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「蓮先生、ここはどう解釈するんですか?」
「蓮先生、この出典元は?」
「蓮先生──」
「蓮先生────」
「蓮先生──────」
バサリ、バサリと蓮花の腕に書物、巻物、定規に筆など、様々な物が重ねて載せられる。
「うわあ、待って、待ってたらぁ!」
全てを受け止めようとした蓮花だったが、受け止めた端からいろいろな物がこぼれ落ちる。それなのに、さらにどんどんどんどん蓮花の上に山ができ、とうとう書物の下敷きになってしまった。
「た、助けて!! 誰か! 助けて!!」
忽然と朧月と隼が現れる。
「朧月! 隼! 助けて!」
ところが二人ともチラリと蓮花を見て、顔を背ける。
「朧月? 隼?」
嫌悪感に顔を背ける二人と、蓮花との距離がだんだん広がる。
鈴の鳴るようなかわいらしい声が降ってきた。
「姫様……」
「玉葉!? 玉葉なの?」
玉葉は、蓮花に手を伸ばす。その手を取って、蓮花はやっと立ち上がった。玉葉は朧月と隼が消えた方を見ている。
「あのお二人が、姫様から離れてしまうのは仕方がないことですわ」
「ど、どうして?」
「姫様は、男と偽ってお二人を騙しているのですもの」
「そ、それは……」
「姫様は、龍騎士ではなくて、龍騎士の花嫁になるのですわ」
「私は龍騎士に……!」
「いいえ、そうですのよ」
玉葉は、蓮花の髪に簪を刺した。珊瑚と水晶と鼈甲で飾られた金の簪。花嫁のように、高らかに結い上げた髪が拷問具のように、蓮花の頭をギリギリと締め上げ、幾重にも重ねた金糸銀糸の刺繍の花嫁衣装は拘束具のように、蓮花が身動き一つできないように締め付ける。
そんな蓮花の背中を、玉葉がトンと押した。
「さあ……、姫様。旦那様になられる方がお待ちですわよ」
ハァハァハァ!
蓮花は、飛び起きた。
「ゆ、夢?」
どうやら寮の自室で、勉強しながら寝てしまったようだ。
午前は講義を受けて、午後は槍術の訓練。それにその後に、朧月と隼と共に、走り込みや槍術の特別訓練も続けている。
蓮花は疲れていた。もうそろそろ最初の試験、座学最大の難関といわれる龍学の試験があるからだ。とはいっても、疲れているのは自分のためではない。
蓮花の机上には分厚い帳面が十三冊、今年の候補生の人数分のっていた。
最初の講義の後に、隼と浩に龍学を教えると約束をした蓮花だが、今では、洛修とその取り巻き以外の候補生のほとんどを教えている。それでついたあだ名が「蓮先生だ」。
最初は口頭で説明していたのだが、隼や浩のように読み書きが苦手な候補生も多く、理解に時間がかかった。そんなとき誰かが、「部屋でも読み返せる物があったら……」と言い出し、それならば、と蓮花が毎回の講義の後にまとめ帳を作り始めた。さらには、座学の試験への対策なども始めたのである。
「もうすぐ試験だもん。みんなのためにがんばらなくちゃ!!」
蓮花は、「ふんぬ」と両手を胸の前で握りしめた。
しばらく、帳面と格闘して、ようやく終わりが近づいた頃。ふと、蓮花はとうにろうそくの火も消えているのに、部屋が明るい事に気が付いた。
今宵は、満月なのだ。
蓮花は窓を開けて空を見上げた。
「うわあああ!!」
龍は蛇に形が似ているが、習性も似たところがあるのか寒がりだ。そののせいか、冬よりも夏を好む。それも今夜のような満月の晩を。
夜空には、何頭もの龍が空を優雅に舞っていた。
蓮花は椅子を窓際に移動させた。その椅子に座り、窓枠に肘を寝かせてその上に頭を乗せる。
「あの中に、私の守龍になってくれる龍は……いるのかな?」
ふわぁぁ、と大きな欠伸をした蓮花は、そのまま窓辺で眠りに落ちてしまった。
蓮花は知らない。
開け放ったままの窓から、一匹の龍が入ってきた事も。蓮花の体を自分の上にのせて寝台まで移動させた事も。そして蓮花の額に、その鼻面を押し当てた事も。それが毎日のことなのも。
ただ、蓮花は顔に幸せそうな笑みを浮かべただけだった。




