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凡人魔法使いの成り上がり伝  作者: R-あーる-
Strength Boy-決断と才能-
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旅立(ディパルチャー)

旅立ディパルチャー



以上、結局長々とお送りしてきたが、俺の回想だ。

あの入学宣言の後も、いろいろなことがあった。

まず、完全に元の生活が送れるまではドンクの宿に泊まりっぱなしだった。

お陰で久しぶりに我が家に戻ってきたとき、部屋の扉を開けただけで虫が一斉に飛び出していったときは、思わず家ごと焼き払ってしまいそうで。

その後は入学に備えてひたすら魔法の鍛練を積んだ。

あのとき使えた魔法を、いつでも出せるように。

鍛錬の成果もあって、年が明ける頃には三回に一回はあのときと同じほどの魔法を出せるようにはなっていた。

魔法の適性が分かった事で、訓練の効率もかなり上がっていたのだ。

そして同じ時期、魔法学園からの使者が俺の家を訪ねてきた。

最初は本当に俺本人なのかと、主に家を見ながら疑っていたが、魔法を見せればなるほどとすぐに納得してくれた様子で。

山が桃色に色づく時期に飛龍でお迎えに上がります、日程が正確に分かり次第、文を出しますとのこと。

それから数ヶ月経って文が届き、内容には来週迎えに参ります、とでかでかとそれだけが書かれた手紙が届いた。

頼むからもうちょっと前もって連絡してほしかったなぁと、今更ながら思う。


「飛龍で迎えに来ると言っておったが、なぜ村を発着の場所に選んだんじゃ?」


俺の回想の間、一回も休憩を挟まずに歩き続けてきた村長様からの質問だ。

この人の言うとおり、発着の場所を指定できた段階で、俺の家の近くにすれば良かった話だ。

でも、俺はどうしても村から旅立ちたかったんだ。


「…あいつらの思いも、乗せていきたい。」


俺のエゴかも知れない。

でも、それでもあいつらの気持ちはまだ、村にある気がするんだ。


「それに、家族に俺の姿を見せたい。」


俺がこの道を選んだ結果、漁船は次男のコロンが継ぐことになった。

けれども、もし、あいつが何か他にやりたいことが出来たとき、どうする?

これは兄の勝手なわがままだが、あいつにも一歩を踏み出してほしかった。

人は思いの力でここまで変われる、それを兄として最後に、弟たちに見せておきたかった。

といっても、下の二人は最近になってようやく喋りだしたような年だから、まだ何も分からないかも知れないけど。


「しばらく会っておらんのか?」

「いや、追放されてからも何回かは顔を合わせてるよ。けれどオヤジとは、ほとんど話せなかった。このところ、体調崩してんだろ?」

「…うむ。じゃが、大事には至らんじゃろう。あいつがそう簡単にくたばるとは思えん。それはお前が一番分かってそうじゃが。」

「言えてるな。」

「そんなことを話しておれば、もう村じゃ。」


歩いている間はほとんど回想だったとはいえ、こんなに近かったか?

いや、そもそも、さっきも思ったがこのじいさんマジで休憩なしでここまで歩けるのかよ。

俺でもあんまり歩きたくはない距離なんだけどな…


村の入り口はいつもと変わらない様子で、いつになってもこの景色には安心感を覚える。

慣れ親しんだ、いつもの村だ。

だが、今日は様子がおかしい。

いつもならこの時間にはほとんどの船が漁に出ているはずだ。

それが今日は一隻たりとも出ていない。

大しけのはずはない、今日はこんなに日差しが心地良い日なのに。


「あ!シュティムが来たぞ!」


村の連中の声が次第に大きくなっていく。

そして瞬く間に入り口は村中の人間でいっぱいになっていた。


「…じいさん、黙っとけって言ったよな?」

「飛龍が来るんじゃろ?黙っとくにも限界があろうて。」

「ジジイ…」


あまり大きな騒ぎにしたくなかったのだ。

だって俺は仮にも村を追放された身だぞ?

そんな俺を村の皆は歓迎して…


「シュティム、お前何か知らねえけど魔法使いになったんだってな?」

「よく分かんねえけど王都に行くんだろ?」

「知らねえけど街を魔法で救ったって聞いたぞ?」


…くれないこともなかった。

むしろお祭りの時のような空気感だ。

皆が皆、俺の出発を心から祝福してくれていた。

温かい。

この温かさが俺の心をさらに燃え上がらせてくれる。

あいつらのためだけじゃない、この村の皆の期待を背負っている。

小さい村だけど、俺の大事なふるさとだ。


「…ってか、皆、俺が何になるかなんてほとんど分かってないじゃん。」

「そりゃ、この二年お前ほとんど村に顔見せ無かったからな。」


聞き覚えのある声が、村の人の中からはっきりと聞こえた。

あの日俺がこの村を追放されて以来、全く会っていなかった。

それでも、俺はこの声を聞いただけであの日々を思い出すことが出来る。


「リック…」

「久しぶりだな、シュティム。」


その顔つきは二年半前とほとんど変わらない。

強いて言うなら大人びた感じだが、それは彼が順調に好青年として成長しているからだろう。

身長も少し伸びただろうか。

ますます村の女性を虜にしているに違いない。


「聞いたぜ。王都に行くんだって?先超されちまったな。」

「……」


彼は笑って、あの人変わらない笑顔でそういった。


リックは、王都の学術院の推薦を取り消されたのだ。


それを知ったのは、俺が村を追放されてすぐのこと。

潮の流れが変わる時期に彼は出発する予定だった。

だが、彼の幻覚症状のことを知った学術院のお偉い方が、彼の推薦を取り消したのだ。

全くもって訳が分からない。

リックなら幻覚が仮に見えていたとしても、それをかき消すくらいには優秀なはずだ。

まあ学術院としても、幻覚が見えるという人間を入学させて、万が一何か起こったらたまったものじゃないというのも分かる気がするが。

それでもこの仕打ちは…


ふと、彼の顔を見上げた。


「…?お前、寝不足なのか?すげーくまだぞ?」


彼の整った顔に目立ちすぎるほどの深いくまがくっきりと残っている。

彼の生活リズムは、昔から睡眠不足とは無縁な生活だったはずだが。


「ああ、完全には消えなかったんだよな。今日はしっかり寝たつもりだったんだけど。」

「今日はって?」

「俺、今もう一回医学を勉強し直してるんだ。学術院の推薦取り消されちまったからさ、一般で試験を受けることにしたんだ。」

「……」


すぐに、言葉が出てこなかった。

言ってしまえば、俺にも責任があるのに。

あのとき俺が止まっていれば、彼は今頃きっと王都で学んでいたはずなんだ。

それなのに腐らず、誰を咎めることもなく、

彼は自信の目標のために今も努力を続けているんだ。

俺は、出ない言葉を無理矢理絞り出し、紡ぎ上げる。


「そっか…待ってる、王都で。ウィザードになって。」

「おう。」


それは何の飾り気もない、俺の心から出た言葉。

俺と彼の間にこれ以上の言葉は必要ない。

俺はこいつのことをここの誰より分かってるし、こいつも俺のことを分かってくれているはずだ。

それは、俺たち五人が積み上げてきた、信頼にも似た友情を、俺は確信しているから。


…ああ、そうか。


俺は、結局、こいつらを信じていたんだ。

あのときの出来事だって、きっとあいつらは咎めたりしない。

誰が残ったって、きっと誰も皆を責めたりしない。

もし仮に、霊として意識が残ることがあったとして、あの場で死んでいたのが俺だったとしても、

俺は皆を責めたりなんかしない。

そのことに、今ようやく気づけた。

彼の、親友の言葉が、気づかせてくれたのだ。


「…あれ、うちの家族、いなくね?まさか息子の出発に見送り無し?」

「ああ、ローウル一家なら、家で待ってるってさ。豆腐の煮物と一緒に、らしいよ。」


あの一家は…

豆腐の煮物は俺の好物だ。

つまりは一度家に帰ってこいと言うことらしい。


「はぁ…今ここで見送れば良いだろ…」

「まあまあ、家族水入らずで話したいこともあるんだろうよ。」


俺は彼に背を押されるまま家へと向かう。

そういえば、オヤジの体調は良くなったんだろうか。

うちに稼ぎ手は一人しかいない。

そのオヤジが倒れてしまっては、うちに収入はなくなってしまうのに。

さっき港で船を見たが、相変わらずボロい船を使っていた。

確かこの船は、俺が生まれた年に買った船だと言っていたが、

そうなれば、もう十八年あの船を使っていることになる。

設備も何もかも、旧式のあの船。

二年半前まで、俺もほとんど毎日乗っていたあの船。

海の上でいろんな事を教えてもらった。

魚群の見つけ方、荒波の対処法、海で水分がなくなってしまったときのサバイバル知識まで。

物心ついたときから、海は俺の学校だった。

この村は学校というものがない。

街まで行けばあるが、大体の村人はそのまま一生を村で過ごす。

だから量の知識以外は必要ない、最低限の読み書きと計算が出来れば、村では生きていける。

退屈だった日々も、こうして思い返してみれば大切な日々だった。


俺の家は村の中心から少ししたところにある。

小さな、けれど温かな、俺の大切な実家だ。

高波に負けない、少し重めの扉は、いつも開け放たれていて、

コレが普通と思って育ってきて、街に初めて出たとき驚いたっけ。


「ただいま。」


家には、以前と変わらない景色が広がっている。

兄弟四人の手形が模られた額と、弟妹達の大きさのバラバラな靴が出迎えてくれる。


「お帰り、シュティム。」

「コロン、靴ちゃんとしまっとかないとまた母さんに小言言われるぞ。」


奥から次男のコロンが出てきた。

格好を見ると、どこかに出かけるような格好で、

靴を履こうとしているのを見るに、どうやら本当にどこかに行こうとしているらしい。


「あれ?見送ってくれねえの?」


わざと煽るようなものの言い方をしてみる。

昔は仲が悪かったが、俺が十五を超えた辺りからぱったりと喧嘩がなくなった。

要因の一つとしてお互いにお互いとの距離感が少し分からなくなってしまったというのがある。

ついこの前まで言い争っていたのに、二人の間が急に冷めてしまったような感覚。

俺はそのさみしさを悟られないようにしていた。


「…お前が漁船継がねえから、毎日勉強漬けだよ。仕掛けの準備。」

「それは、すんません…」


悪態をつくような返しも変わっていない。

距離感は空いてしまっても、やはり兄弟らしい。


「何で謝るんだよ。」

「いや、お前もやりたいことがあったんじゃねえかなって。」

「別に。見つかったらそのときは父さんに相談するし。今は特にやりたいこともねえし。」

「…コロン———」


俺はコロンに声を掛けようとして遮られた。


「だから今は、馬鹿な兄貴が気負ってしまうようなことを俺が半分担ぐ。それが今の俺のやりたいこと。」

「…大きくなったな。ありがとう、コロン。」

「…きも。」


最後にそう吐き捨てるように言うと、コロンは港へと向かった。

俺の不安はどうやら杞憂に終わった。

俺は一瞬、コロンと昔の自分を重ねた。

やりたいことがないから、惰性で日々を過ごしてるんじゃないかと。

兄としてそうだった場合はしっかり言ってやろうと思っていたが、

彼の瞳は、日々を惰性で生きている人間の瞳ではなかった。

弟は、コロンは、いつの間にか俺を支えてくれるような存在になっていた。

それがこの上なく嬉しくて、嬉しくてたまらなかった。


「あ!にぃに帰ってきた!」

「にぃに!」


コロンが見えなくなると、今度は家の奥から玄関にいる俺目掛けて、

かわいらしいのが二つ飛び込んできた。


「スーカ、ナッキ、ただいま。ママはお部屋?」

「うん!あのね、今日ね、海でおっきい貝殻拾った!」

「にぃにコレ見て!でけえ石!」


二人は俺の末の弟妹、長女のスーカと、三男のナッキだ。

二人ともまだ幼いが、元気いっぱいに育っていっているのを見ると、親でもないのになぜか嬉しくなってしまう。

これも、この二人と年が離れているのが原因なのか、それとも、また別の何かがあるのかは分からないが、俺はこの二人には並々ならぬ愛情がある。

兄弟というものは、俺の心の支えなのだ。

この子達に、自分の兄はすごいんだと言うことを見せたいとも思い続けている。


俺は二人を抱きかかえて、奥の部屋に向かい歩く。

廊下を歩く短時間も、二人は俺がいなかった間に起こったことをとても早口で教えてくれた。

子供ながらに分かっているのだろうか。

俺がもうすぐ旅立つことを。


王都に行ってしまえば、もう簡単にこの村には戻って来られない。

王都とここは、それほどまでに距離がある。

この二人の成長や、コロンの行く末、親の面倒など、ほとんど全てを投げ出してしまうことになる。

それに関しては、少し、さみしい。

この二年強で、痛感した。

俺はどうやら、家族が大好きだったみたいで。


「ああ、シュティム。」


奥の部屋に行くと、母さんが座って待っていた。

もう年は若いとは言えないが、それでも村の同年代の女性と比べれば、身内の贔屓目抜きにしても、かなり若く見える。

本当かどうか定かではないが、昔は巨大な魚を一本釣りするほどの活発な少女だったらしい。


「ただいま、母さん。」

「お帰り。今、ご飯用意するから。」

「少しで良い。もうすぐ出るから。」


家に帰ってきたのは久しぶりなのに、まるで今朝家を出て今帰ってきたかのような会話。

家族の安心感というものは、いくつになっても変わらないものだった。


「…向こうでもちゃんと食べなよ?すぐご飯抜く癖、どうせまだ直ってないでしょ。」

「ぐうの音も出ません。」


全てお見通しだった。

昔からそうだ。

母さんにはどれだけ上手に嘘をついたつもりでも、すぐにばれてしまった。

けれど、その嘘を咎めることは基本なく、場合によっては一緒に大笑いしてくれる。

そんな良い母親だ。


卓で弟妹達に少しかまっていたら、すぐに俺の好物が並んだ。


「いただきます。」


一言だけ、つぶやくように。

煮物を口に運び、その味をかみしめる。

あふれ出しそうになる涙をぐっとこらえて、味わう。


「…いつでも、帰っておいで。」

「…ちゃんと目標達成できたらな。」


口の中に広がる思い出の味を満喫しながら、離れるさみしさを押し殺しながら、完食し、弟妹達の頭をなでてから立ち上がる。

そして、母さんに二人を預け、別の部屋に向かう。


元俺の部屋。

今となっては、オヤジが使っているらしい。

中で物音が聞こえるのと言うことは、オヤジが漁の準備でもしているのだろうか。

俺は一つ深呼吸をして、部屋のドアノブに手を掛けた。


「オヤジ、俺、そろそろ行くわ。」


その大きな背中に、呼びかけるように。

不安を悟られたくなかったので、少しだけ大げさに。


「…おお、見送りは?」

「いいよ。村の人たちがいっぱいいるから。」

「ははっ。なかなかモテるじゃねえか。俺そっくりだな。」

「ぜってぇツッコまねえからな。」


親子の、低い笑い声が部屋に響く。

ふと、オヤジが手を止めて立ち上がり、こちらに振り返ると、

いつもの、あの瞳で訪ねた。


「おめえの夢、魔法使いで合ってんだな?」


あの日と同じ質問。


あのときの俺は弱くて、自分のやりたいこともなくて、

ただなあなあに毎日生きていればそれでいいと思ってた。

オヤジのこの質問も、ただ鬱陶しいだけだった。

けれども今になって、あのとき目を背けたオヤジの言葉に、

今度は面と向かって答えられる。


「ちげえよ。『最強のウィザード』だ。」

「ははっ。そうかよ…」


にたりと笑うオヤジの顔は、あの時よりも少し年をとっていた。

けれど、どれだけ年をとっても変わらない。

この人は、俺の最高に自慢のオヤジなんだ。


「なんでもいい。覚悟さえありゃあな。目指す道に覚悟がありゃ、後のもんは適当にやっててもついてくるからよ。」

「…ああ。」

「なれよ。最強の魔法使い。」


心強い激励だった。

元々両親とは会話は多くなかった。

先に実感したとおり、俺は家族が大好きで、きっと家族も俺のことを愛してくれている。

けれども昔から両親とはあまり話さなかった。

その一番の要因は、俺が両親から期待の目を向けられるのが怖かったと言うこと。

長男の俺は、嫌でも期待を寄せられる。

心の中で勝手にそう思い、それを勝手におもりにしていた。

そんな期待が今となっては、おもりどころか、

俺の背中をどこまでも押して進ませてくれる。

心の持ちようなのだ全ては。


「ああ、その覚悟ならとうにしてる。」


だからこその返答。

必ず期待に応えてみせるという、俺の最後のオヤジに向けた『いってきます』だ。


上等だ、言ってオヤジは作業に戻った。

俺は静かにドアを閉め、母さんに一言言ってから玄関に向かう。


「にぃに次いつ帰ってくる?」

「すぐ?すぐ帰ってくる?」


玄関でも二人は今にも泣きそうな声色で俺にしがみつく。

俺はしゃがみ込んで二人と同じ目線になって話す。

思えば、転んで泣いたとき、リック達と喧嘩したとき、母さんやオヤジもこうやって俺を慰めてくれたっけ。

兄として、今できる最後のことをやろうと思った。


「いいか?にぃにはすっげー遠くに行く。すぐには帰ってこられない。でも、もし帰ってきたときにスーカとナッキが立派なお兄ちゃんとお姉ちゃんになってくれてたら、にぃにはすっごいうれしいな。」


二人は瞳に涙をたくさんためていたが、最後まで泣かなかった。

俺の言葉にただ小さく、それでもしっかりと頷いてくれた。

この二人なら、大丈夫だろう。

きっと立派に成長してくれる。

コロンもスーカもナッキも、俺の宝物だ。


行ってきます、

そう告げようとしたときだった。


「大変だぞローウルさん!龍と魔獣が空で暴れてやがる!」


村のおじさんがうちに駆け込んで叫ぶように伝えてくる。

その声は非常に大きく、さすがのオヤジも扉を開けて事情を聞いていた。


「あんなのに襲われたらこの小さな村はひとたまりも無い!ローウルさん、早いとこ避難の準備した方が良いぜ!?」

「心配すんなよぉ、ったく、おめえのオヤジさんに比べてまだまだ若えな。そんなんじゃ波に飲まれたときに方向見失うぞ?」


オヤジは慌てふためくおじさんを頭を掻きながら制した。

そして俺に目線を送り、


「おら、見せてくれよ、ウィザード殿。」


意地悪く笑って見せた。

俺は、母さんと、怯える二人に微笑んで告げる。


「おじさん、案内してくれる?後、出来れば同時に皆の避難も一応平行してほしい。」

「お、おう…けど、シュティム君、あんた…」

「いいから、早く。」


俺はおじさんの後に続いて走って我が家を後にする。

ずいぶんとドタバタした出発の挨拶になってしまった。

本当はもうちょっと話していたかったけれど、切り替えるには良いタイミングだ。

あのままあそこにいたら、もしかしたら覚悟が揺らいでしまっていたかも知れない。

そのことに気づいたとき、初めて村を追放されていて良かったなどと思ってしまった。

環境の変化は、俺にもプラスに働いてくれたようだ。



案内のままに走っていると、中央の港とその空に目的が見えてきた。

空に、と言ってもそれほど高くない。低空ともとれる場所で二匹の生物が追いかけ合っている。

…いや、よく見れば片方は逃げているだけだ。

もう一方が一方的に追いかけ回している。

その行動は、猫同士がじゃれ合うような軽いものではない。

完全に縄張りを荒らされたものが起こす、殺戮の衝動だった。


「…!?おじさん、双眼鏡か何か持ってる!?」

「お、おお?漁で使うやつだけど…」

「貸して!」


嫌な予感を感じておじさんから半ば奪い取るようにして双眼鏡を覗く。

おじさんは確か言っていた。

龍と魔獣が暴れていると。

この近辺は確かにいくつかの魔獣の巣がある。しかしそれもその領域を侵さなければ、向こうから町や村に下りてくることはほとんど無い。

その魔獣が、こんな人里まで下りてきて、しかも、もう一匹は龍?

明らかにおかしい。

そしてその予感は当たっていた。


「やっぱり、人が乗ってる!」


龍の首元背面に、明らかに鱗ではないものが見える。

それに良く見れば龍もそれをかばうようにして飛行していて、そのせいで時折魔獣の攻撃がかすっている。

このままではまずい。

二頭のいる場所は村の中央港の上空。

龍が魔獣を突き落としても、魔獣が龍を突き落としても被害は免れない。


「…おじさん、村の人たちをできるだけ港から遠ざけて。」

「し、シュティム君?」

「あと、この荷物持ってて。」


おじさんに俺の引っ越し道具達を預け、離れるように促す。


あの選抜試験で、俺は学んだ。

自らにウィザードとしての素質がないことを。

俺の適性は魔法持久で、高火力の魔法は打つことが出来ない。

だが、逆に捉える。


『中規模の火力なら、かなりの数乱発できる』


あの魔獣は恐らく強い。

龍に喧嘩を売るくらいだ、それなりの強さを持っていると考えて良いだろう。

魔力を全部火力に込めれば致命傷は与えられるかも知れない。

だが外した際のリスクも大きいし、何よりコントロールが効きにくい分、もし暴発してしまった場合に事故が起こってしまう可能性が高い。

だから、現状の俺に出せる最適解は———


「<脚部強化きゃくぶきょうか>」


身体能力の一時的な向上。

少し強めに掛けたので負担はあるが、二匹の飛んでいる高さ程度ならジャンプでいける。

助走をつけて、飛び上がり、風を切って龍の背中に飛び移る。

この龍が人のものだという前提の賭けだったが、読みは当たっていた。


「ううぇ!?今度は人が乗ってきたっす!!!」


俺と同じ年くらいの少女が龍の背中に捕まり姿勢を低くして叫んでいた。


「状況も状況だ!何があった!?」

「この村のシュティム君っていうウィザード候補生を迎えに来たんすよ~!途中でちゅんちゅんが疲れてたみたいだったから、森の中に一回着陸したら、そこが魔獣の巣のど真ん中なんて知らなくて~!」

「オッケー、分かった。」


なぜこの龍が追われているのかと、この龍は完全にこの少女の支配下にあると言うこと。

それと、どう考えてもこの龍がちゅんちゅんなんてかわいらしい名前が似合わないゴリゴリの龍だって事!


「っていうか、アンタだれっすか!?さっきここまで飛んできませんでした!?ここ空ですよ!?」


少し間をおいて彼女が事実を受け止め驚く。

俺は飛行する龍の背中でタイミングを見計らって、何とかバランスをとって立ち上がって、

この風きり音の中でも聞こえるほどに、高らかに名乗り上げた。


「俺の名前はシュティム・ローウル!バロン・オブ・ウィザードになるウィザード候補生だ!」


そして、完璧なタイミングで待ち望んでいた瞬間が訪れた。

龍、魔獣、そして海上の上空。

この一直線が順に並ぶタイミングがほしかったのだ。

俺は龍から飛び降り、頭から真っ逆さまに自由落下を開始する。

だが体はしっかり魔獣の方に向け、魔法を放つ準備は当然のようにしていた。


「<エレメント・フリージング>」


威力は弱いが、凍らせる力は強い魔法を魔獣の翼膜目掛けて放つ。

着弾と同時に大きく飛行能力を失った魔獣は大きく失速、徐々に落下を始めたが、その瞬間を逃さない。


「<空中歩行エアウォーク>」


魔法で体制を整え、落下が始まる魔獣に照準を合わせる。


「<ホリゾンタル・グラヴィトン>」


魔力によって局所的に短時間重力を横方向に追加する魔法。

この魔法はあくまで重力の追加であって書き換えではない、おまけに効力も短い。

だが、波の一軒家ほどの体躯、あのときのシャドウエープほどの大きさ。

そんな巨体に発生する重力は、俺のような人間とは比べものにならない。

魔法の発動はおよそ3秒。重力を操る複雑な魔法、今の俺ではコレが限界だ。

だが、それで十分。

限定的に『横方向にも落下した』魔獣は

大きく吹き飛ばされたかのように海の方へ飛んでいく。

やがて港からかなり離れた場所で着水し、翼の効力を奪われた魔獣はもがき、断末魔をあげながら、深い海の底へと沈んでいった。


俺はもう戦える。

コレはあの日のリベンジマッチだ。

魔獣によって変えられた俺の人生は今、今日この日に、魔獣の討伐によって新たに進み出す。


魔法で何度か落下速度を抑えながら港に着地する。

着地するやいなや、俺は村の人々に大歓声で迎え入れられた。


過去の俺が浴びることのなかった心からの賞賛の声。

少しの戸惑いもあったが、それ以上に、


俺がこの人たちを守ることが出来たという事実がたまらなく嬉しかった。

俺はちゃんと、成長できていた。


「いやぁ~、助かったっす!」


後方で、巨大な羽ばたきの音と共に聞こえてきた少女の声。

ずしんと重たい音を立てて俺に次いで着陸した巨体から、ストンと軽やかに彼女は下りてきた。


「あ、自分はココって言うっす!シュティム君は君だったっすね?いやぁ、さすが我が校の生徒は優秀だなぁ!」

「…あんた、学園の関係者なのか?」

「うっす!うちは龍召士っす!いやぁ、この子送迎用で戦闘能力は壊滅的なんすよ~。だからよく他の龍にいじめられて…ってそれどころじゃないっす。」


彼女は俺の元に駆け寄り、手を引く。


「ちゅんちゅんの匂いはもうあの魔獣の仲間に覚えられてるっす!早いとこ、ここを離れて遠くに行かないと、また同じような目に遭っちゃうっす!」

「ああ、ちょっと、ええ?」


ドタバタと騒がしく促され、あわてておじさんから荷物を受け取り、龍の背中に乗る。

見た目はゴツゴツしているのに感触はぴったりと肌に吸い付くようで、座り心地も意外と悪くなかった。

龍故に体温も高く、ほんのりと温かい。


「んじゃ、行くっすよ!別れの挨拶なんて一言で十分っすよね?」

「…はい!」


俺は、手を振りこちらを見上げる村の人たちに向かって叫ぶ。


俺の物語はここから始まる。

この先がどうなるかなんて、正直なところ誰にも分からない。

俺がバロン・オブ・ウィザードになれる確証なんてどこにもない。

けれど、慣れないという確証も限りなくないに等しいだろう。

だったら挑戦してやる。

俺の人生の全てを、文字通り賭けて。


背負い込んだものも、置いてきたものも、全てに向けての旅立ちの一言を。


「いってきます!」




第一章

Strength Boy‐決断と才能‐ Fin



To be continue




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