嫉妬(ジェラシー)
嫉妬
その少女は、笑顔が素敵な少女だった。
昔から人なつっこく、良家の令嬢だと言うことを相手に感じさせないその性格は、
誰にでも分け隔て無く接することの出来る、彼女の魅力だった。
とある名門の貴族一家に長女として生まれたその少女は、
両親や二人の兄からもかわいがられ、
さらには使用人にまで気軽に話しかけに行き、その仕事をねぎらい、時には困らせていた。
自由奔放、まさに妖精のような少女を皆が愛し、
また彼女も、そんな皆が大好きだった。
そんな少女が魔法というものに初めて触れたのは、兄達の修練を遊びの中で偶然見つけたときだった。
昔から、お兄様達が魔法を練習するときは危ないから近づいてはいけない、あなたもいつかは教えてあげる、そう言われ続けて、その日までまともに魔法を見たことが無かった。
その日、彼女が見たのは、ありふれた魔法。
10の子供が使う程度の簡単な炎魔法。
しかし彼女の心は、その美しさに捕らわれてしまった。
その日から内緒で、彼女は魔法の練習を始めた。
最初は家中の本から魔法の情報をかき集め、自分の中に知識として落とし込もうとした。
しかし、齢6才の少女には魔法の本は難解なパズルそのもので、
彼女が理解できたことは、
『全ての魔法は光魔法と呼ばれる魔法を元としている』
と言うことのみ。
そうだ、理解が出来ないなら、まずは全ての魔法の源を使えるようになりましょう。
料理長は言ってた、全てのお料理は良い材料を見つけるところから始まるのだと。
庭師は言ってた、毎日のお手入れ、基本的なことが全てにつながっているのだと。
きっとお兄様達も、基本から始めたはず。
なら私も、全部の基本である光魔法を使えるようになるところから始めなくっちゃ。
そしてちゃんと基本が出来ていれば、きっともっと早く、あのキレイな魔法を教えて貰えるはず。
純粋な彼女は、自分の考えをすっかり信じてしまっていた。
事実彼女の考えは正しかった。
全ての根源である光魔法を習得できれば、後の魔法の習得はそれの派生でしか無いからだ。
そう。
『光魔法を習得できれば』
少女の7歳の誕生日の日。
少女は自分の努力の成果を皆にお披露目しようと考えた。
お兄様達はどんな顔をして驚くかな、お母様とお父様は褒めてくれるかな、
そんな期待に胸を躍らせていた。
そして、その日に彼女とそして何より周りの人間が知ることになる。
セルエナ・ルートリアという7歳の少女が、魔法の神に愛されていたと言うことを。
全知全能、ありとあらゆる魔法の根源であるその魔法は、
その強大さから、人間に扱うことは到底出来ないとされていた。
その魔法を、一切の反動無しに扱うことの出来る彼女は、
まさに魔法に愛された神の申し子だった。
すぐに両親に勧められて、初等教育の魔法学校への入学が決まった彼女は、
自分の努力を回りが評価してくれていたと感じていた。
兄達もとても驚いた顔をしていたし、何より、自分にしか使えない特別な魔法と言うことが、
絵本で見たきらびやかなお姫様みたいで、とても素敵だった。
しかし…
特別な才能というのは、常に周りの目にさらされるもの。
初等教育の段階で教わる程度のことは、彼女はすでに習得していた。
というのも、光魔法が扱えれば、大抵の魔法はそれの下位互換でしか無いため、
彼女にとって扱うのはとても簡単なことだった。
初等教育を全科目満点で通過し、中等部へと難なく進学。
そこで事件は起きる。
精神的にも肉体的にも成長過程であるこの時期は、得てして不安定になりがち。
そんな時期に、自分より優れた人間、圧倒的に手の届かない存在を目の当たりにしたらどうなるか。
想像に難くない。
彼女は、周囲からの嫉妬や非難の的となってしまった。
自分の魔法のせいで、多くの人間が夢を奪われる様を目の当たりにし、
またそれを見当違いの方向から責め立てられ、学舎に居場所をなくした彼女は、
次第に、光魔法を使わなくなっていった。
こんな魔法があるから、皆から責められる。
私はただ、あのキレイな魔法をもう一度使いたかっただけなのに。
こんな魔法を使いたかったわけじゃ無いのに。
私が望んだ力じゃ無いのに。
こんな魔法、大嫌いだ。
そうして光の魔法使い見習いは、その日から、
光魔法を使うことは無くなった。
それでも彼女は素で優秀だった。
周りからの非難を結果でねじ伏せ、成績優秀者として順調に進学していった。
そしてある日、高等部の林間学校でのことだった。
周囲がセルエナの適性に触れなくなってきた頃、彼女は友人と共に肝試しの最中だった。
その最中で、彼女は友人が意中の男性に思いを伝えると言うことを聞いた。
もちろん友人として応援したい気持ちがいっぱいだった彼女は、
友人のために自分が良い雰囲気を作り出そうと考えていた。
夜の海岸、砂浜での告白を盛り上げるためだった。
少し、ほんの少しなら、光魔法を使っても良いだろうと。
異国で聞いた繁殖のために発光する虫を模した演出。
二人を取り囲むように、柔らかな光を魔法で作り出した。
それがいけなかった。
光魔法の強い魔力に当てられたその男は、獣人だったのだ。
獣人というのは人間よりも魔力耐性は強いが、その分強い魔力を感じると目が回ったり、体調が悪くなったりするという。
セルエナの友人に取り込み、その肉を喰らおうとしていた獣人は、
その未然でセルエナの魔力に大きなダメージを喰らう。
それでも最後の足掻きで友人に襲い掛かる獣人、
それを目撃したセルエナは友人を守るために、光魔法で反撃をした。
人間よりも熱や寒冷に強い種族、だから純粋な魔力の攻撃が一番効果的だと判断しての行動だった。
結果として、獣人を討伐、友人を救ったセルエナは友人に駆け寄り、抱き留めようとした。
人殺しの魔法、あなたの魔法の方がよっぽど恐ろしい
友人は、怯えた顔でセルエナに言い放った。
正しいと思ってやった行動。
それでも、全て魔法で否定される。
私のこの魔法は、他人に不幸をもたらすだけの魔法。
こんなもの、神様が与えてくれた贈り物なんかじゃ無い。
これは、悪魔が私に与えた『毒』
そしてその『毒』は、やがてゆっくりと、セルエナを飲み込んでいったのだった。




