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 そんな二人の活躍をよそに、蓮花はひたすら運動場を走っている。

 槍の訓練をする以前に、体力がないからだ。

 それも仕方がない、本当の蓮花は後宮で、蝶よ花よと育てられた皇女なのだ。槍どころか、走るのさえ、ほとんどしたことがないのである。


「っつぅ……」


 足のマメが潰れてしまったようだ。いつも絹の靴を履いていた蓮花に、裏に皮が張ってある足袋は固すぎるのだ。足の痛みに耐えかねて、蓮花は木陰に倒れこんだ。


「蓮さ~ん! こんなところにおったのすか~」


 農家の息子であるという浩だが、体を動かすのも苦手なようだ。最初は蓮花と同じく、体力がないと言われて、走り込みをしていた。でもある日から、急に足が速くなり、長距離も走れるようになったのだ。今では、槍の訓練にも参加している。

 浩は、「はあ、よっこらしょ」と、蓮花の隣に座り込む。


「浩さん、槍の訓練はしなくていいの?」

「いいのすよ。おいが頑張ったところで、あの二人みたいになれるわけではないのすから。要は、失格にさえならなければいいのす。無駄に頑張る必要はないのすよ」

「でも龍騎士になったら……」

「それより、蓮さんはいいのすか? このままじゃ、走り込みだけで終わってしまって、槍の訓練ができないのすよ」

「そうだけど……」

「いいものがあるのすよ」

「いいもの?」

「走りの宝貝(ぱおぺい)のす。特別に、蓮さんに貸してあげても……」

「いらないよ! 訓練は自分自身の力でしないと、龍騎士になった時に役に立たないよ」


 浩は、やれやれとため息をついた。


「蓮さん。そんなんじゃ、ここでやっていけないのすよ。できるところは手を抜かないと、体力も気力ももたないのす。宝珠を作るまでに、魂が擦り切れてしまうのすよ。それに龍騎士になった時に役にたたないって言うのすけれど、龍騎士になったら守龍が加護をくれるのす。訓練で苦労して体力をつけるようなことは、加護でどうにでもなるのす。そしたら、加護は無駄じゃないのすか?」

「で、でも……」

「大丈夫のすよ。おいと蓮さんの秘密にするのすから……。こんな走り込みはさっさと卒業して、蓮さんも早く槍の訓練をしたいのすでしょ?」

「……」


 蓮花も、本心では走り込みばかりは、うんざりしていた。


 浩は両手で、蓮花の手を握った。その手は柔らかく、じっとりと汗ばんでいるのに、冷たく気持ちが悪い。思わず手をひっこめようとした蓮花だが、浩の力は強い。


「……蓮さんの手は、まるで女のように柔らかいのすね?」


 心なしか、浩の息が荒い。ぞわぞわっと鳥肌の立つ、蓮花。

 と、浩の頭が、何かにぶつかったように、真横に弾かれた。


「こ、浩さん⁉」


 目の前で白目をむき、口から泡を吹いている。


「浩さん、大丈夫? どうしたの、浩さん⁉」


 倒れた浩を揺さぶっていると、蓮花は後ろにぐいっと肩を引っ張られ、誰かの大きく広い胸にぽすっと収まった。上を見上げる。


「ろ、朧月⁉」


 そこにいたのは、講義にも訓練にも出ないで、昼間いったい何をしているのか分からない朧月だった。


「大事ないか?」

「大事ない……って。なんで、こんなところに……。って、まさか、浩さんに何か……」


 浩は、頭に何かがぶつけられたかのように、不自然に倒れた。


「うむ」

「ちょっと! どうしてこんなことを?」

「蓮が困っているように見てたゆえ……」

「そ、そりゃ……。でも、そんなことしちゃダメだよ!」

「ダメなのか?」

「そうだよ。もう、どうしよう。こんなところに、浩さんを置いていけないよ。朧月! 責任取って、浩さんを背負ってよ。それで医務室に連れて行かなきゃ!」

「断る」

「断るって……。朧月!」

「我が背に乗せるのは、惚れた女子(おなご)だけと決めておるゆえ」

「……惚れた女子? 朧月って、好きな女の子がいるの?」

「うむ」


 朧月の顔は、今までに見たことがないほど蕩けそうな表情だった。自分に向けられたものではないと知りながら、蓮花はドキリとする。と、同時に、何故か胸がチクリと痛んだ。


「そっ、そっか……。そうだよね。好きな女の子くらいいるよね。ねえ、どんな子? 朧月は、食いしん坊だから、やっぱり杏ちゃんみたいに料理の上手な女の子なの?」

「料理……をしているところは見たことがない」

「料理をしない……ってことは、どっかのお嬢様なんだね」

「確かに、大勢の者がかしずいておるな」

「へ、へえ……。そうなんだ」


 それきり、蓮花は何も言えなくなる。

 蓮花は、お茶会などで皇宮に呼ばれた令嬢方の顔を、思い出そうとしてみる。しかし残念ながら、一般の令嬢たちと、龍の話にしか興味がない蓮花に共通点はなく、また憧れではあっても権力のない龍騎士に嫁ぐことが決まっている蓮花と、友好を結ぼうといういう令嬢もいなかったため、特に思い出せる顔もなかった。蓮花が知っている令嬢といえば、玉葉くらいのものである。

しかし、どんな令嬢であっても、男装して龍騎士訓練生になっている蓮花とは大違いに違いない。


「蓮! 大丈夫ですか⁉」


 息を切らした、隼が現れた。


「心配で様子を見ていたら……。浩さんは、どうしたのですか?」

「えっと……。あの……」


 蓮花は、正直に朧月がやったのだと言おうかどうしようか迷う。そんな蓮花の様子を見ると、隼は苦笑いを浮かべた。


「医務室に運びますね」

「え?」


 慣れた様子で、隼は、浩を自分の背に乗せた。


「ありがとう」

「いいえ。別に、蓮がお礼をいうようなことでは……。ところで、朧月さん。どうしてこんなことろに? いえ、せっかく来たのですから、訓練をしていってはいかがですか? その……このままですと、失格に……」

「我はよい。訓練どころか、我と対等に戦えるものなどないのだから」


 隼の誘いかけに、朧月はむっつりと頷いた。隼は苦笑いを浮かべて、蓮を振り返った。


「さ、蓮も医務室に行きましょう」

「え⁉ 僕はいいよ。まだ走り込みが残っているし」

「ダメです。足のマメが潰れているんでしょう? 早めに手当てしないといけません」

「大丈夫だよ。大げさだな」

「いいえ。大げさではありません。ちゃんと手当てしないと、明日からの訓練に差しさわりが出ますよ」

「でも……」

「ダメです」


 どうあっても、隼は折れそうにない。蓮は仕方なく「分かった」と呟いた。


 医務室へと行く道すがら、蓮花は「そういえば……」と、尋ねる。


「そういえば、さっきは何を心配して僕を見てたの? マメが潰れたから?」

「えっと……」


 隼は意味ありげに、朧月に目を配り、ニコリと笑った。


「無用な心配でした」

「?」


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