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凡人魔法使いの成り上がり伝  作者: R-あーる-
Strength Boy-決断と才能-
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決断(デシジョン)


決断デシジョン




魔獣シャドウエープの襲来が未然に防がれた翌朝のこと。

村中は騒然としていた。

当然の結果だ。

一晩で村の若者三人が死亡、一人が精神に深い傷を負って生還し、一人はなんの変わりもなく生還しているのだから。

その日、俺は一日中問い詰められていた。

あるものは号哭しながら俺の胸ぐらを掴み、あるものはただ俺を見るだけで唇を噛み、そして、あるものは俺を感情のままに殴り飛ばした。

その全てに俺は沈黙を持って応えることしか出来なかった。

全て、昨晩死んだ若者の家族達だ。

昨日までは俺に優しい微笑みと温かな声をかけてくれていた人たちだった。

愛する子供を亡くし、その怒りの矛先が俺に向けられるのは当然だった。

正直言ってこのままでは村での生活が困難になるレベルかと思われたところで、思わぬ援軍が入ったのだ。

リック。昨晩の事件から俺とただ二人の生還者だ。

彼は、顔面を蒼白とさせながら村の連中に説明をしていた。

俺と彼が、なすすべもなく魔物に殺されそうになっていたところを助けられた話を。

俺たちの命を救った、一人の男の話を。

しかし、村人達は誰一人としてリックの言葉を信じなかった。

彼は昨晩以降、時折何か幻覚を見るような症状に陥っていた。

昨晩のことで精神的に病んでしまったのだ。

それもあって、彼のこの訴えは彼の幻覚だとして受け入れられることはなかった。

結果、俺は友人を見捨てたとして、二年間の追放が言い渡された。

追放と言ってもまだ成人していない俺は、村の外れの荒ら家に居住となるだけで、実質的な生活自体は大差ない。家族も元の家に住んで良いとのことなので、被害を被ったのは自分だけという結果だった。

正直、これでいい。

俺の新居である家屋に到着し、仰向けに寝転がる。

もう俺に、リックと関わる資格なんて無い。

結果的に助かったとはいえ、俺は彼だけでなく、他の皆のことも置いて逃げようとしていた。

臆病者の自分に心底嫌気がさす。

あの光景を思い出すだけで自分への苛立ちが抑えられないが、それでも最後には、必ず同じ光景に行き着く。

あの男、ヨシュアと名乗った男の姿。

そして、彼の操る魔法。

その光景が、まぶたの裏に焼き付いて離れなかった。


「……聞いておきたかった。」


荒ら家の天井は所々にぽっかりと穴が開いている。

空白の部分は、塞いでおかないと水や風が吹き込んでくるだろう。

もう一度彼に会ってちゃんとお礼を言いたい。

リックを助けて貰えたコトにお礼を言いたいのだ。

けれど、どこにいるのかも分からない。

今は夕暮れ前だ。

今日は一日中村で彼を探し、もちろんあの森も探してみたが、彼の姿はどこにもなかった。

もう、村を離れてしまったのだろうか。

森の中に、あの巨大なゴーレムの姿もなかった。

あれは彼が作ったようなことを言っていたから、あのゴーレムはもう修繕が終わったのだろう。

それなら、彼が村に留まる理由などもう無いも同然だった。


「生きているか。」


家の入り口から、しわがれた声が低く響いた。

村長だ。

彼の年令は誰も知らないが、少なくとも若者や中年などの年令ではない。顔のしわが刻んできた年の長さを物語っている。

村長は家に入ると、土間に抱えてきた野菜や果物を置いていた。


「村長?なんだよそれ。」

「見れば分かるだろう、食料だ。村の連中が今朝はすまなかったとな。」

「村の?そんなわけ……」


あの朝の皆の様子を目の当たりにして、そんなことを信じられるわけがなかった。


「最初は、誰も信じてはおらんかった。じゃが、リックの言葉は本当だと、わしが説明した。」

「は?」


わしがって、村長が?昨晩の出来事をどうして知っている?


「災難じゃったな。魔獣に襲われたんじゃろう。まったく、夜間は村から離れるなと常々……」

「それは、すんません……」

「あの方に助けられたんじゃろ?」

「あの方?」

「氷結の魔法使い。」


その言葉を聞いた瞬間、俺は飛び上がった。

あまりの勢いに床がきしみ軽くひびが入ったがどうでも良い。


「知ってんのか!?」

「ヨシュア殿。本当の名前はわしも知らん。」


いや、この際その名前が嘘かホントかなんてどうでも良い。

今俺が一番聞きたい名前なのだ。


「あの人は一体……」

「アイスナイト、と名乗られたが、詳しい話はよく分からん。じゃが、数年前からこの村を守護するゴーレムの管理を国から任されたらしい。」

「ゴーレムって……じゃあ村長は知ってたのか!?村の森の奥にあんな巨大なゴーレムがあったことを!」

「怖がらせてはいかんと思っての。それに関してはわしも謝ろう。」


違う。今聞きたいのは謝罪なんかじゃない。

俺が、俺が本当に今聞きたいのは。


「あの人の居場所を知りたいんじゃろ?」

「……エスパーかよじいさん。」


俺ってそんなに考えてることが表情に出やすいのか?

昨日の夜も、オヤジや皆に考えを見透かされたかのような言動をされた。


「いつからお前を知っていると?きっと他の奴らもそうだと思うがの。」


他の、奴ら……

ライ、ミミ、ジーナ。

きっと、あいつらは俺のことを恨んでいるに違いない。

俺とリックだけ生き残って、俺だけが何事もなくのうのうと。

あのとき俺は、自分が生き残ることしか考えてなかった。

最低の人間だ。

リックは、俺や皆を逃がそうとして、心に深い傷を負った。

他の三人は、もうこの世にいることさえかなわなかった。

彼らの夢も未来も、俺の一時の強がりで、全部奪ってしまった。

死ぬべきは、俺だったんだ。


「……あの人は、ゴーレムの点検を終えた翌日には帰られる。つまりは今日だな。」

「……」


もう、一生会うことのない人だ。

せめて最後にお礼をと思ったのだが。

それすらも叶わなかったとは。


「じゃが、必ずあの人が毎年訪れる場所があると、本人から聞いている。この村の外れの海を一望できる場所があるな。近くに人は住んで居らず、あるのは海と倒壊寸前の荒ら家のみ。」

「それって…!」


この村は周囲を森で囲まれており、街へつながるこの場所だけが少しだけ開けているため、海を一望できる場所はここのみ。

加えて荒ら家とは、今日からの俺の家のことと考えて間違いないだろう。

この近くを探せば、まだあの人がいるかも知れない。

俺は村長の横をすり抜け、家を飛び出した。

そして、海の方へと一直線に走り抜ける。

別にあの人への感謝を伝えるだけなら、ここまで走ることはなかっただろう。

だけど俺は、命を救われた以上に彼の操るあの魔法のことが衝撃だった。

頭から離れなかった。

それは単に俺が普段魔石を使っているから、それに近しいものを見れた喜びなのかも知れない。

けれども俺はそれだけではないような気がしていた。

やっぱり俺は最低だ。

命を落としかけてもなお忘れられない衝撃、生まれて初めて見た本物の魔法、俺の心は、全てのコトを放り出してそれにとらわれていた。

息が上がる。

もう夏も近づいている。じっとりとぬるい空気が鼻を突き抜け口から吹き出される。

やがて香りに潮風が混ざり、さざ波の音を耳が拾い始める。

砂利の道を駆け抜け、堤防に駆け寄ると、

そこにいたのは、白髪の男の背中だった。


「……ああ、またあったな。」

「あ、あのっ……!」

「まずは呼吸を落ち着かせろ。その上がった息ではまともに話せないだろう。」


変わらずに海を眺める男、ヨシュアは自らの座る場所を少し横にずれた。

コレは、横に座れという解釈で良いのだろうか。

俺は恐る恐る、堤防を上り彼の横に座る。

堤防にはこの村の誰かの漁の道具一式が無造作に置かれている。この村の中だけで見れば珍しい光景でもないが、今はその中に一際目立つ服装の男がいる。

昨晩は彼がついた頃には俺の魔石の効果は切れ、彼の顔はまともには見えなかった。

俺は今改めて、彼の顔を初めてはっきりと見た。

中性的な顔立ちだが、首元に少し目立つ傷跡がある。潮風に揺れる白髪は、近くに見ると少し銀色のように見えなくもない。服装は決して派手なわけではないが、村にいれば少し浮いてしまうような、街ではコレが普通なのだろうか。

そして何より目を引いた、胸元の龍が刻印された小さな勲章。


「怪我などはしていないか?」

「え、あ、はい。おかげさまで……」

「そうか、ならいい。」


彼は変わらずに海を見続けている。

その目は、何かを思い出すような。同時にどこか悲しげな目をしていた。


「あの、改めて、助けてくれてありがとうございます。」

「いい、仕事だ。昨夜も言ったが気にするな。」

「村長から聞きました。アイスナイト、でしたっけ。ごめんなさい、貴族達の身分名称とかよく分かって無くて……」

「俺は貴族ではない。氷結騎士アイスナイトというのは、ただの職業の名前に過ぎない。」


そうだったのか。

騎士ナイトというくらいだから、相応の身分の人間なのかと思っていたが。

街には、そんな職業があるのか。


「君は、魔法が扱えるのか?」

「え…?」


突然の質問だった。

思えば彼からは質問されてばかりのような気がする。

そして、魔法が使えるのか、と。

それが出来たら、俺が魔法を使えたらどれだけ良いか。

そしたら、皆は死ななかったかも知れないのに。


「……いえ、俺が扱えるのは、魔石だけです。」

「魔石…そうか、あれは魔石の解放魔力か。」


あれは?この人は俺の魔石の魔力を感じていたのか?

いや、あり得ない話ではない。

あれだけ繊細で膨大な量の魔力を扱うような人だ。

魔石程度の荒い魔力は当然感知できるのだろう。


「俺が、もし俺が、魔法を使えれば、皆は死なずに済んだんですか……?」


それは、予期せず口から出た言葉だった。


「いいや。無理だっただろうな。」


そして、一瞬にして否定された。

どこかで、お前なら助けられた、そうやって言われるのを期待していたのだろう。

思ったよりもメンタルに来た。


「シャドウエープはS級の魔獣、並の魔法や兵器では歯が立たない。少し強力なものなら、ダメージは与えられるだろうが、たちどころに再生するだろうな。」


昨日、ライの持ってきた兵器がそうだった。

魔獣の顔を半壊させたが、致命傷を与えるコトは出来ていなかった。

それほどまでにあの魔獣は強力だったということだ。

改めて、この人が来てくれなければ、俺やリックはおろか、村の人間まで殺されていただろう。

いったい、この人は、ヨシュアは、どれだけ強いのだろうか。


「そう、ですか…やっぱり、俺じゃ……」


俺では皆を救えない。

どこまで行っても弱いままで。

こんな人間なんで生きてるんだ。

ごめん、ごめんごめんごめん。

皆の命は、

俺が奪ったも同然だ。


涙が出るのは自然だった。

止められなかった。

夕方とはいえ、まだ浅い。

こんな顔を見られて、情けなく思い、それがまた涙に拍車をかける。


「だが、お前は、あの少年を救った。」


思いがけない言葉が、彼の口から出てきた。


「え……」


彼の言うあの少年とは恐らくリックのことだろう。

俺がリックを救った?なぜそうなる。


「恐らくもう気づいていると思うが、魔力を扱える人間は魔力感知に長ける。個人差はあるだろうが、君も恐らく多少は感知できるだろう。」

「……」


それと俺がリックを救ったのと、どう関係があるんだ。

俺が塵芥のような魔力を感知できたところで、俺には彼らを救うだけの魔力を扱うことは出来ないと、今し方彼に言われたばかりではないか。


「…それが、いったいどう関係あるんだよ!?俺がもっと感知出来ていれば、あの魔獣が来ることも分かったってのかよ!?あんたみたいにもっと繊細に感知できていれば良かったのかよ!?」

「いいや出来ない。お前では魔獣感知に対しては圧倒的に経験不足だ。」

「だったら……!」


感情が抑えられなかった。

泣き叫んで声を荒げて、乱暴に投げつけるように言葉をぶつけて。

まるで子供だ。

それなのに、これだけ剥き出しの感情を向けられているのに、彼は未だに海を見続けている。

その冷静さが、自分の未熟さに対比されて、余計に腹が立っていた。


「自分で言っているではないか。俺はお前より魔力の感知に長けている。俺の回りであれば、この村ほどの範囲の魔力は感知できる。それこそ、魔石で使うような荒い魔力であったとしてもだ。」

「だからそれがどうしたって…!」

「お前が魔石を使い、周囲を照らした。俺はその解放された魔力の方に向かった。コレで理解できたか?」

「…!?」


なんだよ、それ。

じゃあ、俺が魔石を使ったから、この人は俺たちのところに?


「だが、お前が救ったと言うこと、その理由はこれだけではない。」

「…まだ、何かあるってのかよ。」

「君は、魔石を解放する際に何を考えている?」


彼は立ち上がったが、その顔は相変わらず海を見続けている。


「それは、用途によって…違う。」

「そうだろうな。魔石も根本は魔力だ。周囲を照らしたいと思えば、周囲を照らす光源の魔力を。爆発を起こしたいと思えば炎や熱の魔力を集める。」


そこで初めて、彼の顔が俺に向いた。

一見無表情に見えるが、瞳の奥はとても優しそうな色を孕んでいた。


「…シャドウエープはただの獣ではなく魔獣だ。君はこの獣と魔獣の定義が分かるか?」

「…俺は、漁師だ。親もじいちゃんもその前も。狩人じゃない。」

「生命維持に魔力が必要かどうかだ。そしてやつや他の魔獣は生命維持に魔力を必要とする。」


そんな生き物がいるのか。

改めて知らないことばかりだが、それとこれと、一体何の関係があるというのだ。


「やつほどの魔獣になれば、近づいただけで膨大な魔力が放出されている。耐性のない人間でも、恐怖感や圧として感じ取れるほどだ。そして何より…」


ひときわ大きな潮風が、俺と彼を包んだ。


「やつにあれだけの至近距離に接近すれば、過剰な魔力を浴びて指先一つとして動かないはずだ。」

「は……?」

「分からないか?君は彼らの命を救っていた。彼らが命を落としたのは君の責任ではない。魔獣の接近にいち早く気づけなかった俺の責任。」

「ちょ、ちょっと待てよ!?」


立ち去ろうとする彼の背中に叫び問いかける。


「俺が皆を?どういうことなんだよ…」


分からない。俺には彼の言っていることが全く理解できなかった。


「……なるほど。つまりは無意識だな。」

「は?」

「君は無意識のうちに、魔石に願いを吹き込んでいた。皆と無事に戻りたいなのか、この危険な場所から皆を守りたいなのかは俺には分からない。だが、確かに君は、ある一つの魔法を魔石に込めて発動していた。」


さざ波の音が彼の穏やかな声に重なる。


「その魔法の種族は守護魔法。魔石に込められる程度ゆえに、魔法自体に名前はないが、俺たち王都直属の魔法騎士も扱うもの。言うなれば、魔法騎士の標準装備ともいえるものだ。」


守護魔法?

魔法騎士?

情報量が多すぎて処理しきれない。

それに、俺があのとき魔石に込めたのは光源の魔力のはず。守護魔法なんて込めた覚えはない。

けれど、もし、もしその話が本当だったとしたら。


「じゃあ…俺は、皆を…」

「ああ、<守っていた>たとえ無意識だろうとその結果は変わらない。」

「…!」


意識して守れなかったなんて、弱虫の結果だ。

情けない。

けれど、俺もちゃんと、皆を助けたかったんだ。

守りたかったんだ。


頬を伝う、なんてレベルではない。

決壊した感情のダムは、洪水となって目からあふれ出る。


「…覆らない命と結果であったとしても、その事実と、君のその涙も覆ることはない。君のその思いは本物だったということだ。」


彼はそう言って堤防から下り、その場を立ち去ろうとする。


俺は皆を助けようとした。

しかしその結果は及ばず、大切な人たちを亡くし、生き残った親友も心を壊してしまった。

結果としては最悪。何も成し遂げられていない。

心底腹が立った。

弱い自分に、何も出来なかった無力な自分に。

どれだけ守ろうという思いがあったところで、絶対的な強者には敵わない。

俺は弱者だ。


今のままでは。


一つの決意が俺の中で形を成したとき、その声は自然と口に出ていた。


「俺を弟子にしてくれ!!!」


俺のその声に、白髪の男の足が止まる。


「俺に魔法を教えてくれ!もう二度と、大切なものを失わないために!自分の力で、俺がまるごと守る!!!皆を守る!!!」


我ながら稚拙な言葉だ。

けれど、嘘偽りのない本音。

思えば、最後に自分の考えを包み隠さずに誰かに打ち明けたのはいつだったか。


「…断る。俺は弟子はとらない。そもそも、魔術師でもないお前に、魔法を教えるなど到底現実的ではない。」

「そ、そう、だよな…」


あっけなく拒否されてしまった。

魔石を使えるだけの田舎者が、何を図に乗ったことを言っているのだ。

俺には出来ない?


ふざけるな。


関係あるか。


俺は、もう二度と…


「…俺は弟子はとらない。他の魔法騎士もよっぽどの才があるものしか執ろうと思わないだろう。」

「…」

「だから認めさせて見せろ。」

「え…?」


男が振り返る。

夕日に染まる瑠璃色の瞳が、まっすぐ俺を見つめていた。


「俺ごときのたかだか魔法騎士に認めてもらおうなどと思うな。他の魔法騎士もそうだ。まともなやつも多いが、権力と地位に執着するものも多くいる。魔術師の世界なんてものは薄汚く汚れている。そういう俺も、その地位から未だに抜け出せずにいる。」


この距離からでも、彼が拳を強く握るのが分かる。目の奥に光る苛立ち、それは恐らく彼が彼自身に向けている感情なのだろう。


「だから、お前が変えて見せろ。まるごと守ると言ったな?ならばこの国ごと守って見せろ。魔術師の役職などを目指すな。お前は俺を、ウィザードの職すらも超えて見せろ。」

「あんたを…超える?」


俺はまだ昨晩の光景を鮮明に思い出すことが出来る。

あれほどまでに洗練された魔法の技術を超える、

それはあの技術を目の当たりにし、たすけられた人間だからこそ分かる難易度の高さを表している。


「ウィザードの頂、バロン・オブ・ウィザードを目指せ。その時お前は全てを守れる人間になっているはずだ。」


そう言い残して、彼は去って行った。

この後しばらく彼とは会えないだろう。

王都直属の魔法騎士と言っていたが、そんな人間がなぜこのような辺境の漁村まで赴いていたのかは分からない。

だが、今日という日は俺にとって、大きな意味を持つ日になったと確信している。


数年前にリックが言っていた言葉

『物事を決心して始めることはとっても怖い。その恐怖を断ち切って進むのは、きっとすごい人なんだ』

今になって、その言葉の本当の意味がよく分かる。

新しいコトを始める決心というのは、全く先の見えない暗闇の中に足を踏み出すと言うことなのだ。

たまらなく恐ろしい。

今すぐに逃げ出してしまいたいほどに。

けれども。


俺は堤防の、誰が置いたのかすら分からない漁道具をあさる。

それは、漁師の道具ならば、糸を切ったり魚のとげを切り取るハサミがあると知っていたからだ。

そう、俺の知っていることは漁の知識、

あとはほんの少しの魔石に関する理解のみ。

俺にバロン・オブ・ウィザードを目指せるだけの素質があるのかは分からない。

才能なんて、これっぽっちも無いかも知れない。

けれども、俺には、今まで努力らしい努力をしてこなかった俺には、皮肉なことに努力で頑張るという以外の答えが浮かんでこなかった。


だからここに置いていこう。


過去の自分を、


怠惰な俺を、


全部を守れる、バロン・オブ・ウィザードになれたときに、


思いっきり俺を笑い飛ばしてやるために。


夕日がほとんど沈みきり、辺りに夜のとばりが広がろうとする。

ぬるい潮風が吹き抜けるその日に、

風に揺れるその髪を、

ざくりと切り刻んだ。








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