアさんは水魔法で小さな水の球体を作るとその中に指をいれる。彼女の指の動きに合わせて、水は様々に形を変えながら彼女の回りを舞う。


「『海が動いたのです』私はこの言葉の意味が分からなかった。その日以来、私はなぜか水に強く惹かれるようになった。井戸の中を一日中覗いていたこともあったし、雨に日は誰よりも早く家を飛び出してその中を走り回った。水と触れている間は、私は何でも出来る気がした。そしてもしかしたらと思って、水に触りながら魔法を使ってみたの。」


彼女は次々に水の球体を作り出し、それを操る。オーケストラの指揮者のような優雅な動きだが、これだけの量の魔法を出していながら、それぞれの水は全く別の動きをしている。複雑な魔力操作を昔話を話しながら行えているのだ。


「幼い私の思ったとおり、私は水魔法が使えた。両親はそれを喜んでくれたが同時に他の魔法は一切使えないままだったのを不審に思って、私を国の魔法専門病院に連れて行った。そこで診断されたのよ。先天的魔力偏向症だって。」


部屋中を舞っていた水魔法を全て霧散させて、その霧さえも操る。魔法は操るものの個数が多くなればなるほど比例的に扱いが難しくなっていく。まして霧を操るとなればその粒子の数は雨粒や水流の比ではないだろう。


「中途半端に分かるより分からない方が価値がある…自分で言ってて的を射ていると思ったわ。中途半端に魔法が使えるというのは使えないことよりももっと苦しい。」

「け、けど、それだけ強力な水魔法が扱えれば、いろいろなところから引く手数多だったんじゃ……」

「最初からこれだったと思う?」


俺の周りをひんやりとした霧が舞う。


「私の魔力偏向症はね、強大な力なんて持ってなかった。海を動かしたのは事実らしいけど、それはいわゆる火事場の馬鹿力。自分で操ってやれたことじゃない。偏向症で他の魔法が使えない私に残ったのは、基本魔法の中で最も攻撃力が低い割に使用魔力の大きい水魔法だけだった。」


霧は消え、部屋から彼女の魔力は消える。少し悔しそうな表情が、明かりに照らされている。


「初めの一年間は世界を呪った。どうして私だけがって、私だって他の魔法が使えたらって。けどそれに何の生産性もないと気づいたときに私は決めたの。」


その瞬間、建物から膨大な魔力を感じた。それはまるで初めからそこにあったかのように突然現れたのだ。建物中の水場という水場、果てにはこの屋敷の外からも彼女の魔力を感じる。


「それなら私は、私の持っているもので頂点に立って見せよう…他の人が恵まれていようと、私が不幸と思われようと勝手に思わせておけば良い……」


窓辺から外を見ると屋敷の上空に見えていた月が、ゆがんでいる。いや違う。月だけじゃない、空そのものがゆがんでいるのだ。

上空を、彼女の魔法が覆っているのだ。先が見えないほど広く広大な魔法。

水魔法の使用魔力が多い理由、そして水魔法を水魔法たらしめる理由がその流動性と実質無限とも言える力の根源。世界の七割を覆う水という物質を自在に操り、さらには精製できる魔法。

もし完璧に扱うことが出来れば、事実上世界最強の魔法は水魔法だとも言われている。しかしそれはあくまで机上論。長らく世界中の名だたる魔法に長けた者がそれに挑戦してきたが、未だに叶えた者はいない。

ただ一人現代の、この少女を除いては。


「私はこの魔法で…水魔法だけで騎士ナイトになってみせる、と………」


上空の魔法全てを操り、それぞれを元の場所へと返させている。その様はまるで流れ星のようで、何も知らない人が見れば、超至近距離を星がかすめたと錯覚するかも知れない。

やがて数十秒もしないうちに、屋敷上空にあった魔法は全てが元に戻っていた。


「…それから私は、ありとあらゆる本で知識を身につけた。水魔法は扱い方次第で万に通じる魔法だと信じて、ありとあらゆる戦況に対応できるように勉強した。もちろんその傍らで、自分の魔力を底上げする訓練も欠かさなかったよ。」


彼女は決して恵まれた人などではなかった。誰よりも、努力の人だったのだ。


「だからね、私は君だよ。」

「え………」


うつむいていた俺の目の前に、いつの間にかその人はいた。


「私は死に物狂いで努力した。何度も、何度も何度も壁にぶつかった。そのたびに自分を傷つけた。まだ足りない、まだ届かないって。頑張って頑張って頑張り抜いてやっとの今の実力だって。それは本当に暗闇の中を歩くような、自分を自分で危険にさらすようなこと。けどね、自分が自分の誰よりも味方でなければダメなんだよ。私の努力は私が一番知っているように、君の努力は君が一番知っている。それを君が一番認めないでどうするの?」


背伸びして俺の頭をなでる少女の手はひんやりとしていてとても温かくて————


「…俺のこと…弱いって、言ってたじゃないっすか………」

「うん、言った。けどそれは今のあなたが弱いだけ。これから先、未来のあなたが弱いなんて一言も言っていない。そしてあなたはきっと強くなれる。この前の会長との模擬戦で感じた。君はその魔法と相性が良い。滅茶苦茶で狂っていて、でもとても優しい、人を守るための魔法。今は弱い君だけど、私が…誰よりも弱かった私が太鼓判を押してあげる………」


やっぱりこの人の魔法は強力なものだった。

水魔法、世界最強の魔法。最弱から最強になった魔法。


「君は、強くなれる。」


これはきっと魔法だ。この人が使う魔法なんだ。

そうでなければ考えられない。こんなの、しばらく目からあふれてくることなんて無かっただろ。

学園に来て初めて、俺は自らで自らの頬をぬらした。

けれど冷たくて温かい小さな手は、俺を変わらず包んでくれていた。


「俺は、あなたみたいな…天才じゃないんですよ………」

「いいじゃん、凡人上等だよ。君が成り上がって、伝説になろうよ。」

「そんな伝説…聞いたこと、無いっすよ……」

「何言ってるの、君が作るんだよ。凡人魔法使いの成り上がり、その伝説の物語を、君がさ。」


夜更けのエンタリア魔法学園の外縁。そこに位置する屋敷の中で、一人の男の嗚咽と、大海の少女の言葉だけが小さく漏れた。

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