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 凍てつくような夜明け前の空に、満月と水龍(すいりゅう)星と金龍(きんりゅう)星が一列に並んで輝く年に一度の日。夜中の店じまいをする者や、朝早くの商売の準備をする者が、そろって空を見上げては、かじかんだ指先に「はあっ」と息を吹きかけて、今年も「あの日」がやってきたと呟いた。


 清藍(せいらん)国皇宮近くにある高官・(てい)家から、皇妃となった娘がいた。しかし、皇帝の寵愛むなしく、その娘は皇女を一人産んで世をはかなんだ。昨日はその七回目の法要であった。区切りとなるその法要に、皇宮でも奥深くにある後宮で、たおやかに育っているはずの第三皇女・蓮花(れんか)が、従姉妹で側仕えの玉葉(ぎょくよう)と、丁家に数日間の宿下がりしていた。玉葉にとって丁家は実家でもある。


 その丁家の屋敷。まだ日も明けきらないというのに、まるでカエルが潰されたような苦し気な声が聞こえる。


「ぐっ……。ぐ、苦じい!」

「嫌なら、お止めになりますか? 姫様」


 うんざりとしてはいるが、鈴のようなかわいらしい声で玉葉が問いかける。


「い、嫌よ!」

「なら、我慢なさって下さいませ」


 玉葉は「せ」の発音と同時に、蓮花の胸のさらしをギュッと締め上げ、蓮花はさらにぐえっと悲鳴を上げた。


「それにしても、この玉葉には分かりませんわ。皇宮の奥で蝶よ花よと育った姫様が、こんなことをなさるのか……」

「え? この変装の事? そりゃあもちろん、龍騎士の適性検査を受けるためだよ」

「そうではございません! わたくしが言っているのは、どうして姫様が龍騎士になりたいのかでございます!」

 

 ふいに、蓮花は力強く立ち上がった。


「どうして私が龍騎士になりたいかですって?」


 蓮花はさらしなどしなくともほとんど膨らみのない胸を張り、女性らしいくびれもない細い腰に両手をガシっと置いた。


「そ──んなの、決まっているじゃない! 私が龍を大好きだからよ!」


 深い理由などない、実に明快な理由であった。

 蓮花が鼻息をフンと鳴らした瞬間、胸をおさえつけていたはずのさらしがハラリと落ちる。


「きゃああああ!!」


 悲鳴を上げて、蓮花は胸を押さえてしゃがみ込む。


「姫様! 使用人が集まってしまいます! お静かに!」

「ご、ごめん玉葉」

「姫様! もう一度最初からやりなおしです」


 また最初からあの苦しい思いをするのかと、グデッとなった蓮花であった。




 龍は神力を持った、神獣である。その力はどんな獣も足元に及ばず、翼もないのにどんな鳥よりも速く空を駆け、その知恵はどんな知恵者であろうと足元にひれ伏す。

そんな龍にも唯一の悪癖があった。

 龍の千年とも二千年ともいわれる長い一生の中で、たった一人の人間の男に恋してしまうのだ。龍は(めす)しかいないからである。龍はその人間を守り、戦い、知恵を授け、欲しい財宝があればくれてやる。人々は、そんな龍を「恋龍(れんりゅう)」と呼び、龍に愛される幸運な人間を「龍の恋人」と呼んだ。


 しかし時代は変わる。


 五百年前、清藍国のある青年が、自分の恋龍に願った。ある人間の娘と結ばれるのを手伝って欲しいと。いくら「龍の恋人」と呼ばれようとも、姿も、大きさも、寿命も、そして存在さえも、全く異なる龍に恋する人間はいなかったからである。

 恋龍は嫉妬に苦しんだが、青年の望みを叶えてやることにした。龍は恋する人間の望みを叶える生き物だったからである。

 龍の仲立ちで青年と娘は恋仲になったが、娘の親から結婚は許されなかった。何故なら、娘は清藍国の第三皇女。身分違いの恋だったのである。


 青年は再び恋龍に願った。第三皇女と結婚をしたいと。

 恋龍は青年にある宝貝(ぱおぺい)を授けた。その宝貝(ぱおぺい)は、魂の一部を封じ込めて、宝珠にしてしまうものだ。一部とはいっても、その魂は龍を惹きつけてやまず、次第に龍は人間の代わりに宝珠を愛するようになった。龍にとっても、人間に恋をすることは危険を伴うからだ。命短い人間に恋をしても、必ず先に逝ってしまう。その後、命絶えるまでその者を想い続けて生きなければならない。その点、宝珠ならば人間が死んだ後も、ずっと在り続けるからだ。

 しかし誰でもこの宝貝(ぱおぺい)で宝珠を作れるわけではない。普通の人間なら、魂の一部を欠けたならまともに生きていることはできない。しかし、龍が恋するような人間は魂の容量というか、大きさが元より巨大なのだそうだ。龍と出会わなくても、そういう人物は良くも悪くも運命を引き寄せるのだそうだ。

 そして宝珠を作ったからといって、その宝珠を龍が気に入るかどうかは分からない。宝珠には作った者の性質を強く反映するからだ。要は、宝珠を作れるのは開始線に立ったに過ぎない。宝珠を受け取るも放っておくも、龍の好み次第というわけだ。


 かくして、龍は人に恋をしなくなり、「恋龍」もいなくなった。しかし人と龍の間が疎遠になったわけではなく、恋の代わりに宝珠で関係を結び、「恋龍」を「守龍」と、「龍の恋人」を「龍騎士」と名を変えて信頼や友情を結ぶ関係は続いていった。

 変化した点は他にもある。龍は一生に一度しか恋をしないが、龍は気にいった宝珠があれば、何度でも受け取るようになった。その結果、龍の恋で始まる「恋龍」と「龍の恋人」は百年に一度しか誕生しなかったが、宝珠で始まる「守龍」と「龍騎士」は数年おきに誕生するようになったのである。宝珠の宝貝(ぱおぺい)により、発言権を持った青年は、守龍と龍騎士を取りまとめて、「龍騎士隊」を作り隊長となる。

 龍は比類なき力を持った生き物である。龍騎士隊に敵対できるようなものはどこにもおらず、ほどなく清藍国は「龍に愛されし国」と称されるようになった。

 青年は龍騎士隊を率いた功により、第三皇女と結婚が許されたのだ。かつて、自分に恋する龍に願った通りに。




本日、あと二回更新する予定です。

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