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「あの洛修様……。一つ気になる事があるのですが、よろしいでしょうか?」


 隼が洛修に質問を投げかける。


「なんだ?」

「洛修様ほどの方が、なぜ崖から落ちたのでしょうか?」

「……分からぬ」

「分からない?」

「そうだ。決して、不注意で足を滑らせたわけではない。しかし、この状況でこんな事を言っても信じてもらえぬであろうな……」


 珍しく洛修が肩を落とす。


「……あの龍騎士様でございますか?」

「なっ⁉ お、お前……」

「先頭には可丈先生、最後尾にはあの槍術の訓練の時に洛修様に手ひどくやっつけられた龍騎士様がおいででした。失礼ながら、洛修様は今、お仲間がおいでにならない状態。候補生の最後尾、そしてあの龍騎士の前を歩かれていたのではないでしょうか?」

「そうだ」

「であれば、洛修様の滑落を龍騎士様が気付かない訳はございません。しかしあの龍騎士は、、洛修様をひどく恨んでおいでのようでした。洛修様がご自分で落ちたのではないとなると、あの龍騎士様が……」

「……」


 ついつい、蓮花は口を挟んだ。

「それって、龍騎士が洛修を崖に突き落としたって事?」

「いいえ、そこまでは……」


 隼が首を振るが、洛修はポツリと呟いた。


「多分、龍だ……」

「え? 龍が洛修を崖に突き落としたってこと⁉」

「はっきりとは見ていないが、落ちた瞬間に、あの者の龍が見えたきがしたのだ」

「そんなバカな。龍が……なんで? だって、龍って神獣なんだよ。そんなひどいことをするわけがないよ!」


 洛修に食って掛かる蓮花を、朧月が引き留めた。


「蓮よ。落ち着くのだ」

「朧月……」

「龍は確かに神獣と呼ばれているが、決して高潔なわけではない。性格も好みも、個体によって違うのだ。龍の中には、性格の悪い人間を好む龍もいる。悪趣味な龍もいるのだよ。あの龍もそうなのであろう……」

「そんな……」

「隼もそう思ったから、その龍騎士ではなく、わざわざ先頭の可丈のところにまで行って引き返したのであろう?」

「……ええ、朧月様。その通りでございます」

「もしそうなら、許せることじゃないよ! たまたま、崖の途中の岩場にひっかかったから洛修は無事だったけれど、もしそうじゃなかったら死んでいるところだったんだよ! このことを可丈先生に言って……」

「丁蓮よ。無駄だ」

「え? 洛修?」

「あの龍騎士が……、あの龍がやったという証拠はない。私自身、あの龍騎士の龍を見たような気がすると思った瞬間に、崖を転がり落ちていたのだ。だからどうして落ちたのかは『分からぬ』としか言いようがない」

「そんな……。それじゃ、あの龍騎士を野放しにするしかないの?」


 隼が、したり顔で首を振った。


「あの龍騎士は、きっとまたな何か悪事を働くに違いありません。その時に、逃れられぬ証拠をつかむのでございます」

「……うん。分かった」


 蓮花が頷くと、洛修が「それにしても……」と隼の顔を見上げた。


「それにしても、お前よく頭が回るものだ。龍騎士になれぬ時には、我が家に来るとよい。孫家には、もう戻る気がないのであろう?」


 隼はびっくりしたように、目を大きくしたが、すぐにはにかむように目を伏せた。


「私などに、お声かけ下さりましてありがとうございます。しかし、私は必ず龍騎士になります」

「……そうか。すまぬことを言ったな」

「いいえ」

「……あの適性検査の時とは別人のようだな」

「蓮の……。友のおかげでございます」

「……そうか。友か……」


 今度は洛修が目を伏せる。その洛修の肩に、おそるおそるといった様子で隼が手を置いた。


「洛修様にもおできになります。きっと、真の友が……」

「ふっ。だといいがな」


 と、崖下からそよそよとした風が吹いたかと思った瞬間、轟音を鳴り響かせて突風が突き上げる!


「逃げてください!」


 洛修がいち早く岩陰に潜り込み、岩に抱きつく。そのすぐ手前で、朧月が蓮花に向かって手を差し伸べる。その手を取ろうとした時に、蓮花はすぐ後ろの隼の様子がおかしい事に気がついた。

「逃げて下さい」と言ったはずの隼が、せり出した岩場の真ん中で呆然としているのだ。


「隼どうしたの? 早く、こっちへ!

 蓮花は何も考えずに、隼を引き戻そうとする。しかしその手は宙をかき、蓮花は朧月の腕の中に引きずり込まれた。その瞬間、体が浮きあがりそうな突風が突き上げた。


「隼! 早く! こっち!」

「危ない! 蓮、出るな!」


 蓮花を腕で包んで守ろうとする朧月。その腕の間から蓮花は隼に腕を伸ばす!

 風が隼を飲み込んだ。木の葉のように隼の体は浮き上がり、風に飛ばされる。

ほんの短い間だったのに、目の前で隼が消え去った蓮花には気が遠くなるほどの長い時間に思われた。


「隼――――!!」


 しばらくの間、岩を削るような風が轟々と、蓮花の頬を殴りつけながら吹き荒れた。まるで何かが通り過ぎたかのように。

 風が収まった時、蓮花は小刻みに震えながらぺたりと座り込んだ。


「大丈夫か、蓮?」

「だ、大丈夫……。でも、隼が……隼が……。た、助けにいかなきゃ!」


 青ざめて強張らせた顔の洛修が、蓮花の腕を引き留めた。


「行くな! あのような風に巻き込まれて、あの者が生きているはずがない。探しに行ったら、お前まで巻き添えを食う事になるぞ!」

「隼が死んでいるわけがない!!」

「周りを見ろ! さっきの風で運ばれた倒木が至るところにぶつかった。地盤が緩んだぞ!」


 ハッとして蓮花が上を見上げれば、崖上からパラパラと小石が落ちてきていた。いつ崖崩れが起こっても不思議ではない。


「で、でも……隼が……」


 蓮花をつかんでいる洛修の腕を振り払った朧月が、ふんわりと微笑む。


「隼は大丈夫だ」

「朧月……」


 思わず蓮花は自分から朧月の腕に飛び込んだ。その頭を優しくなでる朧月。


「大丈夫だ。あの風は隼を傷付けたりはしない」

「え? それはいったい……」


 そこへ「おーい!」という可丈の声が耳に入った。


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