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凡人魔法使いの成り上がり伝  作者: R-あーる-
Shiny Destiny‐魔法に愛 (毒)された少女‐
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踏み出した一歩目

踏み出した一歩目



翌朝。

ココの言うとおり、目が覚めるとちゅんちゅんは港の大型漁船の群れに並ぶ形で停泊していた。

その大きさと言ったら。圧倒される。

腐っても元漁師だ。大きな漁船の一つや二つ見たことはあるが、港に並ぶものたちはどれも今までのそれとは比べものにならなかった。

龍であるが故に巨体のちゅんちゅん、それが小さく思えてしまうほどの巨大な漁船。

貨物船と見間違えてしまいそうなほど巨大な漁船が所狭しと並んでいる。


「これが…都会か…」


寝起きの脳が目の前の光景に追いつかず、しばらく呆然と船を眺めていると、


「お、起きたっすか?いま上陸の手続きが済んだからもういつでもいけるっすよ。」


ココが波止場の上からこちらに向かって声を掛けてきた。

俺はちゅんちゅんの首を伝って上陸する。

記念すべき王都での一歩目は、ずっと動き続ける龍の上から不動の陸地へ踏み込んだ事による、ふらつきからの転倒で幕を開けた。


「ありゃ?やっぱり感覚が狂っちゃったっすか?」

「いや、船でもたまにあった。数秒もすれば戻るよ。」


俺はココの手を借りながら起き上がり、顔を上げる。

王都ユリアは港町ではない。

内陸から広がるこの国では山がメインの地域のはずだ。

それなのに、すでに港で俺の知っているどの建物よりも高い建物ばかりだった。

加えて人の数。

何人いるのか、目測ではとても数えられたもんじゃない。

あちこちで開かれている市場の全てが、大量の人だかりと喧騒で満ちていた。


「さーてシュティム君。お登りショックを受けてる場合じゃないっすよ?」

「そ、そんなショック受けてねえよ!?」

「いやいや、良いんすよ。大体地方から来れば皆同じ反応っすから。」

「だから受けてねえって!」


クスクスと笑いながら地図を開き見せてくれるココをにらみながら、見透かされた事をなぜか必死で隠そうとしてしまった。

それを悟られないように俺はココの地図を覗き込む。

それは王都の全域を示した俺の両腕を広げたほどの巨大な地図だった。

どこから取り出したんだそんな地図。

彼女は地図を指さしながら説明を始める。


「今シュティム君がいるのがここ、ガトナの港町っす。エンタリアはここから歩いて二時間ほどの場所にあるっすけど、それは歩けばの話っす。飛行系か、もしくは身体強化系、ちょうどうちらが初めて会ったときに使ってくれたっすね。それを使ってまっすぐ山を越えれば30分くらいで着くっすよ。」


つまりここから先は魔法を使って自分の力で行けと言うことだろうか。


「ココは来ねえの?ちゅんちゅんに乗っていけば一瞬じゃね?」

「うちはちょっとガトナに用事があるんすよ。それに何日も移動し続けたっすからね。少しちゅんちゅんには休んでもらいたいってのもあるっす。」


俺には全く見て取れないが、彼女にはちゅんちゅんの疲弊が分かるらしい。

まあ初日に魔獣に襲われ、そこから何日も移動すれば、さすがの龍でも疲労がたまるのだろうが。


「それじゃあ、こっから先は俺一人って事か。」

「そうなるっすね。なんすか?お姉さんと一緒じゃなきゃ寂しいすっか?」

「…」


最後までこの人が俺より年上だなんて信じられないが、ここまで送り届けてもらった恩義がある。

いや、どう見てもアンタの見た目は小学生、良くて中学生だ。

なんて言葉は心の中に留めておく。


「…え、なんすかその目は?…え、こわいこわい。何かどうせ失礼なこと考えてる顔っすよ。言葉に出してないだけの顔してるっすよ。」

「ソンナコトナイヨ。」

「このガキぃ…」


わなわなと地図をくしゃっと握るその姿に、思わず笑いが出てしまう。

最後の最後まで愉快な人だ。

魔法を極めようと思わなければ、この人に会うことも、龍の背中でクルージングも出来なかった。

俺の知らない世界の始まりが、こんなに愉快な人で良かった。


「ありがとうございました。またどこかで、会えますよね。」

「言ったじゃないっすか。うちは学園の専属龍召士っすよ。シュティム君がウィザードであり続ける限り、きっと会えるっす。」


にこにこと胸を張る彼女に呼応するように、ちゅんちゅんも一つ唸った。

いつかまた、この二人に会えたときは、今度は立派なウィザードになって会いたい。


心で決意を新たに、俺は港を後にする。


去り際の彼女は、出会ったときのような笑顔で俺を送り出してくれた。

「覚えとくっすからね。バロン・オブ・ウィザード候補生。」

最後のその言葉は、俺の気持ちをもう一度奮起させる。

荷物をもう一度背負い直し、身体強化の魔法を足に掛け。

踏み込んで見えた景色は、どこまでも続く街。

山を越えても、その先も、見渡す限りの都会だ。


ここから、俺の挑戦が始まる。

張り切った俺は、上空で飛行魔法を発動しようとした。

ここから視界の端に見える赤煉瓦の城のような建物が、エンタリア魔法学園だ。

今の時間なら、新入生が正門から集まってきているはずだ。

新天地での生活は最初が肝心。

ここで一発、ドカンと優雅に飛行魔法で正門前に着地。

同級生達に、あいつはひと味違うと思い知らせてやろうと。

そんな煩悩まみれでぼんやり発動した飛行魔法。


発動した瞬間、


「あ———」


体が超高速で学園の方角に向かって引っ張られた。

慣性で肉体に引っ張られるようにして頭が持って行かれる。

自分の力を見せつけてやりたいという思いと、早く学園に行きたいという思いだけが大きくなり、魔法に影響したのだろう。

魔法というのは使用者の精神状態に大きく左右されるものだ。

…いやいやいや、冷静に分析している場合じゃない!

このままでは一発ドカンと見せつけるどころではない。

一発ドカンと自分が地面に打ち付けられてしまう。

魔法を解除させたところでこの速度が急激に止まることはない。

逆側に勢いを付加させて相殺を狙う?

いや、今もなお加速し続けているこの状況でそんなのが間に合うはずがない。

とか考えてる間にも地面との距離が迫ってきている。

魔法学園の正門が見えてきた。

エンタリアは校舎から寮、果ては正門に至るまで、赤煉瓦が特徴の学園だ。

規模の大きさもさることながら、その美しい外観から城と間違える人もいると聞く。


その美しい外観が超スピードで近づいて




正門の赤煉瓦が、大砲のような轟音と共に瓦解し、






飛び交う生徒の悲鳴と、土煙が、当たりを充満させた。







「くっそ……なんとも幸先の悪い……」


間一髪。

俺は自分の体の周辺に防御魔法を張り、自らに対する衝撃を全て受け流すことに成功した。

けれど、守れたのは自分の体のみ。

俺という質量を持った物体が高速で衝突した正門は、見るも無惨に崩壊し、

周囲には野次馬、音を聞きつけてきた生徒や、登校してきた生徒の群れであふれていた。

「なにこれ?」「演出?」「え、人降ってこなかった?」

様々な言葉が飛び交う中、騒ぎを嗅ぎつけた職員と思わしき人間がやって来た。


「何の騒ぎだ!?入学式までもう一時間を切っているぞ。新入生は速やかに…!?」


そして、惨状を目撃した。

俺は体中に重なる瓦礫を押しのけ、何とか転がり込むようにして道へ出る。


「…すんません。入学式前に保健室的なところ行っても良いっすか?」


落下の衝撃は相殺できたが、瓦礫に挟まれた事による擦り傷が体中に出来てしまった。

おまけに無茶な魔法を使った事による疲労が少しある。

回復魔法は魔力をかなり使うので出来れば使用したくない。

治療して貰える場所があれば、そこに頼る方が絶対に良いに決まっている。


「お前がこの騒ぎの元凶か?入学初日から何を———」

「あれ、あんた、確か……」


俺はその職員の顔と声に覚えがあった。

当時はローブを被っていたので見えづらかったが、その声は確かに。


「お前は……選抜試験の小僧か。」

「はは…もう小僧って年でもないんだけどなぁ。」

「まさか貴様一人か?ココはどうした。」

「なんか、ガトナの港に用事があるらしいっすよ。だから港からは文字通り飛んできたって訳で。」

「……」


怪訝そうな目で、地面に転がる俺を睨み付ける男。

どうやらこれは、相当怒らせてしまった感じだろうか。

いや、正直ぐうの音も出ない。

初登校で学校の看板とも言える正門を大破させたあげく、男の忠告虚しく野次馬はさらに増えるこの騒ぎ。

当然と言えば当然だ。

入学初日から説教は悪目立ちするから出来れば止めてほしいものだが。


「……ふむ、恐らく嘘はついていないな。」


帰ってきたのは意外な返答。


「…え?説教じゃ?」

「なるほどそれがご所望か?」

「い、いや!俺も全身ボロボロだし、それはそれはもう泣きっ面に蜂は勘弁というか」

「ふん。口だけは元気そうで心底ほっとしたぞ。回復室、通常の学校で言うところの保健室まで、俺が同行しよう。」


ほっとしたって。

これがホントに同一人物か?

俺の意識をぶっ飛ばそうとした人間が?

ほっとした?


「…ホントにあのときの試験官です?」

「ん?疑っているのか。無理もないだろう。試験の私は言うなればふるいの役に徹していた。この学園に入学することが出来るのは、選ばれし人間のみ。」


男は俺に話しかけながら、俺の体を浮遊魔法で立ち上がらせる。


「…お前は試験を通過した。つまりはあの場においてお前だけが、この学園に入学するに足りた存在だったと言うことだ。お前の生い立ちや課程などは関係ない。この学園では何よりも結果が、そしてその結果が伴う評判がものを言う世界だ。」


いや、違う。

この言葉は、俺にだけ向けられている言葉ではない。

この場の多数の野次馬、新入生に向けられている言葉だ。

この男は今、俺たちに発破を掛けようとしているのだ。


「ようこそ、シュティム・ローウル。エンタリア魔法学園はお前を歓迎しよう。」

「は?なんで俺の名前…」

「お前と会うのは二度目だ。まあ理由はそれだけではないが、とにかく一つだけ忠告だ。」


言葉の主軸は俺に向けられている。

だがその発散先は全員に向けられている。

不思議な男だ。

特別これといった特徴の見た目ではないが、彼の放つ言葉の一つ一つが全て突き刺さるように残る。

これも新手の魔法だろうか。

もしくはそれに近いものだろう。

異国の言葉で似たようなものがあったはずだ。

確か、言霊だったか。

彼の言葉にはそれが宿っている、と言う表現が出来るはずだ。


「この学園では、全ての行動がウィザードに直結すると思え。教職員は全ての授業から総合的に判断し評価を下す。だが最後にものを言うのは己自信の実力。死地に赴くウィザード、戦場でまで俺たちはお前達を守ることは出来ない。」


その言葉にその場の空気は変わる。

先ほどまで俺と俺の起こした騒ぎを面白半分で見ていたような連中の空気が変わる。

ヒリついたような、まさに野生の空気感。


そうだ。思い出した。


この場にいる全員がライバルなんだ。


この中の全員、選ばれた人間。

だがウィザードになれるのは、さらにその中から選ばれた精鋭。

俺は、ここにいる皆を超えていかなければならない。

全員が特別な才能や魔法の適性を持っているだろう。

それもウィザードに適したような適性を。

そんな蠱毒にも似た環境の中で、比較的最近魔法を扱い始め、加えてウィザードにふさわしくない適性の自分。

スタートで一発ドカンとひと味違うところを見せつける?

何言ってるんだ俺は。

そもそも俺はスタートラインから出遅れてるなんてレベルじゃない。

初期ステータスから出遅れてるんだ。

そんな俺が、

一瞬でも調子に乗った俺が、

自分で心底むかついた。


「ふん。いい顔になったじゃないかシュティム・ローウル。他の皆もな。さあ、散った散った!入学式はまもなくだ。遅刻は許されんぞ。」


野次馬達は各々の足取りで敷地内へと向かう。


その胸の奥に何が宿っているのだろうか。

少なくとも、柔な決意は持っていないだろうと、俺もおおきく心呼吸をした。


「さて、お前は回復室だったな。案内しよう。」

「うす。お願いします。」


俺は掛けられた浮遊魔法を意図的に解き、自らの足で歩く。

傷が痛むが、これは調子に乗った自分への罰だということにしておこう。

危うく先が思いやられる決意のまま入学するところだった。

この男の職員には感謝しておこう。


「…ああ、そうだ。ざっと計算して200万と言ったところだな。」

「はい?」

「正門の修繕費用だ。幸いこの学園には学費は必要ない。返済に集中できるな。」


前言撤回。

最初の一歩目でまさかの借金返済生活確定。

やっぱり先が思いやられる学園生活になりそうだ。




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