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 キョロキョロする蓮花のすぐそばで、可丈が「番号札一番を持つ者から中に入れ!」と大きな声を上げた。

 受付台のすぐ近く、地面と同化するように横になっていた、薄汚い青年が一番の札を持ってよろよろと立ち上がる。ひどく疲れているようで、ガクッと膝をついた。


 その様子を見ていた受検生から心配と嘲笑の声が上がる。


「あいつ……。大丈夫か?一週間前から前庭門の前で野宿していたんだろ? こんな寒空の下、あんな薄着一枚で。あんなボロボロになって体を壊してんじゃないか?」

「たく、よくやるよな。一番に受検したからって、受かるわけじゃねえっていうのによぉ」


 蓮花も驚いた。なんでそんなに一番にこだわる必要があるのだろうか?


「……お前が一番か?」


 可丈が青年に尋ねる。青年はひび割れて乾ききった唇を舌で舐め、なんとか声を出した。


「……あ……いえ……」


 そこへ下女に大きな日傘を持たせたニキビ面の少年が、腹を揺らしてゆったりと可丈に近づいた。


 蓮花は「まずい」っと思い、パッと顔を背ける。


――なんでこんなところにいるのよ! 孫家のバカ息子!


 現われたのは宝物庫を管理する高官の息子だ。蓮花と同じく十五歳で、名前を孫金餅(そんきんぺい)という。

 用もないのに後宮近くをうろついては、女官が出て来るのを待ち伏せして、ねちっこい目を向けている。蓮花や玉葉のような身分のある娘たちに対しては、物欲しそうに遠くから見ているだけだが、身分の高くない女官などには実際に追いかけまわされる者もいたそうだ。孫金餅が皇宮に来ている時は、後宮の女たちは身分に関わらず外にでないようにと(はん)皇后からお触れが出たこともある。


 金餅は、ボロボロの青年が持っていた「一番」の番号札をパッと取り上げた。


「こやつはうちの使用人だ。俺様の代わりに並ばせていたのだ」


 その内容だけならば、よくある事だ。実際に、使用人や並び屋を雇って若い番号札を得ている者も少なからずいる。しかし、ひそひそ声はおさまらない。いや、むしろ大きくなっている。


「え? あいつ、自分のために並んでいたんじゃねえのか?」

「野営道具や防寒着の用意もされていねえのに? え? まさか食料も?」

「バカ。それじゃさすがに生きてねえだろう」

「それにしたってよお……」


 龍騎士は誉ある称号だ。家柄や金でどうこうできるものではない。いや、どうこうできないからこそ高い身分の子息がその誉を得ようと受検することもある。しかし、本人が並ぶことはない。大抵は使用人に早くから並ばせるか、並び屋を雇って早い番号札を得るかのどちらかだ。まれに縁起担ぎなどで自分が並んで一番の番号札を取りたがる者もいるが、それは仕事も勉学もしていない時間に余裕があるものの道楽なのだ。

 この青年は当初、自分のために並んでいたと思われていた。何故なら主人の代わりに並ぶなら、それは仕事だから、野営道具、衣服、食料、それに余裕があれば交代要員などの支度を与えられているのが当然だ。青年が寒さをしのぐのは胸元の開いたボロボロの服一枚限り。もちろん、支度など整えられている様子はない。それも蓮花や他の者のように、綿の入った厚手の生地ではない。いかにも寒そうだ。この一週間、雪は降らなかったとはいえこの姿で野宿をしたのなら、大した生命力である。


「知ってるか? 孫家は使用人に対して厳しいって話だぜ。特に借金で縛っているような使用人にはひどい扱いをするらしい」


 孫家を、そして金餅を非難する声は小さくない。

 金餅は自分に向けられた非難の声が聞こえていないはずはないのに、反論の一つもしない。それどころか今にも倒れそうな青年に向かって、ニタアァと薄気味の悪い愉悦の表情を浮かべていた。


――あいつ、人が弱っている様を楽しんでいる!?


 蓮花は頭に血が上った。そして思わず声を荒立る。


「孫家のバカ息子! 自分の使用人を大切にできないヤツが、龍騎士になんかなれるわけないでしょ! まずは使用人を大切にしなさいよ!!」


 金餅は蓮花に睥睨した視線を投げかける。


「お前。俺様が孫家の者である事を分かった上で言っておるのか?」

「当たり前でしょ!」

「ほう……。命知らずよのぉ。孫家の力を知っておるのなら、お前のような小童(こわっぱ)の命なぞいくらでも……」


 バカ息子は、ふと言葉を止めた。


「……どこかで会ったことがあるか?」


 蓮花はバッと顔を背けた。蓮花は金餅と会った、というか一方的に見られたことがある。皇宮で。もちろん少年姿ではなく第三皇女として。でも、わざわざ男装をしてまで適性検査を受けに来ているのに、自分から白状することなんてできない。


「そんなわけあるはずないか……」


 金餅は興味をなくしたかのように、フンと鼻をならした。そこへ別の声が入る。


「誰が並ぼうと、どんな風に並ぼうと問題じゃねえ。検査を受けるのか、受けないのかが問題だ。受けるのはどっちだ?」


 可丈の厳しい声に、金餅はむっつりと返事をした。


「俺様に決まっておる」

「なら中に入れ」


 金餅と共に、日傘を持つ下女が扉をくぐろうとする。


「待て、龍騎士訓練所に女は中に入れないぞ?」


 可丈が冷たい声を投げる。

 龍騎士訓練所の敷地は、特別な許可を得た女以外は立ち入りを禁じられている。なにせ適性検査に受かるのは男だけなのだ。無用な異性の立ち入りを禁じるのは当然である。


「高貴な俺様に、日傘もなしで歩けと?」

「ふん。夏ならともかく、冬だぞ。当たり前だろう。深窓の令嬢でもあるまいし」


 呆れ交じりの可丈の発言に、金餅は肩をいからせる。


「俺様は、孫家の者だぞ!」

「だから何だ?」

「そのちっぽけな()を飼っているからって、偉ぶるな! 孫家の力をもってすれば龍騎士だろうと、始末する事は訳ないんだぞ!」


 可丈の龍は、体も大きく神力も高いと有名だ。その龍を「ちっっぽけな蛇」呼ばわりするとは、なんて傲慢なんだろうと、蓮花はムッとした。

と、騒動を黙って見ていた蓮花の後ろで「プッ」と笑い声が漏れた。


「誰だ⁉ またしてもお前か⁉」



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