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「そなたは大切な人ゆえ、怪我をされては困る」

「え⁉」


 そんな事を美貌の青年に急に言われて、蓮花の頬は紅色に染まる。


――ま、待って、待って! そんな事を急に言われるなんて! た、大切な人⁉ な、何で⁉ どうしよう⁉ そんな事を男の人に言われた事なんて、今まで一度だって……!


 慌てふためいた蓮花と違い、青年は実に冷静だ。蓮花は自分との温度差を感じた。

 ふと、蓮花は自分が男の恰好をしているのを思い出した。


――あれ? もしかして「大切な人」に異性の意味はない……かも? っていうか、つい最近その言葉を聞いたような……。


 蓮花は思い出した。玉葉が「蓮花は皇家にとって、丁家にとって、そして玉葉にとって『大切な人』」と言っていたのを。そして、その「大切な人」を街で一人歩きなどさせられないから、蓮花の正体は隠したまま丁家の「大切な人」として、腕利きの護衛を影から見守らせると。

 蓮花は、「そうか……。そういう事か……」とホッとした思いと、落胆の思いが胸にこみ上げてきた。


 その時、それまで燦々と降り注いでいた日の光が何者かに遮られる。皆がふっと上を見上げると、いつもは空高いところで優雅に身をくねらせている龍が、(だいだい)色の光の尾を引きながら、龍騎士養成所に舞い降りようとしているところだった。


「検査が始まる……」


 誰かの発した言葉に、蓮花はハッとして冷汗が出た。慌てて自分を助けてくれた青年に質問する。


「う、受付はすませましたか?」

「受付? いいや」


 青年はのんびりと答えた。


「じゃあ、急ぎましょう!」


 蓮花は青年に手を差し出した。青年は一瞬躊躇して蓮花の手を握る。


「走りますよ!」

「うむ」


今にも片づけを始めようとしていたところに、蓮花たちは滑り込む。受付と言っても名前を書くだけで番号札をもらえる。蓮花は「丁蓮てい れん」と書いた。偽名ではあるが、数百人もの受検者の身元を、いちいち洗うこともしないだろう。もし身元を確認されても、丁家は仮にも皇妃を出した高官の家である。深く調べられることはないだろう。また「蓮」という偽名も、あまりにも本名からかけ離れると、呼ばれたときに自分の事だと分からなくなるかもしれないからだ。

 蓮花は二千三百六十六番の番号札をしっかりと握り、「間に合って良かったですね!」と、青年に振り返り笑いかけた。

 ところが、青年は受付を前にして不思議そうな顔をしている。


「どうしたんですか?」

「これはなんだ?」

「なんだって、龍騎士の適性検査の受付ですけれど……」

「適性検査?」


 朧月は首を捻った。髪がサラサラと肩からこぼれ落ちる。


「あれ? もしかして、適性検査を受けに来たんじゃなかったんですか?」


 そういえば、玉葉は護衛が何歳かは言っていなかった。朧月を見て、てっきり一緒に受検するはずだと思い込んでしまったが、受けるつもりはないのだろうか?


「ごめんなさい! わた……僕ったら、一緒に適性検査を受けるのかと、すっかり勘違いをしてしまって!」


 朧月は蓮花の番号札に目をとめる。一瞬何か考えたような素振りの後、輝かんばかりの笑みがこぼれた。


「問題ない」

「え? 受検するんですか?」

「うむ」


 青年は、受付にすらすらと名前を書き、二千三百六十五番の番号札を手にした。


――朧月(ろうげつ)さんっていうのか……。


 朧月(おぼろつき)……。霧や(もや)に包まれて、柔らかくほのかにかすんで見える夜の月。美しいが、どこか神秘的な青年にぴったりの名前だと、蓮花は思った。


「じゃあ、一緒に頑張りましょうね! 朧月さん!」


 朧月の目が、軽く見開かれる。


「我の名を、覚えておるのか?」


――「覚えている」? あれ? 私、朧月さんと会ったことあったかな?


 蓮花の記憶にはない。こんな美貌の青年なら、一度見たら忘れるはずはないのに。そう思いながらも、蓮花は申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめんなさい。受付の帳面を見てしまいました」

「そうか……。うむ」

「あ! 僕の名前は、丁蓮です。れんって呼んで下さい!」


 もしかしたらすでに知っているかもしれないと思いながら名乗った蓮花だが、朧月は口の中で「蓮」という名前を転がした。まるで甘い甘い飴を舐めているかのように、頬をゆるませながら、じっくりと時間をかけて。


「良き名だ」


 朧月にそう言われると、何故か蓮花の全身がぞくぞくとした。


 ゴオオオン!!!


 大きな銅鑼が打ち鳴らされ、前庭に大きく響く。

 すぐに龍騎士訓練所の正門が外側に大きく開かれた。

 中からスラリとした男が、男性としてはしなやかな身のこなしで出てきた。鋭い顔立ちであるにもかかわらず、その男を柔らかな印象に見せているのは薄い橙色の襟巻きのせいだ。


「これから俺、龍騎士隊・楊可丈よう かじょうが適性検査を行う!」


 この男が、現在は清藍国に十五人しかいないという龍騎士の一人だ。大した家柄の者ではないが、平民が多い龍騎士の間では姓持ちは珍しい。そして若くて独身、それに優秀。蓮花――いや、第三皇女の結婚相手候補筆頭である。

 しかし蓮花は結婚するかもしれない可丈よりも、可丈がしている橙色の襟巻を食い入るようにじっと見つめた。すると襟巻きの留め金のようになっているところに小さな金色の角が二本あるのが目に入った。さらにその角をじっと見ているとクリクリとした虹色の目が居心地悪そうに蓮花を見つめ返した。

 驚きと嬉しさで蓮花の瞳が、めいいっぱいに開かれる。


「うわあ! 龍だ。守龍だ!」


 蓮花の叫びに気を悪くしたのか、虹色の目はツンと目を逸らした。

 この襟巻、そして先程空を駆けていたのが可丈の宝珠を持つ、可丈の守龍である。

神獣だけあって、龍には不思議な力がある。空を飛ぶ巨大な蛇のような姿にも、襟巻きにちょうど良い大きさにも、姿を変えることができるのだ。伝説にあるような、神力の高い龍は、大きさだけでなく姿も変えることができるのだという。


「ねえ、ねえ。見て見て、朧月さん!」


 しかし、隣にいたはずの朧月の姿が見えない。


「あれ? 朧月さん、どこへ行っちゃったんだろう?」


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