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3・塔に住む精霊

少年を抱き上げたまま森の中をしばらく進むと開けた場所にたどり着く。荒れてはいるが小さな畑と古ぼけた井戸が見え、その奥には背高く聳える塔が見えた。

石造りの建物で所々綻びが見えるが、黒い重厚感がある装飾が如何にも魔女の家ですという近寄り難い雰囲気を醸し出している。記憶を失う前の私は分かっている人物のようだ。


大概が剥げた石畳みを突っ切り、錆びて朽ちた鉄の門を潜って、塔の扉の前までたどり着く。山猫に蝙蝠の羽が生えたような魔物の装飾が彫られた漆黒の扉がやけに懐かしい。しかし、装飾のモチーフになっている魔物を先程5体ほど屠ってしまったことを思い出して嫌な気分になる。大事にしていた使い魔だったかもと思ったがそもそも奴らは違う魔女に使役されていたようだったことを思い出す。


重い扉が軋み擦れた音をさせながら開く、主人の帰還を快く迎え入れてくれたようだ。

月明かりだけでない人工的な照明が目に入る。私の存在に気づき急いで点してくれたのだろう。


《オカエリナサイ!スカーレット!》

《可愛イラシイオ客サンモイルノネ》

《紅茶ト茶菓子ヲ用意スルワ》

《オ客サン眠ッテイルノネ》

《暖炉ニ薪ヲ足ソウ 冷エタラ大変》


石畳の玄関に足を踏み入れた途端、四方八方から屋敷僕の精霊たちの声が舞い降りてくる。

塔の内装は中央が吹き抜けになっていて最上階の3階からも精霊たちのお喋りが降り注ぐ。長い間留守にしていたようだが、精霊たちの頑張りにより全体的に手入れが行き届いていた。


「ただいま。私の部屋に皆を呼んでくれる?大切な話があるんだ」


何年ぶり?何十年ぶり?の再会をお互い喜ぶこともなく、少年を抱き上げたまま中央に位置する螺旋階段を登る。長い年月を生きる精霊たちにとって私の留守などつい2.3日家を空けていたくらいの感覚なのかもしれない。


最上階の自室に入る。床一面に敷き詰められた暗赤色の絨毯の感触が心地よい。部屋の隅に位置する暖炉の前のソファに少年を寝かせ、空いてるスペースに自分も腰をかける。奥のベッドでも良かったのだが彼の服は泥と血で汚れており、暖炉の火の元でよく見れば風呂に入っていないのか顔も薄汚れていた。

精霊たちも少年の汚れに気づいたのか、温かなお湯に濡れた布で顔を優しく拭いている。屋敷にいる精霊たちは私が眠っていた泉の前にいた精霊たちとは違って割とファンシーな外見をしている。例えるならば、空中に浮いているスライムのようで、半透明のぷにぷにした物体が忙しなく部屋内を駆け巡る姿は見てて微笑ましい。

暫くすると部屋の中は精霊たちで溢れて手狭になっていく。お喋りの声が反響して少し煩い。こんなにいたのか。窓の外を眺める。まだ月が高く夜は深いようだ。

視線を手前の机に戻すと分厚い一冊の本が置かれていた。片手で持つには少し重たい。血のように紅い背表紙にはギッシリと封印魔法が施されており一目で魔導書だと分かった。パラパラとめくると最初の何ページかは読むことが出来たがそれ以降のページは白紙になっていた。

精霊たちが一斉にこちらを向き、お喋りを止める。どうやら全員揃ったらしく精霊たちに360°囲まれると少し息苦しい。


《魔女様ノ帰還ニ感謝ヲ》


精霊たちが声を合わせ両手を掲げる。魔導書を片手で玩びながら精霊たちを眺める。身体の作りに加え、顔の作りが粗雑でほぼ目と口の感覚でしか判別できない精霊たちの個々の顔を覚えていた。長い間、一緒にいたのだろう。


「皆も気づいてはいると思うが、私は何らかの理由で深い眠りにつき記憶を失っている。それについて理由を話せる者は話してほしい」


部屋内が静寂に包まれる。そして、秘密と悲しみ、葛藤、固い決心の感情が伝わってくる。途方もない歳月を共にしたのだろう精霊たちの苦しみが流れ込み私も何だか息苦しくなる。


「誰に口止めされてるか分からないが、私の記憶に関する秘密を言わないと君たちの首をはねるかもしれないよ」


冷たく重い言葉を紡ぐ。しばしの沈黙が流れたが1番手前の精霊が私の顔をじっと見てニコリと微笑むと身体の中央から小さな鉱石を取り出し私の前に堂々と掲げる。小さな鉱石は彼らの核だ。これが壊れてしまえば再生は出来ない。一人、また一人と核を捧げ始める。主人の命を聞けない罪を己の命で償う覚悟のようだ。数秒もしない内に全員が私に向けて煌めく鉱石を捧げた。月光が鉱石に反射し部屋中がチカチカと命の輝きが反響し、散乱する。その光は優しく秘密を話さないことによって私を守ろうとしていることが伝わってくる。


「……試すようなことをしてごめん。記憶は失っているが私にとって大切な精霊たちだということは分かった。もちろん、君たちも私と同じ気持ちでいてくれてることもね。でも、記憶がなくて混乱していてすごく怖いんだ。」


降参だとばかりに両手を挙げて微笑むと精霊たちは鉱石を中央部に戻した。鉱石は仄かな光の軌跡を残しながらぬるぬると身体の中にめり込んでいきすぐ見えなくなる。精霊たちはお腹をぽんぽんと叩くと何かを決心したように今度は規則正しく列になり私を中心に螺旋状に並ぶ。ぐるぐるとまるで生命の設計図のように重なり捻れ複雑な隊列を組む。一人の精霊が私の頬に親愛の口づけを落とすと魔導書の中央に手を重ねる。


《魔女ノ目醒め二祝福ヲ》


言葉が紡がれ手を離すと魔導書から鈴の音のように細く鮮やかな讃美歌が聞こえる。


《魔女ノ目醒め二祝福ヲ》


次々に精霊たちが言葉を紡ぎ、魔導書に手を重ねては部屋の外へと消えていく。仕事の持ち場へと戻っていくようだ。幻想的な讃美歌と螺旋を描きながら舞い踊り魔導書に触れる精霊たち。まるで月華の円舞曲のようだ。

全ての精霊たちが魔導書に触れ部屋を離れると賛美歌の演奏が柔らかに止まった。

魔導書が自ら燐光を放ち、封印式の一部が解けて拡散し闇夜に溶けていく。


《忘却の魔女よ、我が名は魔導書グリモワール》


厳格で低く重い声が部屋内に響き渡り、最初の頁が開かれた。

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