2
「こら、遅いぞ!」
「すみません!!」
講堂の入り口で可丈が腰に手を当てて待っていた。いまいち締まらないのは、ふわっふわの薄橙色の襟巻きのせいだ。じっと蓮花が襟巻き――可丈の守龍を見つめると、毛に埋もれていた目と目が合ったが、ツンと逸らされる。
蓮花たちは、苦笑いしながら講堂に入る。
「うあぁ。ここが講堂かぁ。広いな……あ。あああ⁉」
蓮花は焦ってバッとうつむいた。なぜなら講堂の正面の壁に第三皇女・蓮花の巨大な姿絵が飾られていたからだ。
――な、なんでこんなところに、私の絵が飾ってあるのよ!?
「どうしたんですか?」
「な、なんでもない!」
隼と、うつむいたままの蓮花は、候補生の列の端に並んだ。
「龍騎士訓練所の院長、陸源老師が出てきましたよ!」
顔を上げないようにして、目だけを壇上に向ける。
蓮花の絵の前に、袈裟をかけた小柄な好好爺が現れる。しかし何かおかしい。そのおかしさの原因に気がついたとき、候補生のほとんどは肩を震わせながら下を向いた。陸源の頭の上に乗っているのが髪の毛ではなく、小さく変化した、ふわふわの紫色の守龍だと気がついたからだ。結果的に、蓮花がうつむいているのが目立たなくなった。
陸源はコホンと咳払いをする。
「あ~。適性検査に合格した十三人の皆さん。おめでとうなのじゃ。あなた方は龍騎士候補生となったのじゃ。しか――し、十三人全員が龍騎士になれるわけではないのじゃ。龍騎士になるには、守龍を得て龍騎士にならなくてならないのじゃ」
候補生たちは、みな緊張して、ゴクリと喉を鳴らした。
「守龍を得るには、宝貝で宝珠を作らなくてはならないのじゃ。しかし、宝珠を作るには、危険が伴うのじゃ。だから見合わない候補生は、容赦なく失格にして、ふるい落とすのじゃ」
入隊式で浮かれていた候補生たち「ふるい落とす」と聞いてざわりとした。
「それに宝珠を作れても、全員が龍騎士になれるわけではないのじゃ。作った宝珠を欲しいという龍がいなければ、守龍を得ることはできないのじゃ。宝珠は、魂を分割して作るものじゃ。守龍を得られれば、分割した魂を補って余りある加護が得られるのじゃが、守龍を得られなければ、魂は宝珠ごと無に帰すのじゃ。そうなると、記憶の一部や感情が失われることもあるのじゃ。だから、よく考えてみるのじゃ。ここで辞退するか、それとも危険を承知で続けるか……」
候補生たちの顔は、不安に揺れていた。しかし、誰も動かない。
陸源は、しっかりと頷いた。
「三ヶ月、頑張るのじゃ!」
壇上を去りかけた陸源が再び壇上に戻り、第三皇女蓮花の絵を指さす。
「頑張れば、このように美しい姫様を、お嫁さんにする事もできますぞ!」
そう言い残して、陸源は今度こそ満足そうに壇上を降りた。
蓮花の絵は、候補生の士気を上げるためのものだったらしいが、蓮花にとってはなんとも苦痛の多い入隊式だ。
「あの美しい女性は誰ですか?」
隣にいる隼が、蓮花の絵を指さして首を傾げた。本人が隣にいるのに気が付かない。「そりゃあ、美化されているから仕方がなけどさ」と苦笑いしながら、説明をしようとした蓮花たちの後ろから、声がかけられた。
「知らないのか? 孫家の使用人」
綾錦をまとい、絵の蓮花と比べても遜色がないほどの美貌の少年だ。
「氾洛修様……」
蓮花は反射的に、洛修に背中を向けたまま顔を隠すようにうつむいた。蓮花と面識はないが、氾皇后の甥である。孫金餅なんかよりも、はるかに皇家に詳しいはずだからだ。
適性試験の時は、孫金餅と揉めている洛修を、蓮花は遠くから見ていただけなので、なんの危険も感じなかったが、こんな近くで会ってしまったら……。
――バレる。絶対にバレる! バレないはずがない!!
洛修は、ゆったりとした優美な動作で隼に頷いた。
「うむ。隼といったな。孫家を抜け出せたようで何よりだ」
「はい。ありがとうございます。あの……その節はありがとうございました」
「何のことだ?」
「私が適性検査で並んでいた時の事でございます。二番目に並んでいた氾家の方には、大変助けられました」
「知らぬ」
「そうでございますか。でもお礼を申し上げます」
「うむ」
「ところで、あの姫のことであったな……」
洛修は姿絵の蓮花を、うっとりと見つめた。
「あの方は、第三皇女であらせられる蓮花姫だ」
「蓮花姫……?」
「本当の姫は、あの程度の姿絵では表す事のできない、高貴で美しい姫なのだ……」
それ、誰の事を言っているのよ!? え? むしろ実物の影もないくらい美化されているわよね? それよりも美しいってどういう事? だ思わず突っ込みたくなる蓮花だ。
洛修は、悩ましげなため息をつく。
「清藍国の第三皇女は、その高い身分にもかかわらず、龍騎士と結ばれなければならないという、古い古い掟に縛られているのだよ。なんという不幸だろう……。私が見事、龍騎士となった暁には、姫と結婚してさしあげたいと思っている。身分の釣り合う私が……。きっと姫も喜ばれるであろう」
うっとりとため息をつく洛修。
蓮花はゴクリと唾を飲み込む。もし洛修が婚約者を決める時までに龍騎士になっていたら、その可能性がないわけではないからだ。龍騎士のほとんどは庶民出身だ。今までの第三皇女も庶民に嫁いでいた。高官の子息が龍騎士になった例もないではないが、時代があわなかったのだ。蓮花の結婚相手の筆頭候補が可丈なのも、優秀なのに加えて、姓持ちだからなのが大きい。しかし、もし釣り合いのとれる身分の子息が龍騎士となったら……。
おそるおそる蓮花は肩越しに洛修の顔を見る。氾皇后に似た、煌びやかな美貌。
――……ないわ。だって私よりもきれいだもん。
うげっとなる蓮花に、洛修はとうとう気がついてしまったようだ。洛修はカッと目を開く。
「そなた……!!」
――バ、バレた――――!!
蓮花は思わず「男です。女じゃありません」と訴えるために、あのスリの前でしたような『男らしい立ち姿』になった。
「な、何か?」
「……」
「…………」
「………………」
「……………………」
「かわいそうにのう……」
「へ?」
「そなたのように体が小さくては、訓練についていけないかもしれぬと心配したが……、頭の方も……で、あるか……」
「え、え~と」
――バレてない?
洛修は「無理をせぬように……」と言い残し、他の候補生の元へ去って行った。氾家の子息とあっては、早速にも取り巻きが出来たようである。
一方、残された蓮花と隼は……。
「何なのあれ? もしかして励ましてくれた?」
「さ、さあ……」
隼も、苦笑いをなんとか隠そうとして隠せないでいた。




