第四話
二人が三鍋とひと悶着あった、そのつぎの日。
亜蘭の予想どうり、学校は大騒ぎとなっていた。二人が教室に入ったとたん、
「犀くん大丈夫!?」
「あの三鍋先輩のグループとやりあったって本当か!?」
「三鍋先輩を倒したって噂になってるわよ!」
教室にいたほとんどの生徒が、教室の入口に群がってくる。
「おーおー、すごい人気だな」
「勘弁してくれ…」
当事者でない亜蘭とは裏腹に、犀は昨日の戦闘後よりも疲れきった顔をした。
「どんどん悪目立ちしている気がする…」
「まぁ、充分目立つことはしてるしな。悪党の集団に単騎で突っ込んでくとか、勇者かよ、全く」
犀は初め、亜蘭が何故『勇者』の単語を強調したのか不可解だといった顔をしていたが、
「そうよ、犀くんは勇者よ!」
「私たち下級生を恐怖から救ってくれたんだもの、勇者って言葉がぴったりよ!」
「亜蘭、お前いいこと言うな!」
即座に亜蘭の意図に気づき、物凄い表情になる。
「…焚き付けやがったな、後で覚えてろよ」
自分に明確な殺意を伴って向けられた言葉を華麗に無視しながら、亜蘭は自分の席につく。
そもそも、昨日の手助けのことを考えればちょっとからかってやるくらいがちょうどいいだろうし、むしろ時を遡りまくって考えれば、自分は犀に何度も殺されかけたのである。この程度、釣りが来るくらいだ。
「悪い顔してんな、お前」
声の方に顔を向けると、真正面の席に一人の男子が座っていた。
「…お前、全然違う席じゃなかったか、霧島?」
「いーのいーの」
「いやいいわけないだろ」
霧島は、ケラケラと笑って話題を変える。
「お前はいいのかよ、鈴木」
「何が?」
「あのお友達くんを助けたのはお前なんだろ?昨日の放課後、あいつを追うようにしてすぐ教室出てったもんなぁ?いやぁ、献身的な友情だねぇ」
「ぬかせ。大体、俺みたいなのじゃあの三鍋先輩とやらなんかにゃ到底勝てっこねーよ」
「ふぅん…?」
霧島はまだにやにやしていたが、「ま、いいけど」と言って追求をやめた。
「あ、そうだ。鈴木」
「ん?」
「放課後、一緒に帰ろうぜ。案内したいところがあって」
「こら、転入生に変な誘惑しない」
近くでさりげなく話を聞いていた富士実が、持っていた日誌の背表紙で霧島の頭を小突く。
「なんだよ、犯罪犯すわけじゃあるまいし」
「そういう問題じゃないの。彼が貴方みたく不真面目になったらどうするって言ってるのよ」
一瞬にして蚊帳の外となった亜蘭は、ため息をつくとそのまま強引に話をもとに戻す。
「そ、れ、で?どこに案内してくれる気だよ?」
「ん~?楽しいとこだよ、たぶんな」
霧島の返答で、いやな予感が一気に高まる。
「なにもなきゃいいけどな…」
◇
「おぉぉ~!」
放課後、亜蘭は霧島に連れられ、繁華街のゲームセンターに来ていた。
「な?来て良かっただろ」
好感触に満足げな霧島にそう聞かれ、亜蘭は首をぶんぶんと縦に振る。
「こういうゲームも一回やってみたかったんだ!そっか、学校の近くにこんなところがあったなんて、全く知らなかった。南郷さんも人が悪い」
「あー、それなんだけどさ」
見ると、霧島は怪訝そうな顔をしている。
「お前、こういうアーケードゲームとかやったこと無いの?」
「残念ながらとんとない。据え置き機や携帯機はほとんど買ってもらったがな」
その辺りは抜かりない、と胸を張る亜蘭に、霧島は珍しく呆れたような顔をする。
「どんな家庭だよ。ったく、いつか見てみてぇよ、お前んち」
「…あぁ、またいつか、な」
「おう、絶対だかんな、ってあれ?あれ、お友達くんじゃね?」
「え?」
霧島が指差す方向を見ると、そこには確かに犀がいた。
「なにやってんだあいつ…?」
◇
「…ここか」
犀は、繁華街にあるゲームセンターの前で立ち止まる。
学校にいたときから、繁華街の方角から少し魔物の気配がするとは思っていた。しかし、こうしてゲームセンターの手前まで来て確信する。
「間違いない、この中にいる…!」
魔物が間違いなくいるのに、それを放っておくことは犀にはできなかった。
正直亜蘭もつれてこようかとは思ったが、今朝のことを思い出すとまた腹が立ってきたのでやめておいた。
そして、犀は意を決してゲームセンターの中に入る。
「…う、うるさい…!?」
そこは騒音が洪水のように溢れる場所だった。亜蘭には前々から聞かされてはいたが、まさかこれほどとは。
「これじゃ、どこに魔物がいるか正確には分からないな…。まぁ、しょうがないか」
我慢して先へ進む。
近くで『くれーんげーむ』にいそしむ女子高生たちの嬌声。『めだるげーむ』から発せられる金属音。『ぱんちんぐましーん』で力試しのようなことをしている若い男たちの歓声。すべてが耳に響く。
…まぁ正直なところ、彼らが遊んでいる物の名称は分かるものの、それがどういった遊びであるかは皆目検討もつかないのだが。
ふと、『しゅーてぃんぐげーむ』とやらの筐体の前で立ち止まる。
「亜蘭のやつ、これで遊びたがってたっけ」
…今度連れてきてやってもいいかも、と思ったその時、
「すいません、ちょっと良いですか!?」
焦った声で呼びかけられる。
「はい?」
「えーっと、この辺りで、女の子見てません!?私たちとおんなじ制服で、髪はショートで、ええっと…!」
息切れしたように話しかけてきたのは、先ほど『くれーんげーむ』の前で楽しげに話していた三人の女子高生のうちの一人だった。
「落ち着いて。何があったんですか?」
「あ、す、すいません」
その女子は犀の言葉で自分が焦りすぎていたことに気づいたらしく、すーはーすーはーと深呼吸をした。
「あのですね、私たちの友達の子がひとりではぐれてしまって。今探してるとこなんです」
「お友達、ですか?」
「はい。ついさっき『別のゲームをしに行く』とかなんとか言ってひとりでどこかへいってしまって。でもどれだけ探してもいないんです」
どうやら人を探していたらしい。
「わかりました、見かけたら連れてきます。特徴は、同じ制服でショートヘア、でしたっけ」
「はい。あ、あと頭に鳥形のヘアピンをつけてます」
「鳥のピン、ですね」
必要な情報だけ聞くと、犀はその女子高生と別れ、人探しを始めようとした、のだが。
いた。短めの髪に青い鳥のヘアピン。目的の女子が、数メートル向こうからこちらを見ていた。その女子は、犀が見ていることに気づくと、すぐさま逃げていった。
「えっちょっと!?」
犀も追い付こうと駆け出す。しかし、人が多いだけあってすぐに撒かれ、トイレの前で見失ってしまった。ゲームセンターの裏に外付けであるトイレの周りには、人の影すらない。
「うーん、どこへ逃げたんだ…?」
「逃げてなどいない、誘き寄せたのだ!」
その瞬間、犀はトイレの屋根の上から降ってきた物を間一髪でよける。それは、
両腕が大きな翼に変化した、先ほどの女子高生だった。
「な、なんだよ、それ!?人間の腕が翼になるわけが…!」
「なんだもなにも、この翼と声には覚えがあるだろう、勇者」
その言葉で、犀は相手が何者であるかに気づく。
「妖歌鳥、『強欲』のグローリアスか…」
「ご名答だ、忌ま忌ましい勇者よ」
彼女は、魔王の側近だった魔物だ。ハルピュイアと言う鳥の魔物で、魔力の籠った声で人を操っていた。仲間との協力によって倒しはしたが、魔王の腹心なだけあってかなりの強敵だった。
「あのときは敗北を喫したが、今はあの余計な入れ知恵をする賢者も、私の攻撃から貴様を守っていた騎士もいない。もちろん、傷ついた貴様を癒す魔術師の小娘もな」
「…まずいな」
グローリアスは戦う気満々のようだが、今犀の手元に武器はない。これでは人間相手ならまだしも、魔物相手にはまともな戦いすら出来ない。
グローリアスもそれに気づいたのか、端正な顔が凄惨に歪む。
「おやおや、武器が無くてはいくら勇者でも抵抗のしようがないなぁ?ここで会ったのも何かの縁、ここで魔王様の仇をうたせてもらおうかっ!」
そう言うと、グローリアスは大きく息を吸い込み、口から衝撃波をいくつも放つ。
「ぐうっ!」
犀はなんとかかわそうとしたが、一つはかわしきれず、脚に命中した。嫌な音がして、骨が折れる感触がする。もう次の攻撃をよけることが出来ない。
「さあ、これでとどめだ!」
「そこまでだ」
そこに現れたのは、亜蘭だった。
◇
亜蘭は、犀とグローリアスの間に割って入る。
「こいつには手を出すな、グローリアス」
「その気配、ま、魔王様!?生きていらっしゃ…!っいえ、今はそれどころではありません!なぜ庇うのです、そいつは…!」
「勇者だ、わかっている」
亜蘭はかつての腹心に、諭すように語りかける。
「だが、今は協力者だ。傷つけるのは許さん」
「っ…、しかし、そいつは…でも…」
グローリアスはどんどん意気消沈していく。結局、ギリッと歯を食い縛り、
「命拾いしたな、勇者!魔王様に感謝するがいい!」
そう言い残すと、翼を羽ばたかせ、屋根の上からどこかへ消えていった。
「俺の部下が悪いことしたな。《ヒール》」
「いや、大丈夫だ」
とても大丈夫そうには見えなかったが、亜蘭はなにも言わないでおいた。
「…よし、これで大丈夫だろう。それにしても、グローリアスがいるとなると、他の側近たちもやはり『こちら』に来ているのかもしれん」
「ああ。もしかすると、俺の仲間たちも…」
「ま、可能性の話だがな」
そう言うと、亜蘭は犀を立たせる。
「んじゃ、中に戻るか」
「…え?いや、もうそろそろ5時だぞ?帰らなきゃ」
「いや、中に霧島待たせてるしさ。それに、ここのシューティングゲームを制覇するまで、俺は帰れん!いざ、楽園へ!」
そう言って、亜蘭は呆れ顔の犀を引きずってゲームセンターの中に戻っていった。




