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凡人魔法使いの成り上がり伝  作者: R-あーる-
Shiny Destiny‐魔法に愛 (毒)された少女‐
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初日終了

初日終了




結局その日、入学式は出ることなく終わってしまっていた。

回復室で治療、と言っても回復魔法で基礎回復能力を促進しただけに過ぎない。

結局は自分の体力で治療するので、疲れの度合いは変わらない。

むしろ全身の回復に体力を使いすぎて、今もこうしてベッドに横になっている。

それというのも、確かに疲労もあるが、数日間龍の背中で寝続けていた俺にとっては、ふかふかのベッドと真っ白で清潔なシーツが快適すぎたというのが大半。

眠りにつくわけでもなく、俺は日が沈むまで横になり、一日中ベッドを一つ占領し続けていた。

もう学園の照明が落とされるという時間になったとき、部屋に一人の老婆が入ってきた。


「なんだいお前さん。結局、今日一日ずっと寝ていたのかい?」


曲がった腰に、仰々しい杖、画に描いたような魔女、といった風貌のこの老婆は、この回復室を学園から負かされている人間だった。


「い、いえ。あまりに気持ちよかったのでつい…ご迷惑でしたでしょうか、み、ミス・アンドラ。」

「良いんだよ。遠路はるばる疲れているだろうから。それに私のことはアンちゃんでいいと言ったはずだよ?」

「さ、さすがにそれは…」


ミス・アンドラ。

正式名称は学園の上層部の一部の人間しか知らないらしい。

年齢も不明、本当に人間なのかも正直怪しい。

ただ一つ、彼女には天才的なまでの魔術師としての才と経験があると言うことだけが、唯一分かっている事実。

ここに連れてきてくれた先生がそう耳打ちしてくれていた。


「ひっひっひっ。さあ、そろそろ寮にお戻り。うちには基本は門限はない。だが明日からは授業が始まる。準備をしておきたいだろう?」


なんとお似合いの笑い方だろう。

まさに魔女といった笑い方をしながら、机の上の書類を整理するアンドラを見つつ、

俺はゆっくりとベッドから下り、一つ大きく背伸びをする。

こんなにゆっくりしたのは久しぶりなような気がする。


「怪我の具合はどうだい。」

「はい。おかげさまでバッチリ完治しました。」

「そりゃ良かったよ。といっても、体力はしっかり削られてるんだからねえ。今日は早めに寮で休みな。」

「ありがとうございます。大丈夫です。俺は元々漁師ですから、体力には自信あります。」


しわがれた声の気遣いに心配を掛けまいと笑ってみせる。


「そうかい、健康優良児なのは良いことだ。若い子はこうじゃないとねぇ。」


言いながら彼女は俺の寝ていた隣のベッドの方に杖を進ませる。

カーテンが引かれているので、そこにベッドがあると認識したわけではないが、

間取り的にベッドくらいしか置けないような間取りだ。まず同じ物があるとみて間違いないだろう。


「ほら、アンタもいい加減起きな。」


杖で勢いよくカーテンを開くと、そこにはやはりベッドがあった。

そしてその上には、どえらいイケメンが寝ていた。


「…門限は無いってさっき自分で言ってたろ、婆さん。」

「そういうことじゃ無いんだよ。同級生として少しはこの子を見習ったらどうだいって話さ。」


同級生。

その言葉に俺だけで無く、彼まで反応した。

のっそりと起き上がる彼の目は、とても鋭く、若干の敵意すら見える。

数秒の沈黙、視線がぶつかり、先に口を開いたのは彼だった。


「…あんた、名前は?」

「シュティムだ。シュティム・ローウル。」

「そうか。俺はカイル・ヴァルハ。外部入学だから、多分お前と同じだな。」


外部入学と言うことは、実力でこの学園にやって来たと言うこと。

その割には、アンドラのことを婆さんと呼んでいたりと、やけにこの学園に馴染んでいるような気がする。

入学式の日にここまで馴染むような事があるのだろうか。


「まったく…ほら、さっさとお帰り。あんたたち、確か同じ寮だよ。二人で青春しながら帰りな。」


青春しながらって。

俺はこの人と会うのは初対面だ。

そんな人と徒歩10分圏内とはいえ、二人で帰るのって気まずすぎないか?


「いや、気まずいだろ婆さん。俺、この人のことよく知らねえし。」


全部代弁してくれた。

思ったことを素直に言ってくれる人間のようだ。


「お前さん、そんなこと気にするような子だったかい?」

「俺じゃねえ。この…シュティム、だったか、こいつは今日が学園初日なんだろ?それなのに、いきなり素性の知れない男と一緒に帰るとか、精神的にしんどくねえかって話だ。」

「自分で自分を素性が知れない男って、あんた大丈夫かい?」

「ち、ちょっと待ってくれよ。」


この人、カイルという人間が良いやつなのはなんとなく分かった。

今も自分の事では無く、俺を気遣うが故の発言だ。

周りが見えてなければこんな発言は出来ないだろう。

同時に、

こいつは今日が学園初日、と言った。

確かに俺は学園は初日だ。

だがそれは今日入学したばかりであるから当然のことのはず。

そして、それはこのカイルも同じはずだ。


「君は今日入学したわけじゃないってこと?」

「あ?何言ってんだよ。婆さんも言ってたろ。同級生だよ俺たちは。」

「いや、それは聞いてた。でもそれにしてはミス・アンドラと親しい気もするし…」

「…ああ、そういうことかよ。」


彼は頭を掻きながら回復室のドアに手を掛け、

何かに苛立っているのか、少し乱暴にドアを開けた。


「カイルはこの学園に姉が居るんじゃ。その付き添いで入学前から度々ここには来てたからね…」

「おい、婆さん、余計なこと言うんじゃねえ。」


ミス・アンドラの言葉にはまだ続きがありそうだったが、カイルの言葉に遮られ、止まってしまった。


「ったく。おいあんた、帰るぞ。寮の場所わかんねえだろ。同じ寮なら、案内してやる。」

「あ、うん。ありがとう…」


言葉は乱暴だが、言っていることはとても気遣いが感じられる。

不思議な少年だ。

俺は彼の後に続いて回復室を後にした。

なるほど確かに。

彼の足取りには迷いが無く、時折広場や花壇を横切っている。

それは紛れもない近道を知っている証拠だ。

彼がこの学園にずっと前からいるというのは本当のようだ。


「君は……」

「カイルで良い。タメなんだろ?」


背中でそう言われた。


「…カイルは、いつからこの学園に通ってるんだ?」

「姉貴が通い始めてからだからなぁ…二年くらい前か。」

「授業とかは?ここの授業は受けてたのか?」

「…俺は生徒じゃ無かったからな。あくまでここには遊びに来てただけだ。」

「カイルの魔法は……」

「質問ばっかだな。初対面に遠慮を知らねえタイプか。」

「ご、ごめん。」


怒らせてしまったかと思い、少し黙り込む。

確かに初対面で立て続けに聞き続けてしまったかも知れない。

初めて話せた学園での同級生と言う条件が、反射的にそうさせてしまったのだ。


「…別に怒っちゃいねえけどよ。アンタみたいなタイプは、初めてなわけじゃねえ。」


怒らせたわけでは無かったことにほっと胸をなで下ろし、相変わらずポケットに手を突っ込んだまま前を歩く彼について行く。


「…俺ら、同じクラスか?」

「えっと、ごめん。今日クラスの表確認しそびれちゃって。」

「あー、そうだった。俺ら今日一日婆さん所にいたんだったな。」

「まさか初日からサボる羽目になるとは…」


なんとも情けないスタート。

クラスの人間の顔も分からないだけでなく、

知っている同級生がカイルだけという状況。

情報戦、という点で見るなら、俺は皆に一歩後れをとってしまっているわけだ。


「俺と違って、アンタは別にサボったわけじゃ無いだろ。」

「逆にカイルはサボったんだな…」

「あんなの足が痛くなるだけだ。何の生産性もねえ。お前だってそうだろ、えーと、シュティム。」


彼が首を傾けてこちらを見る。

宵闇に溶けるような黒い短髪、特徴的な耳飾りが月に軽く反射する。

彼のその瞳は、けだるさを帯びてはいたが、確かに目標を見据えているような目をしていた。


「お前もウィザードになるためにここに来た、そうだろ?そうじゃなきゃここには普通来ねえよ。」

「その通りだけど、少し違うぜ、カイル。」


俺はカイルの横に立ち、笑って補足を加えた。


「俺がなるのはただのウィザードじゃない、バロン・オブ・ウィザードだ。」

「…へえ、神話級のウィザードを目指すって事かよ。」


一瞬きょとんとしたが、彼は笑うことは無かった。

馬鹿にされるかと思ったが、案外そんなことは無かったらしい。

人によってはバロン・オブ・ウィザードという名を口にしただけで笑うか、あきれるらしいが、

彼はそのどちらでも無かった。


「笑わないんだな。」

「別に良いんじゃねえの?目指す物がある人間ってのは強い。頑張れば良いと思うぜ。」

「カイルは、何かを目指してここへ?」

「……んなもん、ウィザードに決まってるだろ。」


当然の回答だった。

だが、返答に少し間があったような気がする。

この短時間で彼がいい人だということが分かった。

だが、知れているのはその情報だけだ。


「やっぱり、お姉さんの後を追いかけてきたって感じか?」

「別にそんなんじゃねえ。世間体だよ。家のためにここに通ってるって人間は、少なくはねえと思うぜ。」


世間体で家のためと言うことは、彼もやはり高い階級の家系なのだろうか。

急に不安になってきた。

俺、今まで無礼な発言とかしてないよな?大丈夫だよな?


「それに姉貴は…俺なんか眼中にねえだろうさ。」

「え?」

「……何でもねえよ、独り言だ。ほら、着いたぜ。」


生け垣を抜けると、そこには俺たちが今日から生活する立派な寮の、

勝手口があった。


「…正面から入らないの?」

「ここの寮は門限はねえけど、学園の消灯時間で正面は閉まるんだよ。ちなみに正面入り口の場所はここの反対側な。近いような気がするだけで、実際は堀を大回りしていかねえとダメだから気をつけとけ。」


手際よく勝手口の鍵を開けながら話すカイル。

魔法学園内の寮なのに、鍵は生け垣の中に隠してあるという、なんともアナログなシステムだ。

しかし彼は本当に何から何まで知っているようだ。

きっと何度もここに遊びに来て情報を仕入れていたに違いない。

情報戦か。

これも大事なウィザードの要素の一つなんだろう。


「ありがとう。カイルと一緒じゃなかったら、普通に正面から行くところだった。」

「まあ、宿直の先輩は起きてるし、初日から遅帰りっていうチャレンジャーのレッテルは貼られるだろうけどな。」

「それでも、カイルも同罪だ。」


俺の発言に苦笑いをしながら扉を開けるカイル。

その先には宿直の先輩の心底驚いたような顔と、お前誰だと言う顔を交互にされるという面白い光景があったが、

簡単な自己紹介をして、軽く説教、と言っても後半は歓迎されていたが、それが終われば解放された。

カイルの部屋はどうやら俺の部屋から少し離れたところにあるらしく、俺は一人で自室へ向かう。

寮と聞いていたから、ルームメイトがいるのかと思っていたが、

完全個室で一人一つずつ部屋が与えられているらしい。

何という好待遇。

俺は荷物を置いて、ベッドに座り今日一日のことでも思い出す。


先生に初めて出会い、発破を掛けられた。

その後初めて同級生と出会い、少しの時間だが共に過ごした。


入学式には出られなかったが、十分濃い一日だった。

新たな出会いと始まり。


またカイルとは寮で会えるだろうが、

願わくば授業でも会いたい。

そして、彼の魔法を見てみたい。

そう思っているうちに、

俺はいつの間にか眠りについてしまっていた。


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