4・魔導書グリモワール
1ヶ月に10話くらいアップ出来たら良いのにな。
《忘却の魔女よ、我が名は魔導書グリモワール》
厳格で低く重い声が部屋内に響き渡り、最初の頁がパラパラとめくれ空中に金色の光の文字が浮かび上がる。踊るように数字と言葉が繋がっていく。
一つ、魔導書グリモワールは魔女スカーレットの記憶の欠片を封じたものである。
二つ、魔導書グリモワールの封印はスカーレットに縁がある者が触れると封印の一部が解除される。
三つ、魔導書グリモワールの封印はスカーレットが良き行いをした場合にも封印の一部が解除される。
四つ、魔導書グリモワールへ故意に攻撃して封印の解除を試みた場合は魔導書ごと記憶が消滅する。
五つ、尚この制約は記憶の解放により追記される場合がある。
私が目を通すと光の文字の誓約はほろほろと崩れ空中に散開していった。
《誓約を確認した褒美にマスターが答えられる範囲の質問を許可しよう》
グリモワールは身を捩り埃を払いつつ、変わらず浮遊しながらこちらを見下ろしている。目がないから本当にこちらを認識しているかは分からないが。
マスターとはこの本に私の記憶を封じた奴のことだろうか。
「マスターの名前と目的を教えて」
《その質問には答えられない》
やはり、そうくるよね。眠ったままの少年の髪をさらさらと右手で弄びつつ質問を続ける。
「なんで私は記憶を失ったの?」
《その質問には答えられない》
イライラを抑えるために少年の髪をわしわしと先程より強く弄びながら質問を続ける。
「私が記憶を取り戻すメリットは?」
《良き魔女となり、マスターがお喜びになる》
私がはぁ?と嫌な顔をすると魔導書は言葉を続ける。
《逆に、記憶を取り戻さず悪き魔女に成り下がった場合は魔女狩りに粛清されるであろう》
もっとはぁ?という嫌な顔をするが魔導書は何食わぬ顔で中に浮いている。いや、顔など奴には無いのだけれど。
「じゃあ、良き行いの基準は?」
《その問いに答えるために屋敷妖精たちにより、新しく解放された記憶を授けよう》
待ってましたと言わんばかりに魔導書が光り輝き白紙だった頁を開く。
赤とも青とも形容される不思議な色の炎が踊るように紙面を走り光輝く文字が現れた。
脳内に深淵の森、暗がりの洞窟、小さな街、魔法道具屋、屋根裏の小さな部屋、いろいろな光景が浮かぶ。
走馬灯とも言えそうな記憶の濁流が全身を駆け巡る、霧がかった思い出の中を巡り、出口を探すとドアの前で銀白色の髪の少年がこちらを振り向き微笑む。
その顔を思い出そうと身を乗り出そうとした時には記憶の欠片は私の身体の中から消え手繰り寄せそうにもなかった。
暫く呆けていると魔導書は身体を折るように本を閉じ、先程と変わらず空中浮遊を楽しんでいるようだった。
「おかげさまで、ある程度のこの辺の地理が頭に入ったよ」
あまり気持ちの良い体験ではなかったけどねと続けようとしたが、馬鹿らしくなりやめた。
《我が主より魔女へ通達する、深淵の森に巣食う悪しき魔女を粛清せよ!それが良き行いである。》
魔導書の楽しそうな声が響き、またもやパラパラと自身の身体を捩り、しおりが挟まれた頁を私の眼前に開く。
『記憶の欠片が欲しくば
深淵の森を根城にしている隷属の魔女を討て
魔女は人間と手を組み森を不浄のものとしている』
開かれた頁に短く紡がれた光文字が赤黒く点滅する。
情報を整理すると、私が眠っている間に隷属の魔女とやらが縄張りに入って来て、人間と手を組み何か悪い事をしている。そして、その何か悪いことの犠牲になったのが森で肉塊になっていた少年少女たち。
魔女が悪いことをするのは仕方のない事だが私の庭を使われていると思うと腹立たしい。それが良き行いだと言われなくても退治してやっても良いだろう。
さて、どうしたものかと少年の髪を弄んでいた右手を頬へと落とす柔らかな感触が気持ち良い。次に、規則正しく上下する腹に手を伸ばす温かく柔らかい肌に高揚する。先程見たばかりだがこの中には甘美な血肉が詰まっているのだと思うと涎が垂れそうだ。
左上腹部から下腹に撫でていく、天鵞絨を撫でているような感覚に夢中になっていたが、パチリと音がすると私の右人差し指の爪が割れ血が垂れた。
よく目を凝らすとうっすらと魔女の刻印が少年の下腹部の素肌に刻まれていた。魔女が自分のものだと主張する所有印だ。
隷属の魔女のものだと理解した瞬間には私の所有印を上書きしていた。ついムキになって何重にも所有印を上書きしてしまった。こんなにも簡単に上書き出来るということは私よりかなり格下の魔女なのだろう。
《忘却の魔女よ、隷属の魔女を粛清せよ!良き行いを我が主人に示せ!》
「言われなくても髪の毛一つ残らないくらい完璧に粛清して来てあげるよ」
自分が乱した少年の衣服を整えると起こさないようにゆっくりと立ち上がり、窓辺に歩み寄る。
月夜が差し込む窓ガラスに、爛々と輝く私の赤い瞳が映される。嫉妬の色で輝く紅、赤。緋。
気まぐれで拾った人間の子どもに先に唾をつけられていたことがこんなにも腹立たしいとは思いもしなかった。
それに加え、なぜ私には記憶がない。魔導書の主人は誰だ。良き行いとはなんだ。この世界の全ての理が腹立たしい。窓を乱暴に開け放つと暖炉の隅に飾ってあったホウキが私の足下に飛んできた。
《魔女よ、蒼き焔の加護があらんことを》
「心配なんか要らないよ。これは粛清というか…一方的な虐殺だから」
歪んだ笑みが唇を彩る。まだ夜は長い。私の逸る気持ちに呼応するようにホウキが跳ねるように宙へ浮かぶ。それに跨がり窓の外へ飛び出す、月夜の空中散歩の始まりだった。
早くショタ ショタしたい…