姉弟喧嘩
カイルの提案とドーラさんの承諾。その二つがあって生徒会管轄の元、模擬戦が決定された。
俺たち六人は城下町グラウンドへと移動し、審判職員の到着を待っていた。
「こんなにすぐに許可って下りるものなんですね。」
「生徒会は基本的には職員よりも権限が高いの。この学園では騎士の次に権力を持っている。私たちの管理、それだけで大抵のことは学園内で可能になる。」
「そう。だからさっきも言ってたけど、その権力に甘んずるだけじゃいけない。それに見合うふさわしい実力の持ち主であり続けなければいけないんだ。」
「こんなこと言ってるけど、会長は入学して三ヶ月で生徒会入りをした化け物だから。同じ基準でものを考えない方が良いよ。」
「運が良かっただけだよ。」
やはり会長ともなると、桁外れの強さのようだ。
「…そして、その生徒会でその会長の次に強いのが。」
「ドーラだ。彼女の強さは、魔法を使うものほど鮮烈に分かるはずだよ。」
「魔法を使うものほど…?」
妙な言い回しだ。
それじゃまるで…
「さーて、カイル!勝負の内容だけど…」
「いつも通り『鬼ごっこ』でいいだろ。俺たちの勝負は、ガキの頃からずっとそれだ。」
「良いのか?それってカイル、一回も勝ったこと無いだろ?」
鬼ごっこ。当然魔法を使った特殊なものなのだろうが、それでも単純な運動系の勝負に思える。それでカイルが一度も勝ったことが無い?もしかしてこの人も高い運動能力の持ち主なのか?
審判の職員が到着し、ドーラさんが勝負の内容を伝える。その勝敗の判定基準は…
「制限時間は3分。カイル・ヴァルハの魔法、もしくは体の一部がドーラ・エンタリア・ヴァルハに触れた時点でカイル・ヴァルハの勝利。時間いっぱい逃げ切ればドーラ・エンタリア・ヴァルハの勝利とする。」
「な、何だって!?いくら何でもそれは…」
カイルに分がありすぎるのでは無いか。そう思っていたが、周りを見ても誰一人として疑問に感じていなかった。
当のカイル本人も、その宣告された勝敗決定条件を真剣にかみしめていた。
「カイルさんの勝率は、これでやっと1割程度でしょうか…」
「1割あれば多い方。ドーラさんに、あの弟が届くとは思わない。」
それは魔法感知や戦闘の危機管理能力に長けたセルエナの言葉と、同じ生徒会のフローアさんの言葉。
「セルエナは知ってるのか?ドーラさんの強さを。」
「知っているなんてものではありません。去年からこの国の魔法学校に通っていれば、嫌でも耳にした情報です。」
そして彼女のしゃべりをかき消すように、
「模擬戦、開始ッ!!!」
審判の合図が高らかに響き渡った。
先手を取ったのはカイル。
ドーラさんの周辺に罠魔法をふんだんに張り巡らせている。驚くべきはその速度。開始と同時に身体強化魔法で脚力を底上げし、ドーラさんの周りを取り囲むように高速で魔法を仕掛ける。
「速い…!」
「恐らく目的はドーラさんを牽制すること…地上空中問わず張り巡らした魔法によって彼女の動きを制限しようと…」
「このまま近距離戦に持ち込めれば……」
セルエナの読み通り、一通り罠を張り巡らせたカイルはドーラさん目掛けて加速する。発動する場面を見ているので回避は出来るだろうが、それでもこの罠の檻から抜け出すには、加速したカイル以上の速度は出せないはず。それでもカイルは油断しない。正面突破のフェイントを掛けて、冷静に彼女の背後を取った。
カイルの手が、ドーラさんの腕に触れる…
事は無かった。
「……ッ!?」
突如として巻き上がった巨大な火柱にカイルは大きくよろめき、体勢を崩す。
「あれだけ丁寧にやられりゃ、アタシも一つ二つは仕掛けるよなぁ…罠魔法!!!」
同時発動されていた風魔法が、火柱を巻き込んでカイルを飲み込む。寸前で水魔法で防ぐのが見えたが、カイルとドーラさんの距離は再び振り出しに戻されてしまった。先を見通す戦闘のセンスが、カイルを上回ったというのか。
彼は初撃から自身の得意分野の近接ではなく、それの成功率を上げるための布石として罠魔法を張り巡らせた。その後も、それに頼ることも無く、目で追いかけるのがやっとという高速でフェイントを掛けて、完全に彼女の背後を取っていた。
それも予測して、魔法を当てたというのか。しかも単純な魔法であれだけカイルが吹き飛ぶ威力。これが副会長の実力か。
「…ちっ!!!クソがぁぁぁ!!!」
頭に血が上っているようにも見えるが、彼は正確に植物系の拘束魔法を飛ばしている。それでも、彼女の尾を引く美しい髪にすらかすりもしない。
やがて身体強化魔法も切れ、連続で発動できる魔法の限界値に到達、インターバルの瞬間だった。
「前よりずいぶんと長く魔法が使えるようになったな。姉ちゃんは嬉しいぞ!」
これだけのカイルの魔法の猛攻。俺たちのクラスメイトなら確実に全員が捕縛されている。それを全く意に介せず、圧倒的火力でなぎ払う。姉弟喧嘩なんてレベルじゃ無い。これじゃまるで大人と子供だ。
「でもまだまだだな。勝てたら昔借りっぱなしで壊した人形を弁償しようかと思ったけど、まだまだ。」
彼女が地面に手をついた。
そして感じる、尋常では無い魔力量。
それらはカイルの周辺の地面から、決壊寸前のダムのように押し寄せてくる。
「最後に姉ちゃんからアドバイスだ…」
「くっ……うらあああああああああ!!!」
最後の渾身の火炎魔法も、彼女に被弾すること無くかき消される。
カイルの周りの魔力は、やがて一点に集中し、
「罠魔法ってのは、こうやるの。」
発動した。
「『樹木錬成 ユグドラシル』」
瞬く間に視界を覆った巨大な樹木。それは俺とセルエナがオリエンテーションの日に遭遇した化け物よりも、遙かに高く、太く。
その巨大な木の幹の急激な成長にカイルは飲み込まれ、その行動を封印された。
その決着まで、時間にして1分もかからなかった。
圧倒的力の差を見せつけ、そして…
「終了!!!ドーラ・エンタリア・ヴァルハ、被弾接触無し!!!勝者、ドーラ・エンタリア・ヴァルハ!!!」
彼女の勝利で、模擬戦は終了した。
「いやー、最初のフェイント!あれはホントに惜しかったって!姉ちゃん背筋がゾクッとしちゃった!」
終了後、大木から顔だけ出ているカイルを引っこ抜くドーラさんは、先ほどまでの強者の面影は無く、元の危ないカイルの姉に戻っていた。
「よく言うぜ…全く本気じゃ無かったろ。」
「そんなことないって!さっきも言ったでしょ?強くなったね、カイル!」
「…ちっ。ホントうぜーな。」
彼の頭をさするドーラさんの手を振り払わないのは、敗者なりのけじめなのだろうか。一撃とは言え、あれだけの攻撃を受けても即座に対応していた彼の戦闘センスは、やはり天才級だった。
「それにしても、すごい威力の火炎魔法だった。風の攻撃魔法と合わせて、あそこまで強力なものになるなんて…」
「…君、魔力感知は得意では無いでしょう?」
今後に生かそうと分析をしてみた俺のやや下から、フローアさんが訪ねた。
「え?」
「あの魔法を見て、攻撃魔法と言った。まあ無理も無いです。あの人は、センスの怪物ですから。」
「えっと、それってどういう……」
「今の模擬戦で、ドーラさんは一度も攻撃魔法を使用していない。あの弟に向けた魔法は全て、罠魔法。」
「な…!?」
「フローアさん、やはりそうだったのですね。」
馬鹿な。
そんなはずは無い。
第一罠魔法なら、カイルをあれだけ吹き飛ばしたのはおかしいはずだ。罠魔法にあれだけの威力が出せるはずが無い。
あの威力の魔法は、俺たちのクラスでも見たことが無い。俺が適性を使っても、打てるかどうか分からないレベルの威力だった。
「…光の巫女。あなたは様々な通り名で呼ばれていた。その中に、魔法の神に選ばれた、なんて表現は無かった?」
「は、はい…確かにありました。」
「言い得て妙な表現だと思う。光魔法は今のところあなたにしか使えない。文字通りの意味でわかりやすい。」
「フローアさん、俺全く話しの流れが分からないんですけど…」
「彼女の適性は…」
『属性魔法適性』
小さな先輩はそう答えた。
「属性、魔法……!?」
「ドーラは始祖の魔法である光魔法と、禁術である闇の魔法を除いた、属性のある魔法全てに適性を持っているんだ。」
あり得ない…
魔法は基本的に何らかの属性を持っていることが鉄則だ。それはこの道を目指して最初も最初に知った知識だった。
「それって、じゃあ…言い換えるならあの人の適性は……」
「『この世の魔法全てを扱う適性』一介の罠魔法が攻撃魔法と見間違われるのも無理は無いよ。それだけの魔力を、罠魔法ですら発動してしまうんだ、彼女は。」
「ドーラさんは私たち生徒会の任務の中でも、一番前線に立つことが多い人。最前線を圧倒的センスと適性で駆け回る…」
目の前でデレデレと弟を愛でる、ドーラ・エンタリア・ヴァルハという女性。
「光の巫女が『魔法の神』に愛された女性なら、彼女はさしずめ…」
それは、ウィザードとして、全てを束ねる素質を持った女帝の姿だった。
「『魔法』に愛された女性って所かな。」




