第二話
土曜日、昼下がり。
サウスパーク・ホームの談話室にて。
「学校、ですか?」
犀が珍しく素頓狂な声をだす。
二人が「こちら」に来てから、そろそろ三週間になろうとしていた。
「そう、学校だ。」
轟は肯定する。
「君たちの『目的』を達成するためには、とにもかくにも情報が必要だろう?それなら、やはり外に出たほうが効率がいいのではないかな」
その言葉に、亜蘭は首肯する。
「確かに、情報は足で稼ぐのが一番速いですからね。それに、はぐれた仲間と合流することもきちんと視野にいれておきたいし」
「うーん、それもそうか」
犀もしぶしぶながら、その有効性を認める。
「よし、そうと決まれば善はいそげだ。南郷と掛け合って、近くの適当な中学に編入してもらえるよう尽力しよう」
「…!ありがとうございます!」
「いやぁ、本当に助かります、轟さん」
亜蘭と犀は、轟に深く礼をする。犀は続けた。
「何かお礼をしたいんですが、残念なことにお渡しできるようなものが無く…」
「いや、いいんだよ。これはボランティアみたいなもんだからな。ささやかな人助けだよ。」
そこで轟は片側の口角だけを吊り上げ、ニヒルに笑って見せる。
「それに、君たちと関わっていると今後退屈しなさそうださからね。見返りならそれで十分さ」
「お、本性見せたな、轟さん?」
「まだまだ、俺はそんな浅い男じゃ無いぞ?」
亜蘭と轟がお互い悪い顔をしているところに、犀が割ってはいる。
「ゴホン!と、とにかく、学校についてはお言葉に甘えさせて頂きます」
「うん。情報収集もそうだし-」
そこで今度は、轟は穏やかな笑みを浮かべ、
「純粋に、楽しんできてくれたらいいと思うよ」
「はい。そうします」
「頑張って楽しみますよ!」
そこへ、ノックの音の後に続くようにして、談話室に南郷が入ってきた。
「やぁ、楽しそうだね、三人とも」
「あぁ、ちょうど良かった南郷。折り入って話がある」
そうして、轟は二人に向けてウインクをすると、南郷と一緒に談話室を出ていった。
◇
「それにしても、『学校』、か」
亜蘭がどこか他人事のように呟く。
「『あちら』にいるうちは、ついぞ行ったことが無かったが。まさか、『こちら』で初めて行くことになるとはな」
「魔物の社会に学校というものは存在しないのか?」
亜蘭の言葉に犀は興味をそそられたのか、興味津々といった体で聞いてきた。
亜蘭は苦笑すると、
「上位の悪魔や魔人は貴族並の教育を受けているし、物好きな魔物が私的に物を教えていることもあるが、ま、大半の魔物は教育らしい教育は受けずに育つな」
「ふむ、そういうものか」
「そういうものだよ」
犀は納得したのか、それ以上は聞いてこなかった。というよりは聞けなかった、という方が正しかった。
何故なら、犀が口を動かそうとした瞬間、
「犀くん、亜蘭くん!学校行くんだって!?」
談話室に、美和子が飛び込んできた。
「うわぁ!ごめんなさい、ごめんなさい…(ガタガタ)」
「えぇっ!ど、どうしたの犀くん、体の調子よくないの?」
「あー、気にしないでよ美和子さん。それより、なにか用事?」
トラウマになりすぎて最早涙目の犀をなだめつつ、亜蘭が訪ねる。
「いえ、轟さんと南郷さんが話してるところを聞いちゃって。学校に行くんですって?」
「あぁ、うん。轟さんの勧めでね」
「そう。それは良かった」
美和子が慈しむような目で二人を見る。
「学校で、楽しい思い出を一杯作って来るのよ?」
「え?あ、うん」
サウスパーク・ホームの面々には、
『二人は家族ぐるみの付き合いで近辺に旅行に来たが、親とはぐれ、かつそれぞれの理由で家族との折り合いが悪い二人が帰ることを拒否し、轟が親との相談の上でサウスパーク・ホームに入れた』という設定を話してある。
正直轟の考えたこの設定は二人には無理があるように思えたが、案外と疑問を持たれず信じてもらえている。
「二人とは歳が近いから、私にとっては弟みたいなものだし、心配してたのよ?いやぁ、二人が学校に行くことを決めてくれて、私もうれしいなぁ」
「あ、そうなの?じゃあ、犀は?」
そう訪ねると、美和子は不満そうに頬を膨らませる。
「もう、いくら顔が好みでも、弟分に恋愛感情なんて湧くわけ無いじゃない!早く元気になって欲しい、っていう私からの励ましのつもりだったんだけど?」
と、亜蘭の後で震えていた犀が口を開く。
「ほ、ほんとですか…?」
「うん。ほんとほんと」
「あ、あぁ…」
犀は立ち上がると、ふらふらと美和子の方へ歩み寄り、-
物凄い勢いで土下座した。
「本っ当にすみませんでした!!勘違いでひどい態度とって…!」
「いやぁ、私も誤解されるような態度とってたのは悪いからね。気にしなくていいのよ」
「いえ、そういうわけにはいきません!えぇっと、美和子さん、美人!天使!いや、女神!!」
よほど負い目があるのか、犀がだんだん訳のわからないことをいい始めた。
「あらあら、当たり前のことを言われてもねぇ」
「…とか言って、まんざらでも無さそうですね」
「え!?い、いえ、そんなこと無いわよぉ」
…結局、南郷と轟が戻ってくるまで、亜蘭はほぼ錯乱状態の犀を落ち着かせるはめになった。
◇
「兄ちゃんたち、学校に行くの?」
夕食の席で、瑞希が驚いたように聞いてくる。
「そうだよ。南郷さんと轟さんに行かせてもらえることになったんだ」
「へぇ、良かったね、亜蘭兄ちゃん!」
瑞希は、まるで我がことのように喜んだ。
普段おとなしい瑞希が興奮しているのは、亜蘭から見てもかなり新鮮だった。だが、
「これで『ニート』じゃなくなるね、おめでとう!」
の一言で、その場にいた瑞希と桃以外の全員がむせる。桃は言葉の意味がわからないのか、一人首をかしげていた。
「ゲフッ、ゴフッ…、あ、あぁ、ありがとう…」
亜蘭がひきつった笑みを返す横で、完全にツボに入ったのか、美和子と南郷は口を押さえて小刻みに震えていた。
むせるのはまだしも笑うのは不謹慎では、などと亜蘭が二人を恨みがましく見ていると、追い討ちのように、桃が
「亜蘭さん、『にーと』って、なに…?」
などと聞いてきた。
瞬間、亜蘭は残っていた夕食をかきこんで立ちあがり、犀の肩に手をおいて、にっこり笑うと、
「それには犀が答えてくれるよ」
と言って自分の部屋に逃げ帰る。
後ろから
「あっ!卑怯だぞ亜蘭!」
とか、
「犀さん、『にーと』って…?」
「え?うーん、なんと説明すればいいやら…」
とか聞こえた気がしたが、亜蘭は気のせいだと思うことにした。
◇
次の日。
亜蘭と犀は、学用品を買いに、美和子に連れられて近所のデパートに来ていた。
「教科書は貰えるし、文房具はある程度私のをあげるとして…」
手に数枚のメモを持った美和子が、二人の方をふりかえる。
「ノートは必要なぶん買わないといけないわね」
「はい」
「一応ストックも欲しいっすね」
答えてから、二人は美和子に聞こえないように声を絞る。
「『ノート』…だっけ?紙を束ねたものを、あんなに安価で買えるとはな」
「これぞ文明の進歩ってやつか?『あちら』にももって帰りたいなぁ…」
二人は前日の夜、学校に必要な道具をあらかじめ『予習』していた。
「お前はもっと便利な物をいくらでも使えるだろ、亜蘭」
「それとこれとは話が別だよ」
「二人とも~?ちゃんとついてこないとはぐれちゃうよ?」
「はーい」
「すぐ行きまーす」
二人は少し駆け足で美和子に追い付く。
「ごめんごめん、美和子さん。学校について話してたんだ」
「まったくもう、それは帰ってからできるでしょ?今は-」
「あれ、みーちゃん?」
声のした方に三人が顔を向けると、そこには美和子と同じくらいの年齢に見える少女が立っていた。
「あっ、ユッキー!」
どうやら美和子の知り合いらしい。
『ユッキー』と呼ばれた少女は、ビニール袋を重そうに揺らしながら三人の方へきた。
「めずらしいね、みーちゃん。二三花ならまだしも、みーちゃんは学校の購買で買う派でしょ?」
「ああ、うん、ちょっとね」
「それは-」
『ユッキー』が亜蘭と犀の方へ顔を向ける。
「-彼らに関係ある?」
「うん、ご名答。二人とも、自己紹介宜しく!」
「うっす。鈴木亜蘭です、よろしく」
「はじめまして、伊藤犀です」
「はいどーも。結城舞です、よろしくね」
『ユッキー』こと結城は、人懐っこそうな笑みを浮かべる。
「みーちゃんの弟、なわけないか。新しい子?」
「そ、今度から学校に通い始めるから、その備品を買いにね」
「へぇ、どこどこ?」
「それがなんと…うちの学校の中等部です!」
「おお!ってことは後輩?」
「そのとーり!」
「あの、すんません」
だんだんテンションの上がっていく二人の会話に、亜蘭が割ってはいる。
「結城さん、つかぬことをうかがいたいんですけど」
「はいはい」
「結城さんって、美和子さんの家のこととか知ってるんですか?」
結城はちょっと首をかしげ、すぐに得心のいったような顔で言う。
「うん、知ってるよ。ご両親がいないってことも、孤児院から学校に通ってることも」
「ユッキーは、私の大切な友達だからね、隠し事は無し。さっき言ってた二三花ちゃんって子もね」
そう言うと、二人は少し恥ずかしそうに笑いあった。
すると、犀が恐る恐るといった風で口を開く。
「あの、結城さんにもうひとつ質問なんですけど…」
「ん、なに?」
「さっきの話からして、もしかして…美和子さんの性別のことも知ってます?」
「知ってるけど、なにか?」
あまりにあっさりと、さも当然であるかのように答えた結城を見て、亜蘭と犀は戦慄を覚えずにはいられないのであった。
◇
「いい人でしたね、結城さん」
デパートの買い物を終え。
三人は、並んで帰路についていた。
「そう。私の大事な友達だよ」
美和子は、デパートでも言った言葉をまた繰り返した。
「そういえば、美和子さんのクラスにも転校生が来るらしいですね。」
別れ際、結城が三人に教えてくれたのだ。「ものすごく奇遇だね!」とのことだった。
「らしいね。まあ、その子は君たちと違って、普通に親御さんの都合らしいけ、ど…」
そこまで言って、美和子はばつの悪い顔をする。
「…ごめんね、デリカシーの無いこと言っちゃって」
「え、あ、いえ、大丈夫ですよ」
どうやら、二人の『設定』上の身の上を思い出したらしい。
「うー、暗い話題になっちゃったなぁ…そうだ!」
なにかを閃いたのか、美和子の顔が明るくなる。
「ホームまで競争、なんてどう?」
「は?」
「え?」
「ビリは今日の晩御飯の片付けね!よーいドン!」
そう言うと、美和子は我先にと駆け出していった。
「ああっずるい!」
「くそっ、俺たちも急ぐぞ!」
亜蘭と犀も負けじと走り始める。
「まぁそんなに急がなくても、どうせ普段引きこもってる亜蘭が最下位だろ!」
「…残念だったな、《ゲイル・ランナー》!」
亜蘭がそう言いはなった瞬間、亜蘭の脚に白いオーラがまとわりつき、亜蘭の走る速度が先程よりも遥かに速くなる。
「んなっ?!魔法使ってまで勝ちたいのか!?」
「当たり前だろ。んじゃ、片付け当番は頼んだぞ!」
「抜かせ!」
言い合いながら、二人は、どこか楽しそうに走り去っていった。




