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私が前世の記憶を取り戻したのは母親が亡くなったとき。あまりのショックに熱を出し倒れた。
前世の私は生まれつき体が弱く、人生の大半を病院で過ごした。そんな生活を楽しませようと両親が買ってきたいくつかのゲームの一つが「cheri~愛する人~」だった。
死んだときの記憶がおぼろげで、記憶を取り戻したときに「私…死んだんだ」って初めて気付いた。両親とちゃんとお別れができなかったことが悲しいし悔しかった。
だからといって、いつまでも落ち込んでいる訳にはいかない。
まさか自分がゲームの主人公になるなんて思いもよらなかったが、何日経ってもエミーリアのままなので夢ではないらしい。
それならばと…気持ちを切り替えた。
私は前世で我慢したり、できなかったことをやりたかった。
友達と外で遊んだり、買い物に行ったり…恋愛して結婚して…。
どれもが今の人生ではできることだ。これは神様がくれたご褒美なのかもしれない。だって副団長がこの世界のどこかにいるんだから。
まずゲームの世界について調べながら、記憶を思い起こした。
私の好きな人、デレク・ウィンストンは平民だが騎士学校で優秀な成績を修め騎士団に入団する。
王子たちが通う学校は貴族であれば誰でも通える学校だったが、騎士学校は実力主義で平民・貴族問わず合格さえすれば通える学校。ただし合格者は毎年20人と狭き門なのだ。
しかも騎士学校は寮費・学費全て免除に加え、毎月生活費が支給される。さらに将来は騎士団や警備隊など安定した職業に就けるとあって、毎年応募者が殺到する。
騎士学校は文武両道。1次試験が筆記で2次試験が体力測定、3次試験が剣術と選考が3段階もある。
デレクに会うにはこの試験を突破し学校に入るしかないので、勉強と運動に勤しんだ。
暇さえあれば本を読み、体を動かした。
誰にも咎められることなく自分のやりたいことができる。何より健康なこの体が嬉しかった。
ヒロインの生まれ持った能力もあってか勉強も運動もやればやるほど伸びた。
物語の主人公だけあってチートなのか!?と驚嘆した。
そしてもう一つやるべきことがあった。それは公爵家に行かないということ。
シナリオを変更させるために何度もイメージトレーニングをした。
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そして公爵が来る日。
ゲームでは私の8歳の誕生日に迎えに来るとなっていた。だからその日は朝から遊びに出て、行方を眩ました。
偉い貴族なんだから何時間も待てないだろうと考えたのだ。
夜は孤児院のみんながお祝いしてくれるから帰らないといけないので、頃合いを見計らって戻って来た。
「ただいま」
遅くなったし怒られるかもと、不安に感じながら玄関に入る。
「どこ行っていたんだ」
入るや否や、院長が出迎えてくれた。その顔は怒っているようには見えなかったので一安心する。
「おきゃくさんがきてるよ」
院に住む幼い子供たちが私の周りに集まり教えてくれた。
「ん?」
(来てたじゃなくて?)
その言葉に違和感を覚えながらもリビングに向かう。
――部屋に入ると場違いな格好をした人が目に飛び込んで来た。
「エミーリア…?」
とても子持ちには見えない、若々しい男の人が立ち上がり私を見ている。その顔には見覚えがあった。
(なんで!?)
「あさからずーっとまってたんだよ」と子供たちが教えてくれた。
そして隣に立つ院長が口を開いた。
「公爵様は君を引き取りたいとおっしゃっている」
「嫌です」
院長の言葉に食い気味に答えた私を、みんながポカンとして見てくる。
「身重なお母さんを追い出して、病気になってからも何もしてくれなかったくせに…そんな人のところになんて行かないわ」
こんな酷いこと言いたくはなかったが、これもシナリオから外れるため。2年間の間に"もしも"を想定して考えたことだった。
「それに私には夢がありますので邪魔しないでください」
毅然とした態度で断ると、公爵は何も言わず帰って行った。諦めてくれたんだと安心していた、が…彼は毎週のように訪ねてくるようになった。
次回更新は25日になります。