会遇
今日の全日程が終了し、生徒が思い思いの時間を過ごす中。俺とカイルとセルエナは生徒で賑わう食堂へと来ていた。
ここの食堂は生徒なら無料で利用でき、かつ料理もおいしい。漁村育ちの自分からすれば、少し魚介に新鮮さが足りないのが残念だが、それでも学校の食堂にしては十分すぎるほどのクオリティのものだった。
生徒で埋め尽くされた数々のテーブルの一つで、俺たちも食事にありついていた。
「妙だと思わねえか?」
食事中、カイルがパスタを巻きながらつぶやくようにして訪ねてきた。
「…何ですか急に。生麺のパスタでも入ってたんですか?」
口元をナフキンで上品に拭く仕草から、育ちの良さが分かるセルエナ。と言っても、どうやらカイルも階級のある家柄出身のようなので、食事のマナーは最低限守っている。入った当初は、二人からテーブルマナーを指摘されながらの食事がほとんどだったが、今となっては俺も平均レベルにはちゃんとしているつもりだ。
「…俺は去年からこの学園に入り浸ってるってのもあるが、普通1年目のこの時期から実戦形式の授業をやると思うか?少なくとも、去年はやってなかった。」
「確かに、私も入学前に聞いていた話しと少し違うとは思っていました。」
「そうなのか?俺は全くそういうのは聞いていなかったから…」
「まだ海水浴のシーズンも始まってないってのに、連携を取らせるようなメニューばっかりだ。」
フォークで具材をいじりながら、ブツブツと喋る。確かに少し焦燥な印象もとれないわけでは無かったが、俺が都会の授業の流れに慣れていないだけかと思っていた。だがどうやら同じ事を二人も少なからず思っていたようだ。
「現に今日のメニューだって、ろくに連携も取らずに突っ込んでくる奴らばかりだった。そりゃ俺たちが勝っても不思議はねえ。何でか知らねえが、俺たち全員三人で一セットみたいな扱いだからな。毎回そうされてりゃ、当然連携もとれてくる。」
「仕方ありませんよ。ヴァイラ様が来るまでの短時間とは言え、ウロヴォロスの刻印から生還したのですから。学園としても、我々を戦力の一部として見ない手は無いはずです。」
ウロヴォロスの刻印。そう呼ばれる隣国の刺客は、一ヶ月前のオリエンテーションに突然として現れた。圧倒的魔力量に卓越した魔法、そして何より、人を殺めることに一切の躊躇の無さ。凶悪なそれを目の当たりにして俺たちが生還できたのは、セルエナの魔法があったからだった。
「結果として仲のいい人達で組めてるのは俺は助かってるけど、他の人たちは、毎回組み合わせが変わってるから、連携取るのは難しそうだよな。」
「ま、ウチらには関係の無い話しだけどな!」
俺たちの会話に、珍しい快活な女性の声が混ざってきた。
「…お前らは姉弟だろうが。連携もクソもねえっての。」
「うむ。だが姉上に合わせて動くのは、以外と骨が折れるのだ。拙者としては、もう少し冷静な展開運びをしたいものなのだが。」
「ジンもチサキも今日のメニューで勝利していたな。」
「当たり前だ!あの程度の内容でウチらが音を上げるかっての。」
「隣座るぞ」と、女性が隣に。「失礼する」とカイルの隣に大柄の男が座る。
チサキ・ケンザキとジン・ケンザキ、二人は遙か遠く極東の島国よりやって来た姉弟だ。刀と呼ばれるこの国では珍しい片刃の剣と、薙刀という大ぶりの刃を帯刀している。異国からやって来た二人だが、姉の大雑把で周りにたやすく溶け込むコミュニケーション能力の高さと、思慮深い弟の組み合わせは、クラスの雰囲気をとても良い方向に向けてくれている。
「…今日のそれは何だ?」
「む、これは納豆という豆だ。我らの国では庶民的な付け合わせの一つでな。」
「ま、豆なのにそんなに粘っこいのか…気味が悪いな……」
「見た目は悪いけど、この豆はウチらの国では畑の肉って呼ばれるくらいには栄養価高いんだぜ?ほれ、シュティムも食ってみろよ。」
「じゃ、じゃあ、一口だけ。」
「!?」
俺は隣に座るチサキから直接口に納豆を運んで貰う。確かにねばっとしているが、独特の風味と後味が癖になりそうだ。たしかにおいしい。
「ち、ちちち、チサキさんっ!?い、いったい何を…!?」
「あ?何ってシュティムに納豆食わせてやっただけだろ?で、どうだ?うまいか?」
「あ、ああ。米ととっても合いそうな味だな。」
「おお、分かってるじゃねえか!もっと食え食え!お前もカイルも細いったらありゃしねえ!」
「姉上、食事の場ではしたないですよ。」
俺とカイルにどんどん食事を勧めるチサキに、それを止めるジン、なぜか慌てふためいているセルエナと、二人が来てから食事の場が一気に賑やかになった。
「ああ、授業と言えばウチらも見てたぜ、今日のあんたらのメニュー。」
「ああ。見事な連携であった。各々が自身の役割を完全に理解している動きだ。主らのチームと当たるのが楽しみだ。」
「特にカイル。ウチはあんたと一回サシでやり合いたいね。」
声色は笑っているが、その目は狩人のそれに豹変していた。自然と彼女の腰に据えられている刀に目線が行く。
「…やだよ。チサキは武器持ち、俺は基本的に素手だ。間合いに入った瞬間が勝負のタイミング。それにあんたの魔法は……」
「そういうことじゃ無いんだよ。サシでやり合うってのは勝ち負けよりも、相手の力量をより濃く感じるためにやるんだ。ウチはあんたの地力はこんなもんじゃ無いと思ってるんだが?」
一瞬二人の間に沈黙が走る。にらみ合い、というよりは、カイルが珍しく返答に困っているように見えた。
「……買いかぶりだ。俺は確かに毎試合ごとに自分のベストを尽くしてる。」
「そうかい。あんたがそう言うんなら、そうなんだろうね。」
「姉上、そろそろ行きましょう。我々がいつまでも邪魔してしまっては迷惑だ。」
「はいよ。それじゃねお三方。良き食事時を~。」
二人は食事後の予定を話し合いながら、食道を後にしていった。
「あはは、本当にストイックだけど、仲の良い姉弟だね。」
「しゅ、シュティムさんはああいった女性が好みなのですか…?」
「そうだなぁ、俺は長男だったから、確かに姉って存在に憧れはあるかも。」
「…いいもんじゃねえぞ、姉なんて。」
カイルはため息を一つつくと、パスタを頬張る。ある程度咀嚼して飲み込み、水を飲もうとしたタイミングで。
「カイルぅぅぅ!!!」
「グギッ!?」
カイルの背中から、見知らぬ女性がカイルに抱きついていた。と言うよりは絡みついていた。
「会いたかったぞーカイルー!あ、また細くなったんじゃ無いか?ちゃんと三食ご飯食べてるか!?」
「お、おい…!!!やめ……!」
「いやいや答えなくても良いからな!アタシはカイルのことなら何を犠牲にしたって何だって叶えてやるからな!!!」
「今度は何なんだ…」
カイルは絡みつく女性を必死で振り払おうとしているがなかなか女性も離れない。よく見ると、女性の耳にはカイルと同じ耳飾りが付いていた。
「ああもう!!!離れろクソ女!!!」
「あー!?ひどい!アタシにそんなこと言うなんて!一緒にお風呂にも入った仲なのに!!!」
「ばっ、お前っ、それは……!」
カイルは恐る恐るこちらに目線を送る。衝撃のカミングアウトを受けたが、カイルには友人としての最大限の配慮を送ることにしよう。
「え、えっと、カイルも年頃だし、ね?」
「……けだもの。」
「ちげぇっての!!!」
カイルは女性をやっとの思いで振り払うと必死に弁明を開始した。
「姉貴だよ姉貴!!!俺の!家族!!姉ちゃん!!!」
「あ、ああ。そういうことか。俺はてっきり、カイルは少し先に大人になったものかと。」
「え!?そうなのかカイル!!!お姉さん聞いてない!!!」
「……不潔。」
「女どもはちょっと黙ってろ…!!!」
乱れた服を整え、横の女性を睨みながらカイルは答えた。
カイルのお姉さんか。姉が居ることは聞いていたが、まさかこんなに美人な女性だとは思わなかった。どことなく雰囲気はカイルに似ているが、彼よりもさらに堂々として、威厳に満ちあふれた顔つきをしている。
「あっははは!!!食事中に騒がせて悪かったな!最愛の弟が見えたもんで、ついはしゃいでしまった!!!」
「ちっ。しばらくいねえって聞いてたから油断してたぜ。仕事は終わったのかよ。」
「ああ。ばっちり終わらせてきたぞ。収穫もたくさんあった。」
「一口ちょうだい」とカイルのパスタを催促する女性。カイルも嫌そうな表情こそ見せるが、それに応じている辺り、本当に嫌いなわけでは無いのだろう。
「改めて、ドーラ・エンタリア・ヴァルハだ!弟がいつも世話になってるな!」
「エンタリア…!?」
「エンタリア?」
確か、カイルの名前にそんなミドルネームは無かった気がする。ファミリーネームとファーストネームの間にミドルネームが入るのは基本的に称号や身分によるものが大半だが、エンタリアというミドルネームは聞いたことが無い。いや、聞いたことはあるが、それは。
「エンタリアって、この学園の名前…」
「し、知らないんですか、シュティムさん!?」
「え、ああ、うん。」
それにしても。
先ほどからどうにも食堂が騒がしい。注目がこちらに向いている。
それは、目の前にこれだけの美人がいれば少しは目を引くかも知れないが、ここまでざわつくほどの注目を浴びることがあるだろうか。
「無理もねえよ。シュティムはこの学園を昔から知ってるわけじゃねえし、系列の魔法学校に通ってたわけでもねえからな。知らなくて当然だ。」
「な、なんだよカイルまで…」
「エンタリアのミドルネームを許されるのは、この学園から実力を認められたトップクラスのウィザードのみ。現在その名前を名乗るのが許されているのは…」
「アタシと、ここにいる他二人の生徒会メンバーだけだな!」
いつの間にか、彼女の後ろに二人の生徒が立っていた。
「ドーラさん、勝手な行動は困ります。会長のスケジュールに支障を生んでしまいます。」
「大丈夫だよフローア。家族団らんは尊いもの。彼女にも癒やしの時間は必要だから。」
「おお!さっすがシルヴァは分かってるなー!」
「今回の遠征が予定より二日も早く終わったのは、君の活躍によるところが大きい。この程度の配慮、生徒会長として当然だよ。」
めがねを掛けた小柄な女性と、平均的な身長のイケメンが一人。三人に共通しているのは、全員がそろいの青いマントを羽織っていること。
「名前を聞いたときには驚きました。まさかあなたが副会長だったとは…」
「そういうあんたはルートリアちゃんだな?光魔法の女の子。時期生徒会メンバーに是非って声がよく届いてるよ。」
「…私にはもったいないお言葉です。」
「謙遜するなって!この前のでっかい木の化け物の時も、気絶するまでよく持ちこたえたよ!ちなみに、あのときあんたを回復室まで運んだのはアタシな!」
「そうだったんですね。ありがとうございます。」
さすがセルエナだ。生徒会にもその実力は届いていた。もっとも、彼女はすでにこの国にとっての重要な戦力として度々話しが来ているようだった。それを学生だからと言う理由でヴァイラさんが守ってくれているのだ。
「そして君がカイル君か。うん、やっぱりドーラに似てるね。」
「だろだろ!?めっちゃくちゃイケメンに育ってくれてお姉ちゃん嬉しいぞ!」
「全然嬉しくねえっすよ、会長。会うのは初めてっすよね。」
「ああ。でもまあ、君のことはかなり知っているんだ。理由は、まあ、分かるよね…」
「ホント、姉貴がいつもすんません……」
カイルもカイルで、生徒会長から認知を貰っていた。再度実感するが、やはりこの二人は優秀なのだ。俺は自分の実力に少しの不安を覚えた。
この二人について行っているだけでは無いのか。
楽な方に自然に行ってしまっているのでは無いかと。
嫌な考えというのは一度巡ってしまうとどんどんハマってしまうものだ。
でも、いまはそれよりも……
「……」
「えっと…」
「………」
「…あの。」
「…………」
「俺に、何か…?」
「…弱い。」
「え。」
はっきりと言われた。面と向かって。ストレートに。弱いと。
「あなたからは、ドーラさんを越える魔力を感じられない。あのときウロヴォロスの残滓から感じられた強大な魔力を感じられない。」
「そ、それは…あのときは光の、セルエナの魔力を貸して貰ってましたから…」
「そんなことは分かっている。それを差し引いても、今のあなたは弱い。私の感知でも分かる弱さ。けれどあのとき感じたのは確かにあなたの魔力…不思議。」
弱い弱いとつぶやきながらペタペタと俺の顔や体を触っている。
二つ結びの小さな少女はぱっと見では年下のように見えるが、彼女も生徒会のメンバーなのだろう。強力なオーラを感じる。
「あなた、適性は?」
「き、基本的には魔法持久適性です。」
「魔法持久…高威力の魔法を出せる適性では無い、むしろウィザードとしては弱い…でも、基本的にはって?」
「えっと、言うなれば火事場の馬鹿力適性というか、魔力が底を尽きるときに、自分の生命力を代償に魔力を精製できるっていうもので……」
「聞いたことの無い適性…」
「ふ、フローア様?少し近すぎでは…」
「あなた、この後私の部屋に来て。」
「「!?」」
とんでもない言葉を突きつけられた。
彼女のこの一言は、俺たちの方へ食堂の注目が向いているので、食堂全体に聞こえることとなる。あっという間にどよめきやざわめき、中には悲鳴や俺に対する殺害予告まがいの叫び声まで。賑やかと言うか、もはや騒々しいというレベルだった。
「おお、大胆だなフローア!」
「モテるな、シュティム。」
「そそ、そこの姉弟はちょっと、黙っててくださいっ!」
「…なんでお前が焦ってんだよ、セルエナ。」
「い、いやフローアさん!この学園は、男女間の寮移動は原則禁止じゃ…」
「私は生徒会の権限で一棟建物を貰っているからその限りでは無い。私はあなたに興味があるの。」
「そんな無茶苦茶な…」
俺の手をぐいぐいと引っ張る彼女を見ていると、状況をどうにかしなければと言う思いと共に、妹に遊びに行こうと急かされている懐かしい光景を思い出して少しほっこりしてしまった。
「フローア、生徒会の権限をそんなことには使わせないし、後輩を困らせるのは先輩としていただけないよ?」
俺を引っ張っていたフローアさんが、会長によって子猫のようにひょいと持ち上げられた。
「…会長、私はただ、自身の知識欲を満たそうとしているだけです。私利私欲で権限を使ってはいますが、決してやましい気持ちはありません。」
「うん、正直でとってもよろしい。君のその裏表の無さにはいつも助かってるけど、少しは遠慮を覚えよっか。」
「……善処します。」
会長から地面に下ろされて、服を整えながら「情報提供する気になったらいつでも私の所に来て」と言われた。
別に隠しているわけでは無いのだが、なんだかこの人について行くと命とか色々危なそうな気がする。
「さ、ドーラ。僕たちは騎士の皆さんへ報告へ行くけど、ドーラはまだここに居るかい?」
「んー、まだまだカイルと話し足り無いけど、今回ばっかりはちょっと騎士に物申したい事があるからな。アタシも行くよ!」
生徒会というのは、騎士にも直談判できるのか。それほどの権限をこの学園から与えられた存在だと言うこと。それはつまり、それだけで実力の証明になる。
「…姉貴。」
ふと、カイルが立ち去ろうとするドーラさんを呼び止めた。
「どうした?マイスイートブラザー。」
「騎士への報告ってのは、今すぐ行かなきゃいけねえのか?」
「な!?まさかお姉ちゃんがいなくなっちゃ寂しいから!?アタシを引き留めたって事!?それはつまり、弟からのOKサインってこと!?」
この人はあれだ。実力はあるのかも知れないが倫理的に人生やり直した方が良いレベルかも知れない。なんだ弟からのOKサインって。それは世間的にNOサインだ。
「…最後に姉貴とタイマンでやり合ったのは二年前。姉貴がここに入学する直前だ。」
カイルは立ち上がると、背中越しにドーラさんに語りかける。彼女は振り返っているが、カイルはその顔をまだ見ていない。
「あれから二年経った。俺も、俺にしか無い魔法の戦い方を追求してるつもりだ。」
「なるほど…つまりカイル、あんたが言いたいのは……」
二人が向き合い、似通っては居ても確かに別々の強大な魔力がぶつかり合う気配がした。
俺でも感じ取れたのだ。この場に居る全員が、今の魔力の気配に気づいているだろう。
にらみ合う二人。だがその表情はどちらも興奮に満ちあふれていた。
「ちっと面貸せや、姉貴ぃ…!!!」
「上等。久しぶりのじゃれ合いといこうか…!!!」