公爵目線
週末、いつものように娘に会いに来た。
馬車から降りるなり院長が慌てた様子で私の元に駆け寄って来る。彼から手渡された紙にはエミーリアを誘拐したと書いてあった。
私はまた間違った行動を取ったのだろうか…。私のせいでエミーリアをこんな目に遭わせてしまった。
――いや、今はそんなことよりもあの子を助けに行くことが優先だ。
すぐにロイと義息たちに指示を出し手掛かり探す。私は院長に話を聞こうと声をかけるが、彼の挙動不審な態度に違和感を覚えた。
やたらと汗をかき、目を合わそうともしない。私の質問にはしどろもどろに答える。
こんな分かりやすいやつが居るだろうか。それとも犯人に脅されているのか?どちらにしろ、この件にこいつが関わっているのは間違いない。
護衛のラーシュに院長を見張ってもらい、彼が動けばそのまま泳がせるように指示した。
1時間ほど待っていると3人が戻って来た。
カールは早く捕まえようと私を急かすが彼にはエミーリアの元まで案内してもらわなければならない。するとすぐにラーシュから院長が逃げたと報告が入った。
私たちは彼の後をつける。
―――驚くほど彼の足は遅かった。あの体型では無理もないのかもしれない。一定の距離を保ちながら後をつけること僅か20分、身代金を持ってこいと言われた山小屋の反対の森の中に廃墟があった。
院長は廃墟の中に入ると地下に下りて行く。私たちも急いで階段を下りると「おい、逃げるぞ」と言う声が聞こえた。やはり主犯は院長で他に仲間が居たのか。
――そろそろ我慢の限界だった。私は気配を消し、院長の後ろに立つ。
彼らの後ろを見るとエミーリアが手足を縛られ、薄汚いベットの上に座って彼らのやり取りを聞いている。
ここから見る限り怪我はしてないようだ。それに一安心する。早くエミーリアの視界からこの2人を消し去りたくて会話に割り込んだ。
「あいつはヤバい」
「あいつって?」
「私のことかな?」
彼らは私を見るなり、顔が真っ青になっていく。
「なっ…ななななっ何で!?」
彼らが狼狽えているうちに義息たちがエミーリアの元に駆け寄り手足のロープを外す。クラウスの問いかけに「大丈夫です」と答えたエミーリアにホッとするが心には深い傷を負っただろう。
さて、こいつらをどうしてくれようか。
一刻も早くエミーリアをこの場所から遠ざけたいので手早く処理を済ませよう。本当なら時間をかけてじっくりいたぶりたいが…。
―――5分ほどで経緯など話を聞き出すと共に、少しばかり苦痛を与えた。そして2人を拘束し、そのまま地下に放置している。後でこの町の警備隊に投書しておこう。
早くエミーリアに会いたかった。傷の有無や精神面の確認をこの目でしないと気が休まらない。
階段を駆け上がり建物を出る前に身なりを整え、先ほどまでの怒りを押さえていつもの優しい表情に戻す。
外に出るとクラウスに抱っこされたエミーリアと目が合った。
(何で?何でクラウスが私より先にエミーリアを抱っこしてるんだ?私だってずっと抱っこしたいの我慢してるのに。ってかエミーリアも固まってるじゃないか。あの顔は嫌がってるんじゃないか?)
私に気付いたクラウスが彼女を下ろした。
クラウスは血は繋がっていないが、思考が私とよく似ている。今の笑みも私が何を考えているのか分かったんだろう。
私もエミーリアを抱っこしたい…そう思いながらも私は彼女と向き合わなければならなかった。
「すまない…私のせいで君をこんな目に遭わせてしまった」
彼女の前に出て膝をつき、そっと両手を肩に置く。思っていた以上に小さな肩に驚いた。
こんな小さな子を一人ぼっちにした挙げ句、こんな目に遭わせてしまった。自分が情けなかった。
「もうこの町は住みにくいかもしれない」
エミーリアは公爵家に行くのを嫌がっていた。しかしここに住んでいる限り、私のせいでまた同じことが起こってしまうかもしれない。それだけは避けなければならなかった。
本当は一緒に住んでほしい。しかし、先週会ったときも頑なに拒否された…だからせめて他の土地に…と思っていると「分かりました」と思いもよらなかった答えが返って来た。
私はその一言に喜んだ…が続いて言われた言葉に衝撃を受ける。
「でも公爵家の娘にはなりません。だから見習いのメイドとして雇ってください」
なぜだ…。これからは君に大変な思いをさせたくないのに自分からメイドになりたいだなんて。
「そんなことできるわけないだろ」
「嫌ならいいです。他の町の孤児院か修道院に行きます」
(貴族になりたくないと言うことなのか?)
「では居候として住んでは?」
「ダメです。タダほど怖いものはありませんし、お世話になるお金も払えませんから」
(うーん…8歳なのにしっかりしている)
これまで苦労してきたせいだろう。しかし、エミーリアが何をそこまで嫌がっているのか分からない。聞いてみるしかないか。
「なぜそんなに公爵家に入るのを嫌がってるんだ?」
「私、将来は騎士学校に入学して騎士になります」
――その答えに驚くしかなかった。
そんな危ないことをさせたくない。これからは真綿でくるむように大事に育てていこうと思っていたのに…しかしこの子の目はもう決意した目だ。
カリーナ母親と同じ…。きっと今は何を言っても無駄だろう。
「旦那様…ここは折れるしかないと思います」
(珍しいな。ロイが私情に口を挟むなんて。こいつのことだ。何か考えがあるんだろう)
「分かったよ…でも見習いだからね」
そう言うと、初めて可愛らしい笑顔を見せてくれた。
あぁ…ヤバイな。この先こんな顔をされてお願いをされたら何でも許してしまいそうだ。