9パワーとの闘い(2)
登場人物
ウル(主人公)狼に転生し、レンディールの僕となる。(★2ウルフ)
レンディール 人間のモンスター使い。俺のご主人様。
リーザ モンスター仲間。(★2イーグル)
ガルガン モンスター仲間。(★1ヤングタイガー)
ご主人様のメモ
エイムさん 見晴らしのいい高台 お昼 食事中に後ろから不意打ち
ビルさん 森の獣道 午後 獣道を歩いているときに鉢合わせ
シーラさん 谷の川の近く 夕方前 獲物を捌いているときに突然現れる
次の日の朝、目が覚めるとご主人様の荷物の前にロープが2つ増えている。
「ウル、おはよう。ツタよりも丈夫なロープを用意したわよ。」
ご主人様は俺のホールド作戦を本気でやるつもりらしい。
ツタなら引き抜けなくても、噛みちぎられる可能性もあるが、このロープならその心配はなさそうだ。
とは言え、どうやってホールドを決めるかについての答えは出ていない。
パワーの注意を何とかして逸らして、隙を作るしかない。
準備ができたので、俺達は昨日と同じように、森の中へ入っていく。
そして、昨日パワーが逃げたところにやってきた。
「パワーの昨日の逃げた後の足跡を追跡しましょうか。
今更追い付くのは無理でしょうけど、パワーが普段どこを歩いているのかを知る手掛かりにはなるでしょうし。」
ご主人様の指示で、俺はパワーの足跡の匂いを追いかけていく。
すると、ぐるりと回って、昨日俺達が下りてきた斜面の方へ出てきた。
その先の、1か所でしばらく止まっていたらしい。匂いの残っている強さが違う。
でもここって、昨日パワーと戦った場所を一望できるところじゃん。
「パワーはここで、私たちがあの後どうしたのかを見ていたのかもしれない。」
俺もご主人様と全く同意見だ。
パワーは昨日逃げた後、俺達がどう動いたか、ここでしっかり見ていたのだ。
こいつ頭もいいぞ。ますます手強い。
その後、俺達はパワーの歩いた後を追ってみたが、かなりあちこち歩きまわっているみたいで、無駄骨を折ることになった。
手あたり次第歩き回っているようにか見えない。
俺は、こんな歩き方で、もし今日も猟師が狩りに出かけているとして、見つけることができるのだろうかと考えてみた。
結論、できない。
パワーは意図的にこういう歩き方をしたのだろう。
俺達が、今日匂いを追跡することを想定していたわけだ。
こいつ、熊のくせに結構考えているじゃねえか。
パワーよりワイズの方が奴の名前に相応しいのではとすら思った。
それにしても、パワーが意図的に手あたり次第歩いたのであれば、これ以上追跡する意味があるのだろうか?
そんなことを考えていると、最初の斜面にまた出てきた。
斜面の中で、パワーの足跡と匂いが最初の追跡と合流する。
パワーはこの斜面を2回通ったはずだが、2回分の足跡はない。
パワーはいったいどこへ?
「パワーは、前回と同じ足跡に合わせて歩いたように見えるわねえ。」
ご主人様が言う。
確かに、この先のパワーの足跡は、微妙に重なっている。
2回目通る時に、敢えて1回目と同じ足跡に合わせて足をおいて歩き、どこに行ったか分からないように見せかけている。
なぜ?
この斜面は見晴らしがいい。
どこかに隠れて不意打ちするには都合の悪い場所だ。
だから、パワーが何のためにこんなことをしたのかが分からない。
頭が良く色々考えているパワーがしたことの意図が読めないことに、言いようのない気持ち悪さを感じる。
(ご主人様、パワーがこんなことをした理由が思いつきますか?)
俺は、ご主人様に聞いてみた。
「私も分からないわ。私達を混乱させて隙を作りたいとかかしらね。」
ご主人様も分からない。俺は、この気持ち悪さが気になって仕方がなかった。
まさか、パワーは俺と同じで、元人間が転生したとか?
ないない。まともな思考できるなら、人間を襲い続ける時点でない。
何故か、俺はただの熊でしかないパワーの掌の上で踊らされているような気がする。
「ウル、答えが出ない問題を考え続けても仕方ないわよ。」
俺はご主人様に言われてはっとする。
どうしても結論を付けたくなる前世の俺の悪い癖だ。
ここであれこれ考えても何も進展しないし、もしここが見晴らしの悪い場所だったらその隙に襲われる可能性すらある。
それに今日は無駄に歩き回りすぎた。もう夕暮れである。
今日はゆっくり寝て、明日すっきりした頭で出直した方がいいだろうか?
そんなことを考えていると、急に風がパワーの匂いを運んできた。
パワーが風上にいる。
(ご主人様、風上からパワーの匂いがします。)
俺はそう言うと、風上の方を見回した。
斜面の上、エイムさんが襲われた位置の近くから、パワーは俺達の方を見ていた。
今度こそ退治してやる。
俺は、奴の方に向かって走り出した。
「リーザ、ウィンドショットでパワーの気を逸らして。」
ご主人様の指示で、リーザが空から追いかけた。
すると、パワーは身を翻らせて逃げていく。
すぐ奥の見晴らしの悪い森の中へ入っていくようだ。
あの中は木が無数にあり、リーザが木の間を飛んでいくのは厳しい。かと言って、はるか上空の木の上からだと木の陰に隠れてしまい地上は見えない。
パワーはリーザを引き離す作戦に出たか。これは分かる。自分の手の届かないところから、ウィンドショットで攻撃されまくるのは避けたいのだろう。ここなら実質リーザ抜きでの戦闘になる。パワーはそこで勝負を仕掛けるつもりらしい。
俺は、見晴らしの悪い森の中をゆっくり追跡していく。
頻繁に周りを見回し、不意打ちを食らわないよう注意する。そして、ご主人様とガルガンが追い付いてくるのを待つ。
俺が全然追いかけてこないことに業を煮やしたのか、パワーが森の奥から出てきて俺に襲い掛かってきた。
(ホールド)
俺は、パワーに技をかける。
ロープはご主人様の荷物の中だから、とりあえずツタで技をかける。
パワーは予想していたようで、高くジャンプして避ける。
甘い。
俺は師匠がやっていたようにツタの動きをコントロールしてパワーを追う。
ツタを右後ろ脚に絡みつかせることに成功した。
すぐ2回目の精神集中に入る。
だが、パワーはツタを牙と前足の爪で引き裂いた。
前回より早い。
俺のホールドを食らったらどうするか、予め決めていたんだな。
俺は2発目のホールドをパワーの前から放つ。
なんとパワーは、爪で俺の操るツタを迎え撃って切ろうとしてきた。
それはさすがに無茶だろ。
案の定、奴の両前脚はツタに絡み取られる。
これはチャンス。よし、もう1発だ。
俺はすぐに次のホールドの精神集中に入った。
しかし、発動準備ができた時には、パワーは牙と後ろ脚を使ってツタを引き裂いた後だった。
俺は諦めずに3発目のホールドをパワーにぶつける。
パワーは今度は、二本足で立ち、左腕を前に出して俺の操るツタを受ける。
両腕でも絡み取れるのに、片腕で全部受けたらかえって食いちぎりにくいだろ。
何を考えているんだ?
すると、パワーは自由な右腕を使って、ツタを解いて行く。
そうか。ツタを絡ませたと言っても、左腕に何重にも巻いたに過ぎない。
右手で逆方向に巻けば簡単に解けてしまう。
そうか、パワーは俺のホールドに対する対応策を試行錯誤していたのだ。
俺がご丁寧にホールドを何発もぶつけるから、最適解を見つけられてしまった。
やられた。
パワーは余裕の表情を浮かべて俺に一歩一歩近づいてくる。
俺の技に警戒しつつ、ホールドを食らっても素早く解いて攻撃するつもりなのだろう。
これで、俺には打つ手はなくなった。
仕方ない。リーザも戦える森の外まで一旦撤退しよう。
俺は、パワーと睨みあいを続けながら精神集中し、ホールドの準備を整える。
そして、ホールドを放つと同時に、一目散に逃げだした。
森を出ると、ガルガンとご主人様が追い付いてきた。
「ウル、どうしたの?」
(パワーにホールドを見切られました。)
ご主人様の問いにそう答える。
「リーザ、戻ってきて。」
予想外の悪い展開に、ご主人様は急いでリーザを呼び戻した。
リーザは上手く森の中を飛べなかったようで、森の木にとまっており、すぐに戻ってきた。
とりあえず、パワーが追ってくる気配はない。
だが、匂いはする。
森の中から俺達の様子を見ているのだろう。
「今日は帰りましょう。作戦を立て直すわ。」
ご主人様は、一旦村に戻ることに決めた。
後ろを警戒していたためかどうかは分からないが、パワーは追撃してこなかった。
夜、宿の部屋で俺は今日起こった話の詳細をご主人様に報告する。
「パワーは、天性の狩人よね。勝てる獲物だけを狙い、勝てない相手とは戦わない。
そして、判断つかない相手は、小競り合いをして相手をしっかり見極める。そして、相手の決め手を封じて獲物のレベルに落としていく。」
確かに、ご主人様の分析はその通りだと思う。
(ご主人様、感心している場合じゃないです。このままじゃ打つ手がないです。)
そんな評論をしていても話が進まないので、俺はこう言ってしまった。
「それじゃあ、ウル。もしあなたがパワーだったら、次に何をしたい?」
(自分の戦いやすい場所に俺達をおびき寄せて1匹ずつ確実に始末したいですね。)
「そうね。そういう状況を作らせたら私達の負けね。
そのためには、私達はなるべく固まって行動した方がいいわ。」
そうか。俺が、突出したのがまずかったか。
明日からは気を付けよう。
「じゃあ、逆にパワーを、私達が戦いやすい場所におびき寄せることはできないかしら?」
(そんな方法があるのですか?)
「明日無理を言って頼んでみるわ。パワーの餌になってくれないかって。」
(猟師に協力してもらうのですね。)
「そう。1人だけ。そして、決して被害にあわないように私達が陰から守るの。
返り討ちでパワーも倒してしまいたいと思っているのだけど。」
(決め手があるのですか?)
「ウルのホールドよ。
ウルは、見切られたと思ってるみたいだけど、あくまでそれは1対1で正面から戦った場合。
乱戦の中で横や後ろからかければ決め手になるわ。」
(そうですね。それしか方法なさそうですし、俺はホールドを決められるよう頑張ります。)
「期待してるわ。
それじゃあ、明日も大変だから休みましょう。おやすみ、ウル。」
(ご主人様、おやすみなさい。)
俺は、決め手がないと思っていたが、ご主人様の案なら行けそうな気がする。
頑張ってホールドを決めよう。明日も頑張るぞ。