光の運命
春の陽光がカーテン越しに柔らかな光を届ける。俺は窓を開け放ち、深呼吸を一つ。新鮮な外の空気と揚げ物の匂いが充満した室内の空気がごちゃ混ぜになって、不快ともなんとも言えない。
「カイル…共同生活において大事なこと教えてやる。共用の場では匂いの強い食事は控えた方が良いと思う。」
「ああ?俺が食いたい、だから食べる。それでいいだろうが。」
「自己中の権化かよ……」
数日前に重傷を負ったとは思えない回復速度だ。ミス・アンドラの強力な回復魔法で治癒力が飛躍的に向上しているとは言え、カイルは致命傷こそ無かったものの外傷はそれなりに深かったはずだ。
そのことを彼に尋ねたのが俺の意識が戻って最初の日。彼曰く、ミス・アンドラに掛けられた魔法に追加して自分自身でも回復魔法を使っていたらしい。
俺はそんな芸当出来なかった。再び魔力を使い切り、適正を使用した限界突破の魔法を倒れ込むまで使用した反動は俺を二日間の昏睡状態という結果に導いた。
前回も一度意識不明になっていたとは言え、昏睡状態、しかも二日間も意識を飛ばしていたのは初めてだった。
それもこれも、全ては。
「失礼します。」
男二人の会話からは到底出ないであろう声色が、部屋のドアが開くと同時に聞こえてきた。
「…なんだ。心配して見舞いに来てみれば、案外元気そうですね。」
「どの口が言ってやがんだ、セルエナ。テメーがあのウロヴォロスと対面したときも普通に魔法使ってりゃ俺の怪我は無かったんだぞ?」
「ばっ…!?」
カイルのこの言葉に悪意は数パーセントほどしか含まれていないだろう。口調は乱暴だが優しいヤツだ。この数日でそれはいやというほど分かっている。だがこの発言はデリカシーのかけらも無い!セルエナは恐らく自身の光魔法という魔法適性にコンプレックスを抱いている。全ての魔法の祖であり、何人たりとも真似の出来ないその魔法は様々な非難や畏怖の対象になってきただろう。事実あの夜もセルエナは自身の魔法を『持ちたくも無かった才能』とまで言っていた。その彼女にこの言葉は…
「あなたの心配はしていません。私はシュティムさんのお見舞いに来たんです。」
「はぁ!?」
彼女の口から飛び出てきた言葉は、意外だった。カイルの突き刺された言葉に対し、再び差し換えしている。いや、二人が言い争っているのはあのオリエンテーションの時から変わらないが、それでも今回は状況が違う。
「何だぁ?急に自信満々になりやがったな。ウロヴォロスの前では日和って光魔法で攻撃すら出来なかったのになぁ!?あのときテメーが攻撃を光魔法でやってりゃなあ!」
「確かにそうでしたね。ですから今度はきちんとあなたを囮にして逃げることにします!」
「おーおーそうかよ!婆さんから聞いたぜ?二日前、シュティムがここに運ばれてくる直前に光魔法で魔獣を攻撃したらしいじゃねえか。自分で適性も話せなかったのにどういう心変わりだぁ!?」
「どうやらミス・アンドラの回復魔法に不具合があった様ですね!減らず口という精神異常が残っているじゃありませんか!」
先ほどまで静かだった回復室が一気に賑やかになった。彼女は俺の意識が戻ってから毎日見舞いに来てくれている。そのタイミングでいつもカイルが居なかったから、今回のこの二人の言い合いは何だか久しぶりに見るような気がした。
「…二人とも、仲良いんだな。」
「「よくねえよ(よくないです)!!!」」
…うん。息もぴったりだった。
「ひっひっひっ。この二人、まさかここまで言い合えるほど対等だったとはねぇ。」
「…!ミス・アンドラ。」
寄りかかっていた窓の向こうから、しわがれた声が聞こえてきた。窓の外を覗き込むと、貫禄のある老婆が、これまた貫禄のある杖を使い、花壇の花に水をやっていた。
「カイルは、昔からここで遊んでおったが、姉の付き添いと言うだけじゃったからな。同年代の友人なんぞ一人もおらんかった。この子がここまで楽しそうに誰かと会話しとるのを見るのは、初めてやもしれんなぁ。」
「そうだったんですね…」
「あやつにとって、今は主らが唯一の友人なんじゃろうよ。」
「あはは、何か、ちょっと重たいですね。」
俺もカイルには何度も出会って数日の仲だが、もう既に何度も助けられている。俺にとっても、彼はこの学園の大切な人の一人だ。
「じゃが、私が一番驚いて居るのはセルエナのこと。」
「セルエナ?」
相も変わらず彼女はカイルの煽りを多種多様な切り口で返している。言い争うほど仲が良いのは良いことだと思うが、元々はこんなに言い合うような子では無いのだろうか。
「幼少期からこの学園の系列に通っておったからな。あの子も昔から何度か見たことはあった。じゃが数年前からあの子の周りでいろいろと重なってな。責められることは何も無いのに、あの子は気負ってしまった。」
それは彼女が光魔法の適性を明かしてこなかった事に何か関係があるのだろうか。だが、そんなことを聞いて良いのか?個人の問題に首を突っ込むのは、少し気が引ける。と、一瞬思ったが、俺は二日前に思いっきり首を突っ込んでいた。特大のブーメランが反射してきて思いもよらず心に傷を負った。
「昔会ったあの子は、とても明るくて天真爛漫な娘…それこそ、光の妖精のようでな。その面影は大きくなるにつれて消えかけていたが、今はその輝きを再び取り戻しつつあるようじゃな。」
「そうなんですか?」
「ああ、おぬしと共に、あの闇の魔獣を食い止めた日からじゃな。どうやらおぬしの何かが、あの子の心のとげを抜いたらしいな。」
「そんな大それた事は…」
俺はただ、彼女に自分の魔法適性がうらやましかっただけだ。彼女がウィザードになれば、恐らくこの国の最高戦力の一人になれる。それは結果的に多くの人の命を救うことになるはずだから。自分に持ってない物を持っている彼女が悲しんでいる様を、俺は見たくなかった。
「…カイルのこともある。二人にとっては、おぬしはまさしく『光』じゃな。」
「…それはセルエナの魔法ですよ。適性の話しじゃ無い。文字通りの意味です。」
「ひっひっひっ。謙遜するんじゃな。まあそれもまた青春よの。」
「それはそうとして次こそはアンちゃんと呼んでおくれ」と聞こえたとき、ミス・アンドラの姿は花壇には無かった。本当に不思議な人だ。話せば話すほど、謎が深まっている。だがどれだけ距離を詰めたとしてアンちゃんとはちょっと呼べないと思う。
「全く…本当にうるさい人なんですから……」
「お、じゃれ合いはもう終わったのか?」
「あなたまで…もう余りにうるさいので少し黙って貰いました。」
彼女の後ろでは見舞いの果物を口に詰められ物理的に黙らされているカイルの姿があった。口の中を一杯一杯にされているだけなのでどうやら息は出来るようだが、相当苦しそうだ。
「…セルエナって魔法で解決できない事は物理でなんとかするタイプ?」
「何ですか、人を魔法しか使えない野蛮人みたいに…」
「い、いや、今ミス・アンドラから昔の君のことを少しだけ聞いて。天真爛漫な女の子だったんでしょ?」
いやそれにしたって今の聞き方は俺もデリカシーに欠けていた。どうにもカイルのペースの余波に巻き込まれてる感じがする。しかし俺が謝罪しようとするよりも先に、彼女の方から口を開いてくれた。
「…天真爛漫、かどうかは分かりませんが、魔法が好きな普通の女の子でした。」
「え…」
「意外でしたか?私は魔法が大好きなんです。ただ自分の魔法が嫌いだっただけで。」
そのまま、彼女は自分の事を話してくれた。兄弟のこと、昔の友人のこと、そして光魔法のことを。
「———私はこの適性を毒だと、呪いだと、ずっとそう思って生きてきました。私の事なんてお構いなしに与えられた迷惑この上ない物だと。」
語る彼女は、昔を思い出す様に喋る。時折言葉に詰まりながら、言葉を紡ぎながらゆっくりと。
「でも、それは魔法の話です。あなたは二日前、あの魔獣と対峙したときに、私の魔法では無く、私自身を頼ってくれた。だから私はあのとき光魔法が使えた。あのときあなたが、シュティムさんが私の魔法を頼っていたら、私は光魔法が使えなかったかも知れない。」
彼女は、とても輝いていた。
「帰着点が同じでも、過程が重要なことだってあるんです。とにかく私は、あなたのお陰で大切なことが心の中に湧き上がったんです。」
それはさながら、彼女の扱う特別な魔法のようで。
「私もあなたと同じようになりたい。自分の魔法と向き合って、今の自分に出来ることをしたいって。」
やはり彼女は、光の巫女だった。けどそれは彼女の扱う魔法が光魔法だからと言うわけでは無い。
「少しずつでも、一歩ずつでも、私を私と認めてくれたあなたに、追いつくために。」
その笑顔が、とても輝いて見えた。
俺には眩しすぎるくらいの、その輝きに。
「すぐには無理でも、いつかきっと、あなたのように堂々と言いたい。私の適性は光魔法なんだって。」
「…そっか。大丈夫、セルエナなら絶対言える!俺が保証してやる!」
「ふふっ、頼もしいです。」
「いちゃついてるとこわりぃんだけどさ…俺がいること忘れてねえかぁ?!」
ふわりと笑う彼女の後ろから、カイルが松葉杖をつきながら現れた。あれだけ口に詰め込まれていた果物は全て飲み込んだのか?しかも先ほどの食事も、突っ込むのは何か違う気がしていたが、食べ方がやたらとキレイだ。種や皮はキレイに取り除かれているのに、それに少しも実がついていない。
…あの状況から種と皮だけ取り除いて食べたの?!
「ああ、そういえばいましたね。認識した上で存在を無かったことにしていました。」
「それ単に忘れられるよりムカつくっての分かってて言ってんだよなぁ!?」
「ま、まあ落ち着けよカイル!セルエナだって悪気があったわけじゃ…」
「実のところ悪気しかありませんでしたけど。」
「セルエナさぁん!?」
俺の後ろからカイルを挑発するセルエナ。カイルはもう表現するのが難しいレベルで顔から怒りがあふれ出ていたが、すぐに収まると俺のベッドに腰掛けた。
「…ちっ。その女はマジでムカつくが、初日よりマシな顔になってんのが何よりムカつくんだよ。マジでシュティムと何があった。」
「それは…」
「秘密です。あなたには教えません。」
彼女は自分で乗り越えようとしているのだ。自分の背負った物を自分の力で飼い慣らそうとしているのだ。俺はその決意の後押しをしただけに過ぎない。彼女の運命は、彼女にしか動かせない。
それは俺も同じ。
ミス・アンドラは言っていた。俺は二人の光だと。
正直自分自身がそんな大それた物になれているのか甚だ疑問だが、それでも俺はこの二人とならこれからも関わっていきたいと思っていた。
まさか新天地で早速友人が出来るなんて、思いもしなかった。少しだけ、二人の言い合う姿が皆に重なって見えた。
俺はその皆の過去を見ながら、笑って二人の方へと歩み寄る。
「この女マジでどうにかならねえのかよシュティム!」
「この人と友人で大丈夫なんですかシュティムさん!」
「あっはは!皆ホントに仲良いな!」
「だから、よくねえ(よくないです)!!!」
第二章
Shiny Destiny-魔法に愛(毒)された少女-fin
To be continues