幕間 月明かりの大樹
幕間 月明かりの大樹
だだっ広い通路に、私の靴音が反響する。
日はすでに落ち、月明かりと薄暗い魔法灯の光がぼんやりと廊下を照らす。
通路は庭の大きな木を囲むようにつながっている。
この木は確か、元々は異国の木だと聞いたような…
慣れない環境にも適応し、今年もまた、桃色の鮮やかな花を咲かせ、温かな時期の訪れを告げていた。
「今年もまた、キレイに咲きましたね…」
きっと日中に見ればもっと美しいのでしょう。
けれどもなぜか決まって我々の会議は夜に行われ、
また私もこの場所に用もなく立ち入ることは滅多にない。
故に、この月光に輝く大木しか見ることはなかった。
「のんきな女だ。」
薄闇から荒々しい声が聞こえる。
夜だというのに必要以上に大きな声は、廊下の遙か先まで反響し静かな風音をかき消した。
「異国の木を堂々と国家の中枢、しかも我々が集う場の通り道に植えるとは…国王の行動は理解に苦しむ。」
「良いじゃないですか。異国のものでも美しいものは美しいのです。それに、この木には何の罪もありませんから———」
「甘いのだ。お前も国王も。」
言葉を遮られ、歩き続ける私の前に見えてきたのは、大きな男の影。
真ん中に立たれているので、進もうにも進めず、一度足を止める。
「…退くか進むかしていただけませんか?グレン。」
「ふん。ここから先は選ばれし者のみが進む場だ。前より俺はお前が気に入らん。」
「あなたの好みなど聞いていません。退くか進むか選びなさいと言っています。」
重たい空気が、辺りに充満する。
この男、すでに通路に仕掛けていましたか…
下手に刺激すれば、こちらがやられかねないですね。
「新参者の分際で俺に指図か?偉くなったものだなぁ?ヴァイラ…!」
「新参も古参も関係ありません。騎士とは本来、平行の関係であるはずですが?」
「年長者を敬うことは、騎士も凡人も変わらんだろう?」
面倒くさい…
私の何が気に入らないの?
新参と言うだけでしょう?
でも、この人だけじゃない。騎士相手に勝負を挑めば、私の魔法では無傷では逃げられない。
そもそも騎士同士で戦うメリットなんてどこにもないのに…
「止めておけ。」
いっそ魔力を奪ってやろうかしら、そう思っていた矢先のありがたい助け船。
「騎士同士で争うなど、愚かにもほどがあるぞ。」
「あらあら、こんばんは、ヨシュア。争いなどとんでもない。私はただ介護をしていただけですよ。」
「…なにぃ?」
おっと、失言でした。
思わず思っていたことが口に出てしまった。
スイッチが入ったかのように、辺りで魔法が顕現する。
なるほど、火炎系の魔法をこうも巧みに罠として隠せるものなんですね。
さすがは彼も騎士と言うだけありますか。
「小娘ぇ!!!小僧もろともここで炭にしてやろうか!?」
「あら。そちらがその気なら、私は気乗りしませんが受けましょうか。」
一応の臨戦態勢を作る。
どの方角も警戒は怠らない。
今この場に充満している魔力濃度は恐ろしいものだ。
並の魔獣なら体内に取り込んだだけでその濃度に体内の魔力が付いていかずに腐敗していくだろう。
魔力に依存する必要の無い生物でも気に当てられただけで失神してしまうかも知れない。
それほどまでに強烈な魔力支配。
おまけに、私の魔法とこの人の魔法は相性が悪い。
ですが…
その空気が作られた直後、私はすぐに臨戦態勢を解除することになりました。
私の後方に立つ彼もまた、臨戦態勢に入ったから。
「止めておけ。不毛だ。」
「ヨシュアぁぁ…お前まで俺をこけにするかぁぁぁ?」
「しない。だが、このまま魔法を解かないなら、少し静かになって会議に参加してもらう。」
ヨシュアのその言葉を聞いて、しばらくグレンは戦闘態勢を解かなかった。
けれども少しすれば、荒波が引いていくかのようにおとなしくなった。
彼は踵を返して私たちの向かっていた方向に歩き出した。
結局行く場所は私たち三人とも同じ場所なので、同行する。
「ふん…こんな狭い場所でなければ、俺の魔法の方が上だ。つまり俺の方が上だ。」
「ですから、騎士は平行、対等の関係じゃないですか。もっと仲良くしましょう?」
「ヴァイラのその脳天気さ、俺も見習った方が良いのか?」
「止めろ。これ以上馬鹿が増えちゃたまったもんじゃない…」
馬鹿と言われたのは心外だが、それを表に出すともっと面倒くさくなりそうなので留めておこう。
そして、ヨシュアが私を見習うというのもなかなか面白そうな光景ではありますが黙っておきましょう。
「ヨシュアは見習う側じゃなくて、見習われる側なんですから。そのままでいてください。」
「…そうだな。騎士として、皆の模範となるのは———」
「ふふっ、それもですけどね…託したんでしょう?」
私は去年の夏に出会った少年の事を思い出す。
あの瞳に、言葉に、そして何より魔法に。
ヨシュアに対する羨望が詰まりに詰まっていた少年。
彼はもうすぐこの王都にやってくる。
龍に乗って、海を越えて。
「…漁村の少年か。まさか本当に魔法を?」
「ええ。自分の生命力を犠牲に、魔力の底を尽きても魔法を生成する。とんでもない捨て身適性の少年…」
けれども、なぜだろう。
普通なら、魔法持久適性がメインのあの少年にウィザードの期待値は微塵もないはずなのに。
なぜかあの少年だけは…
「あなたも、なぜか気になったんでしょう?」
「……」
返事はないが、きっとそうなのだろう。
あの子には、私たちにない何かがあるかも知れないし、無いかも知れない。
そんな可能性じみたものを信じるなど、騎士としてどうなのかというところだ。
でも、信じてみたい。
幾日かの日々を超えて、きっと彼はあのときよりも成長していることだろう。
庭の木のように、見えないように見えて、生きとし生けるものは皆成長する。
彼はきっと、美しい花を咲かせるでしょう。
彼なら、もしかしたら本当に、
国中を救ってしまう、まだ誰も到達できない領域、
バロン・オブ・ウィザードに本当になってしまうかも知れない。
なぜかそう信じてみたくなる。
けれども願わくば、
「…着いたぞ二人とも。もう無駄話は控えておけ。」
「はい。円卓は神聖な場所、ですものね。グレンも熱くならないでくださいね。精神的にも魔法的にも。」
「ふん…」
「行こう。」
願わくば…
彼らが戦わずに住む世界を、私が守っていけますように。
ヨシュアはあの村への派遣以降何かが変わった。
ヨシュアも私も、彼と会って感じたのは一つだけじゃない、と言うことか。
それがなんなのかは、
今はまだ、私を含め誰も知らないでしょうけれども。




