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これもゲームの修正力なのだろうか…。
私の目の前には、毎週末わざわざ王都からこんな田舎に長時間かけて来ているヴァレリー公爵が座っている。
最初は何も喋らず、私のことをずっと見ているだけだった。それに耐えきれなくなった私が怒ると嬉しそうな顔をしていた。
2回目は私が怒ったからか、1人でずっと喋っていた。
話の中で子供たちの話が出たので、私が「週末に子供を放っておくなんて酷い親です」と言うと、次の週はその子供たちを連れてやって来たのだ。
公爵の忍耐力に感心してしまったが、あまりにしつこい。
「貴族になるつもりはありません」
「貴族になんてならなくて良い。一緒に暮らそう」
「貴族にならなくて良い?変なことをおっしゃるのですね。ただ暮らすだけなんてできません。メイドとして雇いますか?」
私の一言に公爵は顔が青くなり、それ以上は何も言わなくなった。
「お前いい加減にしろよ」
公爵が席を外している隙に、一連のやり取りと隣で聞いていた公爵家の次男、カール・ヴァレリーが口を開いた。
「何が気に入らないんだ」
「何が?」
「あんな優しい父親をいじめて楽しいか?」
「あなたにとっては優しい父親かもしれませんが、私にとっては違います」
カールの言っていることは理解できる。私だってこんな状況でなければ父親にこんなこと言いたくないし、良心が痛まない訳ではない。でも今は譲れないものがあるので引かない。
「私たちが生活に困っていても助けてくれる訳じゃなかった。病気で苦しんでいる母をお医者さんに診てもらうこともできなかったし、薬さえも買えなくて…。母が亡くなっても葬儀に来てくれなかった。挙げ句、2年も放置していたのに急に来て父親ヅラされても困るんです」
カールは私の言葉に黙り込んでしまった。
前世の記憶を取り戻しても、エミーリアのそれまでの記憶が無くなる訳じゃない。
私は母親が日に日に弱っていく姿を側でずっと見てきた。たった1人で…。
薬も満足に買うことができなくて、母親にしてあげれることが何にもなくて歯がゆかった。まだ6歳の子供が自分の無力さを恥じた。
辛くて寂しくて堪らなかった。
そのときの感情がそのまま私にも残っていた。
顔さえ知らなかった父親が突然現れ、一緒に暮らそうなんて言われたら嬉しいに決まってる。だからゲームのエミーリアはすんなり公爵家で暮らし始めたんだろう。
でも私は「何で?」って疑問が溢れてくる。
「…悪かった。でも事情ぐらい聞いてやってくれ」
黙っていたカールがそう言い置き、どこかへ行ってしまった。
「事情なら知ってるよ。ゲームで何十回と見てきたんだから」
1人残された部屋で呟いた。
しばらくして誰も戻って来ないので、帰ったのかと思い自室へ戻ろうと廊下を歩いていると応接間から声が聞こえてきた。
「ねぇ、諦めて帰ろうよ」
「ダメだ」
「じゃぁ今になって迎えに来た理由ぐらい伝えろよ」
少し開いていた扉の隙間から覗くと、公爵とカールが話をしていた。長男のクラウスは黙って話を聞いているだけのようだ。
「そんなことあの子には関係ないことだ」
「でもずっと迎えに来たかったんだろ?義母様が亡くなるまでそれができなかっただけで」
「そうだね。でも私にもう少し勇気があれば、行動できていたかもしれない」
「お金だってあの子の母親が受取らなかったのに…」
耳に飛び込んできた話に狼狽える。
「何それ…そんなの知らない」
ゲームをプレイしてなんでも知っていた気になっていたけど、そうではなかった。私が知っているのは物語の表面だけなんだ。
ここはゲームの世界だけど、現実だ。私と同じように一人ひとりちゃんと意思を持ってる。
(ちゃんと向き合わないとダメだな…)
「今の話、聞かせてください」
3人がいる部屋に踏み込んだ。
次回より毎週土曜日に更新します。