突撃フローアさんち
全力を出すと言うこと。自分の持つパフォーマンスの全てを出し切って戦ったりする行為をそういう風に表現することは多々ある。
俺にとってのそれは二、三日動けなくなるという意味も同時に含んでいるが。
会長含む生徒会の三人と出会い、そしてカイルとその姉であるドーラの模擬戦を見て、俺と会長の模擬戦を執り行って。
俺は敗北した。
別に不思議なことはない。
エンタリア魔法学園という歴史ある学園の生徒会長で歴代最強との声も上がる人物と、この数年でやっと魔法が使い物になりその適性も戦闘職向きではない有象無象。
そんな人間が戦ったところで、勝敗は火を見るより明らか。理不尽なハンデを瞬き一つで覆す選ばれし人間の力。
聞いた話しでは会長は模擬戦の後その足で騎士の会合へと向かったらしい。そして敗北した俺は意識不明のまま回復室へ運ばれた。ミス・アンドラの回復魔法の効果もあって意識はその日のうちに回復したが、まともに動けるようになるまで丸二日もかかってしまった。
「あんたもいい加減、ここに頼らずに戦う術を身につけなきゃねえ。」
椅子に座りお茶をすするミス・アンドラが背中越しに話しかけてきた。
「…分かっています。だからこれからも適性の上限強化に励もうと思ってて……」
「そうじゃないよ。戦い方を知りなって言ってるのさ。」
ベッドから足を下ろしゆっくりと立ち上がる。昼の科目終了を告げる鐘が学園に響き渡る。俺が倒れているからといって授業が止まることなどない。この二日で他の皆はもっと先に進んでいる。全力を出す度に倒れるこの適性。生命力を使う以上、過剰に使用すれば体がその加速に耐えきれず意識を失う。それを防ぐためには、適性のキャパシティを上げるしかないはずだが。
「…俺の適性、ご存じですか?」
「ああ知ってる。難儀な適性だとも思っておるよ。じゃが、ぬしが今口にしておるのは言い訳に過ぎんよ。」
「そんなつもりは…!」
「そんなつもりはないじゃろうな。じゃがそれが現実じゃ。」
ミス・アンドラはシワだらけの手で何かを紙に書くとそれを俺の元へと浮かばせた。
「これは?」
「生徒会棟の一つ、フローア・エンタリア・セイヴ居住棟の場所じゃ。居住棟と言うより、ほとんどあの小娘の実験棟じゃがの。」
「ふ、フローアさんの?」
「今のおぬしには、彼女の助言が必要じゃ。小娘でもエンタリアの字を冠する者、おぬしの先に立つ者としていい話が聞けるじゃろうよ。」
「治ったんならさっさといきな」と半分追い出されるように回復室を後にする。少し廊下を歩くと、授業終わりと思しきセルエナがこちらに向かってきていた。
「シュティムさん?今お見舞いに行こうと思ってて…もう歩いて大丈夫なんですか?」
「ああ。心配掛けて悪かったな。」
「いいえ。何事もなかったのなら。この様子だと、シュティムさんよりあなたが吹き飛ばしたグラウンドの修繕の方が時間掛かりそうですね。」
「それはホントに申し訳ないことをしたと思ってる…」
模擬戦で俺は魔法の効かない会長に対抗するために、魔法同士を衝突させた際の自然現象である水蒸気爆発で攻撃を試みた。周囲一帯を吹き飛ばすほどの膨大な範囲の爆発からドーラさんが生徒を守ってくれていたらしい。あのときの俺には会長に一矢報いるという考えしかなかった。その結果、回りの被害を度外視した火力で攻撃し、最終的にはグラウンドの八割を消滅させてしまった。意識が戻ってすぐに職員から軽く説教を受けたが、生徒会管轄の元行われたという事で特におとがめは無し。模擬戦が終わっても、俺は生徒会に助けられていた。
「今日の授業はどうだった?」
「いつも通りつつがなく終わりました。ただ……」
セルエナは少し首をかしげ目つきを曇らせて何かを考えていた。
「ただ?」
「いえ、カイルさんの様子が少しおかしい様な気がするんです。」
「カイルが?本当に?」
「はい。何か迷っているような、焦っているような、余裕がないような、そんな風に見て取れるんです。」
常に冷静沈着、俺たちの作戦を考えるのも基本的にはカイルだ。状況に応じて的確に分析し、常に最適解に近い応えをたたき出し続ける。加えて本人もかなり大きい魔力保有量で、焦りや迷いとはほど遠いような人に思っていたのだが。そんな彼でも迷うようなことがあるのだろうか。
「セルエナの気のせいって事はないの?」
「そんなはずは…先ほども私のことをセルエナと普通に呼んでいたんです。」
「…ん?」
「おまけに昨日今日と通してあの減らず口が減ってるんです。いつもより七割減って位に。」
「………」
俺は一ヶ月でこの子のことを少しは分かる気になっていた。だが改めて思い知らされるこの子の不思議ちゃんっぷり。無自覚の天然、それなのに実力は持っているから強く咎められない。ある意味この観点からも彼女は無敵と言える。
「えーと…と、とりあえずカイルと話してみようか。」
「そうしてください。先ほどまで私と一緒に居たんですが、生徒会に用があるとかで途中で分かれてきたので———」
俺はセルエナから今日の授業の内容を聞きながらカイルを探した。生徒会室は鍵が掛かっていたため、既に用事は済んでいるのだろう。学園内を歩き回って探してみるが、そこで改めて実感するこの学園の広さ。学園の校舎や建物がある場所だけでガトナの村よりもずっと広い。全部見て回るのに一体何ヶ月かかるのだ。
森林グラウンドでようやくカイルを見つけた時にはもう日は傾き始めていて、生徒の何人かは寮に戻り始めているような時間だった。
「カイル!」
「あ?…何だよシュティムか。体はもう良いのか?」
「ああ。おかげさまで。」
「無理すんなよ。お前の魔法は強くてもお前への負担がでかすぎるからな。」
セルエナの話ではカイルも当然ながら授業に参加していたようだ。だがカイルはなぜかストレッチをしていた。
「…何ですか?ストレッチなんかして、補習でも受けたんですか?」
「いや、ちょっと気になることあってな。何でもねえよ。」
その返しを効くやいなや「ね?」と言った表情をセルエナに向けられる。確かにいつものカイルならセルエナに憎まれ口を叩かれて黙っているのは少し違和感があった。
「もしかして自主練か?だったら俺たちも手伝うよ。」
「まあ、シュティムさんがそう言うなら仕方なく手伝ってあげますけど。」
「いい。本当に何もねえんだ。すぐ寮に戻るから、セルエナを寮に帰して戻ってくれ。」
「けど…」
返答を聞くよりも前に、カイルは身体強化魔法で森林グラウンドの中に飛び込んでしまった。
今日の授業の最終コマは二時間ほど前に終わっているはず。優秀なカイルが補習を受けているとも考えにくいし、何よりカイルの服にはたくさんの木屑が付いていた。俺たちが来るよりも前に既にグラウンドの中に入っていたのだ。
「何か心当たりとかはないですか?」
「全く。ただ自主練してるだけなら良いんだけど。」
正直な話、カイルのことは謎に満ちている。自分の事を余り話そうとしないし、深く立ち入ることをなぜか躊躇してしまうような独特の雰囲気がある。
同じチームになる事がほとんどなので連携がとれるだけの情報はお互いに話しているつもりだが、俺としてはもっとカイルと仲良くなりたいと言った思いもある。
「…とりあえず、寮まで送るよ。」
「敷地内ですから大丈夫ですよ。それよりどこか行くところがあったのでは?回復室からどこかへ向かうような様子でしたし。」
「ああ、ちょっとフローアさんの所に……」
笑顔のセルエナの顔がなぜかそのまま引きつったように見える。
「そ、そそそそそうでしたか。どっどどどどどどっっどどういったご用件ですか?」
「いや、ミス・アンドラに俺に良いアドバイスをくれるだろうからって言われて…大丈夫?」
「だっ大丈夫ですっ!」
セルエナまでストレッチと大きく深呼吸をし始めた。よく分からないが落ち着かない様子だ。
「いやいや、調子悪いなら寮まで全然送るよ?」
「いえ、悪いのは調子というか動悸というか心というか……」
「心?」
「とっ、とにかく大丈夫ですから!シュティムさんはお気になさらず!ああでも!フローア様とどういったお話をしたのかだけは、後日しっかりお聞かせくださいませ!?」
「わ、わかっ、た…?」
今までに見たことのない圧を感じながらセルエナをその場で見送った。帰るセルエナはふらふらと木や壁、生け垣に衝突しながら帰って行ったが、本当に体調が悪かったのではないだろうか。頑張るのは凄いことだが無理だけはしないでほしいと思う。
…こんな時に追加で湧いてくる感情が、
あまり努力されると俺との距離が広がってしまって追いつけなくなってしまうかも知れないから頑張らないでほしい。
そんな俺に心配される筋合いはセルエナにはない。
日も落ちきったとは言え、学園内は消灯時間までは街頭やその他の建物からの明かりで昼間と変わらない程度には明るい。俺はミス・アンドラから何の情報も貰っていないので手探りで生徒会の建物を探すことになっていた。
職員に聞けば割とあっさりと教えてくれたのでその場所まで向かうが、結局到着したのは完全に消灯時間直前になってしまった。重ねて思うが本当に広い。広すぎる。
建物は生徒の寮ほどではないがそれでも大きな屋敷だった。それぞれの生徒会の建物はお互いに離れて建設してあるらしく、各々が学園の敷地の外縁にほど近い場所に建てられている。何でも、外敵がどこから侵入してきても生徒会の誰かが即応できるようにとか。
シルヴァさんの建物は国の中心であり学園の中枢機能を同時に担っている城に隣接するように建てられているし、ドーラさんの建物は俺が最初に着いた港の近くにあるらしい。シルヴァさんはすでに騎士と同格以上の実力を持っている、故に騎士達の軍事会議に招集されることも多いらしく利便性からその立地、ドーラさんは閉鎖的な空間が嫌いとの理由らしい。
そしてここ、フローアさんの建物。
学園生徒の寮から本校舎を挟んで対角に位置するその建物は巨大な屋敷だった。一人で住んでいるのだとしたら完全に持て余しそうなほど大きな屋敷。五十人くらいなら難なく住めそうなほどのそのサイズにあっけにとられてしまった。
一つ大きく深呼吸をし、恐る恐る入り口のチャイムを押す。
地元では聞いたことのないような豪華な音が響き渡る。反応がないのでしばらく待ってから再び押したが、先ほどと同じ音が広大な敷地に鳴るだけで何も起こらない。
俺は入り口の門をくぐり、玄関前に立った。
「ごめんくださーい!」
立派な木のドアを叩き、声を上げる。だがやはり返答もなければ変わった様子も見られない。ふとドアに手を掛けてみると、鍵が掛かっていなかった。不用心な、とも思ったが、彼女ほどの実力者になればたとえ暴漢が入ってきても暴漢の方に全力で心配を寄せてしまうだろう。とは言え年頃の女性が一人暮らしで家の鍵を掛けないのは少々いかがなものだろうか。
ここで帰るわけにもいかないので俺はなぜか小声で「おじゃまします」と告げて建物内に足を踏み入れた。
中に入ってみても明らかに広いその空間は至る所に本棚が置かれていた。そのほとんどにびっしりと本が並べられていて中にはこの国の言語では書かれていない本まで置かれている。
少し中を探してみるが、不思議な点がある。どの部屋にも扉がないのだ。そのせいで廊下から中の様子は筒抜けだったが、そのどの部屋も本や資料の束、地図や魔道書といったもので埋め尽くされている。
奥へ奥へと進んでいくうちに、物音がしている部屋にたどり着く。本の山が入り口のすぐそばに置いてあるので中の様子は見えないが、明かりのようなものが揺れている。
廊下は電気の魔法が通っているのかずっと明るいが、部屋の中に明かりがあるのはこの部屋だけだ。俺はその中をそっと覗き込んだ。
「…なるほど…効率よりも威力を選ぶ、というわけか……だったら既存の魔法の方が効果的……いや、限定状況下において爆発的に効果が跳ね上がる可能性を考慮すると………」
「…?」
中から声が聞こえる。確かに聞いたことのある声。
「…資料の数が少ないな……明日にでも試したいけど、二人のスケジュールが合わないから……」
近づくと無数の資料と魔法に関する文献が机に広げられている。とても学生が読むようなものでは無いほどの高度なものだ。
この人はそれを読めるほどに知識も卓越しているのだ。
「すげぇ………」
「っ!?!?!?!?!?」
思わずこぼれた独り言ともつぶやきともとれるほどの小さな小さな声。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」
それは反対の寮の方にまで聞こえているのでは無いかと言うほどの小さな少女の大きな大きな声を錬成した。