第五話
転入生騒ぎも落ち着いてきた頃。
亜蘭と犀の二人に、明確な危機が迫ってきていた。それは-
「え?テスト?」
「そ、テスト」
四時間目が終わり、昼下がり。
いつものごとくまとわりついてきた霧島から、亜蘭は不穏な言葉を聞いた。
「テストって、あれだよな?生徒の精神力と耐久力を試す、地獄のような儀式って言う、あの?」
同居人であり現役女子高生(♂)の美和子からは、『テストって、物凄く恐ろしい物なのよぉ』と聞いていたが…
亜蘭の言葉を聞き、霧島はこらえきれず吹き出した。
「な、なんじゃそりゃ!誰から聞いたんだよ、まったく」
「ち、違うのか?」
「そりゃまあ、大学受験目前の高校生ならともかく、俺たちはまだ中学生だしな。幸い、この学校は中高一貫だし」
「そ、そうか。それなら良かった」
亜蘭はほっと胸を撫で下ろす。どうやら、自分達の受ける『テスト』と美和子の受ける『テスト』は別物らしい。
「それにしても、くく、『地獄のような儀式』って、ふ、ふふっ」
「おいおい、そこまで笑うことないだろ…」
「いや、だって、ゲホッゴホッ」
と、二人で会話していたところに、
「なぁ、二人とも」
と、犀が声をかけてくる。
「あぁ、伊藤くん、どしたの?」
霧島が犀の方へ向き直る。
霧島と犀は、先頃のゲームセンターの一件で顔を合わせていた。当初の霧島の態度から犀と不和になるのではと不安に思っていたが、なかなか悪くない関係らしい。霧島の犀に対する「くん」付けは変わらないが。
「いや、聞きたいことがあってな」
犀は神妙な顔になると、
「…二週間後、『テスト』があるそうじゃないか」
と切り出した。
霧島の上戸とからかいが第二ラウンドに突入したのは言うまでもない。
◇
「おや、テストかい?なるほど、学生だねぇ。青春してるねぇ」
南郷は、犀の話を心底楽しそうに聞いていた。
サウスパーク・ホームに帰ってから、犀は夕食の準備を手伝いつつ南郷に学校の話をしていた。
「今はここにいる中学生の子は君たち二人だけだからね。こうやって話して貰えると、毎日飽きないよ」
「ま、その片割れは部屋でゲーム三昧ですけどね。まったく、気遣いが足りないったら」
犀は野菜を切りつつ、自分達の共用の部屋の方を睨み付ける。
「しかも呼んだら『腹へった~』何て言ってこっちに来るし。一度どつきまわしてやろうかな」
「キャー♪犀くんにだったら私もどつきまわして欲しいな~!」
「…言ってる意味がよくわからないです、美和子さん」
黄色い声を上げた美和子に、犀は少し引きぎみである。同じ男なのにどこからそんな高い声が出るのか、不可解でならない。
「まぁ冗談はここまでにして」
「ほんとに冗談ですか?」
「冗談じゃなかったとしても犀くんにはどうにも出来ないわよ?っと、まあその話はとにかく置いといて」
美和子は脱線した話をもとに戻す。
「と、に、か、く!二人ともテスト頑張ってね。応援してるわ」
「あ、ありがとうございます」
美和子にまともな激励を受けたのが意外で、つい反応が遅れてしまった。それでも、一応(「こちら」での年齢では)先輩に当たる美和子からの励ましは、犀にとっては素直に嬉しかった。
「あ、えっと、亜蘭呼んできます。あと桃ちゃんと瑞希も」
「うん、よろしくね」
南郷の気遣いに甘え、少し気恥ずかしくなった犀は部屋を出た。
◇
次の日。
亜蘭は、珍しく霧島抜きで下校していた。「富士実に用事がある」としか聞いていなかったが、亜蘭は特にそれ以上詮索する気もなかったので、そのまま校門前で別れた。
校門を出てから少し歩いていると、
「あれ、珍しいな亜蘭。一人で帰るのか?」
「ん、犀じゃねーか」
犀が珍しそうに声をかけてきた。
「お前が一人で下校してるの、久しぶりに見た気がする」
「それはこっちの台詞だよ、犀。部活じゃないのか?」
「あぁ、今日からは休みだよ。テストが近いからだってさ」
ふぅん、と亜蘭は意外そうに相づちをうつ。犀はサッカー部と園芸部を掛け持ちしているため、亜蘭にとっては犀の方こそ普通の時間に下校しているのが珍しいのだ。
ちなみに亜蘭はどの部活にも所属していない。
「じゃあ、珍しいついでに一緒にゲーセン行こーぜ!」
「行くわけあるか!テスト前なんだから、しっかり勉強しないとダメだろ」
「準脳筋のお前とは違って、俺は生来インテリなんだよ」
「誰が準脳筋だ喧嘩売ってんのか!」
などと言い合いながら、二人は人気のない通りへ差し掛かる。すると、すぐそこの横道から、
「ギャァァァァ!」
凄まじい断末魔が聞こえてきた。
「………」
二人は顔を見合わせる。
「…よし、行こうぜ」
「っておい!ほっといていいわけないだろ!」
「だぁってさあ?俺たちが悲鳴を聞いたからって、助ける義務なんてねーだろ?」
「お前はそうかもしれんがな!俺は勇者として困っている人を見捨てるわけn」
「三鍋先輩のときもグローリアスのときもそんな感じで首突っ込んだのか?」
この言葉は犀に刺さったようで、
「ぐっ…」
と言ったまま黙り混む。そのまま納得するかと思ったが、
「…いや、確かめておく必要はある」
「あのな、犀」
「気づかないか?」
その一言で亜蘭は気づく。断末魔の聞こえた横道から、濃い血の臭いと膨大な魔物の気配が漂ってきていることに。
「ふん、なるほどね。不肖の部下か野良かは置いておくとして-」
「これは俺たちが首を突っ込むべき案件だ。そうと決まれば?」
「行くしかねえよなぁ」
亜蘭は気だるげな表情を作りつつ、内心気を引き締めた。
「んじゃ、魔王と勇者で魔物退治といきますか」
◇
路地に入った二人の目に飛び込んできたのは、巨大な血溜まりとそこらじゅうに散らかった肉塊、そして-
血をすする赤黒く淀んだ粘液のかたまりだった。
「っ!こいつは…!」
「おいおい、見覚えのある姿だな」
そこにいたのは、魔王の腹心にして『暴食』の名で恐れられた粘液魔獣の、
「久しぶりだな、オブスキュラス。『無差別に人を貪らない』という俺との誓いを忘れたのか?」
亜蘭はかつての側近を、失望したような目で見る。
オブスキュラスは、亜蘭の、いやアラングリッドの記憶にあったものとはかけ離れた、おぞましい姿となっていた。
オブスキュラスは亜蘭の呼びかけに答えることなく、まだジュルジュルと血をすすっている。
「なんだよ、かつての主の呼びかけに答えることも嫌か?」
亜蘭の言葉に若干の苛立ちが混じろうとも、オブスキュラスの態度に変化は見られない。
「おいオブス-」
「避けろ亜蘭っ!」
犀が亜蘭を押し倒すように庇った直後、さっきまで亜蘭の頭のあった空間を、粘液で出来た鋭い触手が指し貫いていた。
「っな…!?」
触手がかすった亜蘭の頬から、一筋の血が流れ出たその瞬間、
「チ…ちの…にオ…イ…」
オブスキュラスがモゾモゾと蠢くと、血をすするのをやめ、二人の方に注意を向けた。
亜蘭は、オブスキュラスの様子がおかしいという疑惑を、確信に変える。
「おい、どうなってんだよ!やつはお前の手下じゃないのか!?」
「いや、何故かわからないが、あいつは今暴走してる。これじゃ対話なんでできやしない」
「ならいっそのこと倒してしまえば!」
「お前も分かっているだろう。オブスキュラスに魔法は意味がない、吸収されるだけだ。かといって、やつに決定打を与えられるような武器は今手元にない。となると…」
「逃げるしかない、か…」
言いつつ、二人ともそれがかなりの難題であることは承知していた。背を向けて逃げるには、オブスキュラスはあまりにも危険である。路地から出るだけでも無事ですむとは思えない。
かといって、先程の攻撃速度からして、『転移魔法』などは発動した瞬間に串刺しにされるだろう。
その時、
「逃げてっ!」
という声がしたかと思うと、オブスキュラスが複数の衝撃波によって吹き飛ばされる。
「これは…!」
「助かった、《テレポーテーション》!」
亜蘭が転移魔法を使うと、二人の周りを青い光が飛び回り、二人の姿が薄くなる。すると、
「にィガぁスかぁぁァァァア!!」
オブスキュラスが、数えきれない触手を同時に伸ばしてくる。
「くそっ、間に合わ-」
ない、と言おうとした瞬間、特大の衝撃波によって触手がすべて弾き飛ばされ、
二人は命からがら逃げ延びたのであった-
◇
サウスパーク・ホームの玄関前。
中に入らず並んでいた亜蘭と犀の上を、大きな影が横切り、ついでサウスパーク・ホームの屋根に何かが着地する音がした。
「申し訳ありません、遅くなりました」
「いや、構わないさ。降りておいで」
亜蘭がそう言うと、屋根の上の影が空中に飛び出し、バサッ、バサッという羽ばたきの音と共に地面に降り立つ。
「助太刀感謝するよ、グローリアス」
「いえ、勿体無きお言葉」
亜蘭の前で礼を取ったそれは、魔王の腹心、『歌姫』のグローリアスだった。
「…それと、大変業腹だが、貴様にも礼を言わねばなるまい、勇者」
「え?いや、ううん…」
犀は礼など要らない、ということをそれとなく伝えようとしたが、グローリアスは首を横に振る。
「いくら宿敵といえど、主の命を救ったことに代わりはないのだ。感謝する」
改まって礼を言われ、犀は少し恥ずかしそうに顔を伏せる。そうした後、グローリアスは二人に向き直る。
「今日は、魔王様と勇者、-いえ、勇者殿に協力を乞うべく、やって参りました。」
グローリアスは、目に涙を浮かべつつ、言う。
「オブスキュラスを、我が同胞を、救って頂きたいのです!」




