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「今日の講義も、楽しかったね!」


 龍学の講義が終わりったばかりの教室で、蓮花はウキウキとした声を上げた。一方、蓮花に話しかけられた隼は浮かない顔をしている。


「どうしたの、隼?」

「実は……。俺は、普通の文字はなんとか読めるのですが、難しい文字や言葉は……。さっきの講義も陸源老師が何を言っているかもさっぱり分からなかったのです」


 隼は情けなそうな顔をして、うつむく。


「そっか……。孫家にいたなら、勉強の時間なんてないよね」

「はい……」


 むしろ、あの劣悪な環境にいて、なんとかでも普通の文字を読めるというのを褒めるべきかもしれないと、蓮花は思った。


「あのね、隼。勉強なら、僕が手伝うよ」

「本当ですか!?」


 隼の顔がパッと明るくなる。


「うん。任せておいて!」

「あ、あの~」


 どこからか、訛りの強い、間の抜けたような声がした。


「あ、こっち。こっちのす」


 蓮花が振り向くと、いかにも純朴そうな太めの青年が申し訳なさそうに眉尻を下げている。


「あの。おいにも勉強を教えてくれんのすか?」

「えっと……、あなたは?」

「ああ……。おいは、こうといいます」


 よろしくと浩は頭を下げた。


「実は、おいは適性検査を合格したのは三回目で……」

「三回!? すごい!!」


 浩は、照れたように頭を掻いた。


「すごくなんかないのす。適正検査を三回合格しても、二回は宝珠を作る見込みなしと、落とされとるのすから……」

「あ……」


 適正試験はあくまでも、宝珠を作れるほどの魂の大きさがあるかどうかを測るためのもの。その後、候補生は槍の訓練や、龍学をはじめとした勉学が行われる。そこで、宝珠を作る見込みがない者や、龍騎士隊に入るための基準に満たない者は失格となり、ふるい落とされる。浩が言っているのは、そういうことだ。


「あの。おいが、失格になったのは、勉強ができなかったからのす! 蓮さん、おいにも勉強を教えてくれんのすか? そっちの兄さんのついででかまわないのすから」


 必死な形相で頭を下げる浩を見ていると、蓮花は嫌とは言えない。


「えっと……。浩さん! 一緒にがんばりましょう!!」

「本当のすか? うわあ、助かります」

「なあに。同じ龍騎士を目指す仲間じゃないですか!?」

「ほんに蓮さんは、お優しいんだなあ……」

「そんな事は。あははは……」


 ふと見ると、珍しい事に、隼が鼻にしわを寄せていた。


「んでは、さっそく今日やったここなんのすけども……」


 しかし講義の復習が始まると、隼も慌てて教科書を広げた。


 こうして他の講義でも、朧月は出席しないまま、蓮花と隼の間に、浩が混じるようになった。浩と一緒に過ごす時間は増えたが、もしかしたら隼は浩の事が苦手なのかもしれないと、蓮花は思う。そしてちょっぴり蓮花自身も。けれど「蓮さん、蓮さん」と慕ってくる浩を突き放すこともできなかった。

隼や浩が、蓮花に勉強を教えてもらっていると、他にも勉学に自信がない候補生が混じるようになった。ちゃんとした教師に付いた事がない、地方の庶民の者達だ。その事を知ると、よけいに蓮花は、彼らに勉強を教えるのを止められなくなった。皇都と地方、また身分の格差を埋めるのは皇族の仕事だからである。



◇◇◇



 屋外運動場の一角から、「おおお!!」と歓声が沸いた。

 龍の背に乗って戦う龍騎士の主要武器は、手先の長い槍だ。槍術の鍛錬は訓練生だけではなく、現役龍騎士でもかかさない。今現在、清藍国に十二人しかいない龍騎士と、十三人の龍騎士候補生が、槍術の訓練は合同で行う。

 歓声を上げているのは、その龍騎士たちだ。


「なかなかやるな!」

「はい!!」


 歓声の中心で、隼が龍騎士と槍を交わしていた。

 隼も蓮花と同じで、今までに武術など習った事がない。それどころか、最低の環境で育ってきた。満足な栄養と満足な睡眠がとれるようになったのも、孫家を出てこの龍騎士訓練所の下働きになってからだという。

 この人間らしい生活が、眠っていた力を引き出したのだろう。訓練を始めると、みるみる動きが良くなっていった。また時折見せる人間離れした速さも、すでに龍の加護を受けた龍騎士のようだと評判になっている。

今も相手の攻撃を、素早い動きでかわし続ける。


「ちょこまかと逃げ回ってばかりいないで、かかってこい!!」

「は、はい!」


 返事をしたのはいいが、攻撃をためらっている。隼の欠点は、優しすぎる事だ。

 あえなく槍を叩き落とされて、訓練は終了した。

 隼は相手を務めてくれた龍騎士に助言を受けている。厳しい顔をした龍騎士だが、隼の事が気に入ったのだろう。隼が頭を下げた時に、ポンと肩に手をおいていた。


その近くで騒ぎが起こった。隼の時のような歓声ではなく、怒声に近い。その声の中心にいるのは、洛修だ。

 膝をついた龍騎士に、ピタリと矛先を向けている。


「龍騎士の実力とは、こんなものですか?」


 煽るような洛修の言葉に、練習相手は怒りの形相を浮かべる。


「ガキが、生意気な!!」

「そのガキに、いいようにされているのは、いったいどなたですか?」


 龍騎士は洛修の足を狙って、槍を払うが、優雅な跳躍で避けられてしまう。

 洛修は龍騎士になるために、槍術の専門の教師に指導を受けていたに違いない。それほど、見事な動きだった。

 まだ戦いの最中だというのに、胸元から出した扇子で優雅に口を覆い、「こんな者の宝珠を欲しがるなど、この者の守龍もたかが知れています」と洛修は言った。

 そのとたん、龍騎士は顔色を土色に変えた。


「そこまで!!」


 可丈が二人を止めた。


「守龍から手を離してもらおう」


 龍騎士の手は腰に下げた狐のしっぽのような毛玉に伸びていた。毛玉は龍が変化したものだ。

 可丈は厳しい目を龍騎士に向け、お互い無言でにらみ合う。

 しかし龍騎士は、手を下ろした。

 立ち去り際、怒りがおさまらない顔で「このまますむと思うなよ!」と吐き捨てて去って行った。


「あの者が悪いのです。大した技能もないくせに、龍騎士だと矜持ばかりが大きすぎる。矜持とは実力と行動あってのものです」


 恫喝など気にも留めていないような澄ました顔の洛修に、可丈は祈るような口調で囁く。


「お前のいう事は正しい。その魂も正しい事を願うよ」



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