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6


「これからすべての試験合格者を対象に、最後の講義を始める。この講義は全員参加だ、いいな、朧月」


 可丈は整列している八人の候補生の中から、朧月を指さした。

朧月は仕方ないと肩をすくめる。


「これから龍の女王が住まう山脈――龍ノ(りゅうのあぎと)へ赴き、守龍を得られるように祈願をする!」

「「「はい!」」」

「龍ノ顎には、女王だけじゃねえ。いく頭もの龍が住んでいる。こんな機会でもなけりゃ、龍の生息地を直に見る機会なんてねえぞ!」

「「「はい!」」」


 可丈が頷くと、可丈のの襟巻がふわりと宙に浮きあがった。

 と、ぶわっと風が巻き起こり、蓮花は両腕で顔を覆いながら、必死に足を踏ん張る。

 風がおさまると、目の前に巨大な蛇のような形の橙色の龍がいた。襟巻も、巨大な龍もどちらも、可丈の守龍――寵橙(ちょうとう)だ。襟巻の龍もかわいいが、やはり巨大な龍を目の前にして、蓮花の気持ちはこれ以上ないほど上昇する。


「うわああああ! 龍だ! 龍だよ! やっぱり、かっこいいなあ! すごいなあ! 素敵だなあ! うわあ、うわあ、うわあ!!」


 その時、なぜか可丈の守龍――寵橙(ちょうとう)は、朧月を見て「ふふん」と笑ったように見えて、蓮花は目をパチクリとする。

 

「ねえ、朧月。さっき、可丈先生の守龍が……」


 蓮花の言葉を、朧月は遮る。


「我らが乗った(かご)を、あの龍が龍の顎まで運ぶのであったな?」

「え? ああ。うん……。龍は自分の龍騎士しか背中に乗せないから、大勢を運ぶときは籠に人が乗るんだよね」

「……そうか」


 蓮花たちは籠に乗り込んだ。その籠は四人乗りだ。

 蓮花の乗る籠には、他に朧月、隼、そして浩が乗る。もう一つの籠には、洛修と洛修の取り巻きだった候補生が乗っている。

 浩とは、あの試合以降、距離が開いたままだった。それを、寂しく思う蓮花と、ホッとする蓮花がいる。

 寵橙(ちょうとう)が浮きあがったかと思うと、景色が一変した。


「浮いてる!」


 籠を持った龍が飛びあがったのだ。

 遠くには青い海が見える。あの夢か誠か分からない龍と飛んだ夜には見えなかった青だ。そして龍ノ顎の稜線は、青空を切り裂いている。風で乱れる髪を押さえつけながら下を見れば、街や村の人々が蓮花たちの乗った籠を見上げ、笑って手を振っていた。


「守龍を得れば、空を飛べるんだよね? 籠なんかじゃなくて、先生みたいに龍の背に乗って!」


 蓮花は興奮して、思わず同乗者に話しかける。しかし、風が轟々と唸る中、蓮花の声はとどかない。


「……のす……、蓮……ん?」

「だから……」

「聞こ……せん、蓮!!」


 浩と隼の返事の声も、風に流れてしまっているようだ。

伝えるのを諦めた時、蓮花の頭にポンと温かな手が乗せられた。


「そうだな」


 朧月は、ポソリと呟く。小さな声なのに、驚くほどはっきりと蓮花の耳に届いた。


蓮花は、朧月の手の上に、自分の手を置いて「へへへ」と笑った。


 ほどなく、山の(ふもと)に二つの籠が下ろされた。


「うわあ、ここが龍の顎か……。なんか、想像と違って、普通の山だねえ……」


 蓮花の頭がコツンと叩かれれう。


「龍の顎は目に見えているような山じゃねえぞ。この山は神域であり、別の世界だ。見えているよりもずっと広い。溶岩も氷河も何でもある」

「へえ……」


 蓮花は、興味深く山を見渡した。

 もう一つの籠から、洛修が降りてきた。そして少し間をおいて、今まで洛修の取り巻きだった候補生たちが下りてくる。洛修はすっかり孤立していた。


「チッ! なんで今年はこんなに龍学の合格者が多いんだよ。おかげでこっちまで運び屋をしなきゃなんなくなったじゃねえか! おまけにこんなやつを運べたあ、なんてこった!」


 洛修たちを運んできた龍騎士だ。

 その龍騎士は、槍術の時間に洛修にひどくやられた男だった。籠から洛修が出て来る。龍騎士がじっと睨みつけるが、洛修はまったく気にした様子もなく、物珍しそうに龍ノ顎を見上げる。

 再び龍騎士が舌打ちをした。


「ここから先は歩きだぞ」

「「「はい」」」


 守龍を襟巻に戻した可丈が、さっさと山を登り始めた。

 道とはいえない、細い道。


「これ候補生たちが、龍の女王に祈りを捧げるために通った道だ」


 可丈が後ろを振り向きもせずに説明する。

 蓮花は、身が引き締まる思いで、一歩一歩踏みしめた。


「ここから先は、地形も天候も変わるぞ! 気を付けろ!」

「「「はい!」」」


 可丈の言う通り、すぐに荒れ狂ったような暴風が吹きつける場所に行き当たった。おまけに、そこは両脇が崖になっていて、下の谷間までは高さがある。風に吹き飛ばされて崖に落ちる恐怖を感じながらも、腕で顔を隠しながら蓮花は進んだ。

蓮花の肩が後ろからグッと押される。


「大丈夫か?」

「うん! 朧月は?」

「この程度の風、問題ない」


 この風で集団がばらけてしまった。先頭の可丈と浩が先を行き、少し離れて蓮花と朧月と隼。後ろの集団とも距離が空いている。

 再びグッと地面を踏みしめて、前に出ようとした時に後方から「うわああ!」という悲鳴が聞こえた。


「い、今のは?」

「……誰か、風に飛ばされたのやもしれぬ」


 はためく髪を押さえながら、朧月は後ろを振り向く。

 ここは切り立った崖だ。崖の下の谷間までは高さがある。風に煽られて踏み外しでもしたら……。さっと蓮花は先を行く可丈を目で探した。だが姿はもう見えない。

 再び後ろを振り向くと、他の候補生と最後を歩くはずの龍騎士が、風に負けずに姿勢を低くして歩いてきた。


「蓮先生⁉ こんなところで、どうしたんですか?」

「叫び声が聞こえて……」

「叫び声?」


 候補生たちは、お互いに顔を見合わせ、「あっ!」っと叫んだ。


「ら、洛修がいない! 洛修は? 洛修はどこ?」


 候補生たちは、お互いを見合って、首を振る。


 蓮花は、思わず来た道を駆けだした。他の候補生が驚いてすれ違いがてら、引き留めようとしたが、向かい風と追い風であるあっという間に蓮花は彼らの間をすり抜けた。


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